21. 漆黒のアカシックレコード

 翌日、和真とミィがゲルツのデータを分析していると、パリパリっと音がして空中に空間の切れ目が浮かび上がった。レヴィアだ。


「お主ら……、何か成果はあるか?」


 出てきたレヴィアは目の下にクマを作り、げっそりとしながらポスっとベッドに座る。


「拠点へのアクセス方法は確保しましたが……それ以外は……」


 和真は恐る恐る答える。


「アカシックレコードへのルートは見つからんか?」


「巧妙に隠してあるみたいにゃ」


 ミィもちょっと疲れ気味で首を振った。


「カ――――ッ! あと二日しかない!」


 頭を抱えるレヴィア。




 と、その時、ドタドタドタっと足音が響き、バーン! とドアが開いた。


「四億円まだ――――!?」


 上機嫌に叫んだ芽依だったが、レヴィアと目が合い凍り付く。


 レヴィアはふぅと大きく息をついてバタリとベッドに倒れ込んだ。


 芽依は和真にそっと近づいて、


「彼女……誰?」


 と、耳元で聞いた。


「あれ? 覚えてないんだっけ? 僕らの上司だよ。ドラゴンのレヴィア様」


「ドラゴン……?」


 芽依は怪訝そうな顔でレヴィアを見つめる。


「本当だったらドラゴンになって脅かしてやるんじゃが、世界滅亡まであと二日、そんな元気ないわい」


 そう言ってレヴィアは毛布にくるまった。


「滅亡って……、どういうこと?」


 和真は昨日の出来事を説明する。


「要するにテロリストがアカシックレコードという、世界を丸っと記憶するところに侵入してて、それを見つけないと地球滅亡……って事?」


「その通りじゃ! 奴らは巧妙に痕跡を隠しておって見つからんのじゃ……」


「見つからないんだったら……、丸っとサーバーぶっ壊しちゃえばいいんじゃない?」


「何言ってるんだよ、そんなことやったらヤバいって」


 和真は渋い顔をしたが、レヴィアは固まっている。


「壊す……」


「サーバーの構成によるにゃ。管理部分だけ別のハードなら切り離して再インストールすれば確かにクリーンにはなるにゃ」


「それじゃ!!」


 レヴィアは飛び起き、芽依の手を取り、


「お主、なかなか冴えとるのう!」


 と、手をぶんぶんと振った。


「ふふん、それほどでもぉ……。で、サーバーってどこにあるんですか?」


「金星じゃ、金星の衛星軌道上を回っておる」


「き、金星!? それって二日で行けるところなんですか!?」


「この世界は情報の世界、距離なんて関係ない。じゃが……再インストールとなると、最悪一万個の地球全部に影響が出る……。どう許可を取るか……」


「え? 一万個?」


 和真は初めて聞くとんでもない数字に眉をひそめる。


「そうじゃ、地球型の星は全部で一万個。神様たちが気軽に『地球を廃棄』とか言ってるのは他にたくさんあるからなんじゃ」


「ほへ――――」


 和真は絶句した。


 この地球がコンピューター上にあるというのは理解していたが、似たような星が一万個もあったとは想定外だったのだ。


「こんなことしちゃいられん! 今すぐ申請に行かねば!」


 レヴィアはそう叫ぶと指先で空間をパリパリと切り裂き、その中へ飛び込んでいった。




      ◇




 結局許可が下りたのは地球廃棄処理の三時間前だった。


「ギリギリセーフじゃ! 行くぞ!」


 レヴィアは真紅の瞳をキラリと光らせて空間の裂け目に和真とミィを放り込んだ。


 うわぁぁぁ!


 和真が目を開けると、満点の星々が広がっていた。そして、それを覆うかのような巨大な構造物がゆっくりと視界に入ってくる。それは関東平野位のサイズがある漆黒の構造物で、まるで夜景のようにあちこちでチラチラと青白い光が瞬いている。


 そして、振り向くと金色に輝く惑星が浮かんでいた。


「え? あれは……」


 と、言いかけて、声が出ていないことに気が付く。


 そう、ここは宇宙空間。空気がないのだ。


 さらに、生まれて初めての無重力。身体が勝手に回ってしまってうまく操れない。


 ワタワタとしていると、脳内に言葉が飛んでくる。


『何やっとる! 空飛ぶ時と同じじゃ』


 見るとレヴィアが金髪をふわふわと広げながら、逆さまに浮かんであきれている。


『こ、こうですか?』


 和真は試しにくるりと回り、研修で習った時のように言葉を飛ばした。


 レヴィアはサムアップすると、


『さて、行くぞ! 時間がない』


 と、言ってツーっと構造物の方へと飛んでいく。


『あー! 待ってください!』


 和真は急いで追いかける。






















22. 涙目のスポーツブラ




 徐々に近づいていくと、構造物の巨大さに圧倒される。日陰に設定された漆黒な構造体は、ほのかに光る青白い照明と、金星からの黄金の照り返しにわずかにその姿を浮かび上がらせる。詳細まではわからないが、長さ数キロほどありそうな、ぼうっと赤く光る鳥の羽のようなパネルが無数に生えているのが確認できる。


 やがて徐々に暑くなってきた。


『暑く……ないですか?』


『暑いに決まっとろうが! あれは全部放熱パネルじゃ』


『放熱!?』


『太陽の周りの巨大太陽光パネルで発電したものを全部計算に使っとるからのう。出る熱は莫大じゃ』


 そう言うとレヴィアは大きな銀色の傘を広げ、


『お前らこれに隠れろ』


 と、声をかける。


『なるほど、これで涼しくなりますね』


 そう言った時だった、まぶしい閃光が傘を襲った。


『うわぁぁぁ!』


『来なすったぞ! 衝撃に備えろ!』


『な、何ですか? これ?』


『防衛隊のレーザー砲じゃ』


 レヴィアは冷汗を流しながらニヤッと笑った。


『は? 許可取ったんじゃないんですか?』


『許可は取ったが、特別扱いはしないと言われとる』


『へ? なんで?』


『特別扱いの兆候を悟られるとゲルツに逃げられるからじゃ』


『くわぁ……』


 頭を抱える和真。


 すると、バシバシバシ! とレーザー砲が次々と傘をヒットして、傘が揺れ、振動が走る。


 ヒットするたびにパリパリと銀色の表面が蒸発して焦げ、そう長く持たないことを予感させた。


『マズいのう、思ったより強力じゃった』


『空間を飛べばいいじゃないですか』


『何言っとる、ここは金星。そんなスキルの権限などないわい』


 そう言ってる間にもレーザー攻撃が降り注ぎ、傘は激しく閃光に揺れた。


 たまらずレヴィアはジグザグに飛びながら何とか避けようとするが、レーザー砲は正確に追尾してくる。


『アカン! 高性能すぎじゃ!』


 レヴィアは額に手を当てる。


 するとミィが和真の肩を叩いた。


『急いで服を脱いで投げるにゃ』


『へ? 服?』


『いいから早くするにゃ!』


 和真は言われるがままにカーディガンを脱いで横に投げた。


 くるくると回りながら無重力の宇宙を飛んでいくカーディガン。


 直後、レーザー砲の乱射にあい、激しい閃光を放ちながら爆発していく。


 パリパリ!


 衝撃波が和真たちに届いた。


 和真はその恐るべき破壊力に唖然とする。一発でも当たったら黒焦げになってしまう。


『おぉ、その手があったか! よし、お主、どんどん脱げ!』


『ちょっと待ってくださいよぉ! 裸にするつもりですか?』


 と、言ってる間にもまた傘が激しく閃光に揺れだした。レーザー砲の攻撃が戻ってきたのだ。


『何言っとる! 今は全人類八十億人の命がかかっとるんじゃ! 服ぐらいなんじゃ!』


『わ、わかりましたよぉ……』


 和真は渋々シャツを脱いで放った。


 あっという間にレーザーに焼き尽くされ爆発していくシャツ。


『ほれ、早く! 次じゃ!』


 次はスニーカー、ズボン、そして、下着、ついに和真はパンツ一丁になってしまった。


『次じゃ!』


『えー! ちょっと待ってください。次はレヴィア様ですよ!』


『なんじゃと! レディーの服を脱がすというか! 小僧!』


『全人類八十億人の命がかかってるんですよ!』


 和真はレヴィアのジャケットに手をかける。


『くぅ……、こんな小僧に貞操を……』


『バカなこと言ってないで早く!』


 また傘が激しく閃光に揺れだす。中には傘を突き抜けてくるものも出始めて、和真の髪の毛をかすめ、ジュッと衝撃音を立てた。


『うわぁ!』


 和真はレヴィアの葡萄茶えびちゃ色のジャケットをはぎとって投げる。


 くるくると満天の星を背景に宇宙空間を舞うジャケット。直後、集中砲火を受け、激しい閃光を放ちながら爆発していった。


『あぁ、お気に入りだったのに……』


 しょげるレヴィア。




 時間稼ぎのおかげで一行は巨大な放熱パネルのエリアにまでたどり着いていた。


『あともう少しです、次々脱いで!』


『うぅ、エッチ!』


 レヴィアは涙目で和真を非難する。


 しかし、戻ってきた攻撃は突き抜けるものも多くなり、一刻の猶予もなかった。


『ヤバいヤバい、早く!』


 レヴィアは渋々靴を投げ、靴下を投げ、


『お主、見るなよ!』


 そう言ってブラウスを投げた。


『見られてどうこう言う身体じゃないでしょう!』


『レディーに向かって何言うか! この、バカたれ!』


 真っ赤になって和真をポカポカ叩く。


『痛い、痛い! ちょっと、レーザー当たっちゃいますって!』


 傘から半分はみ出しながら和真が叫んだ。


『エッチな小僧は黒焦げじゃ――――!』


『人殺し――――!』


 しばらく醜くもみ合っていたが、レーザーは飛んでこなかった。


『あれ……?』


 不気味な静けさが続いている。


 どうやら、攻撃不可能なエリアにまでたどり着いたらしい。


『や、やりましたよ! レヴィア様!』


 和真がレヴィアを見ると、レヴィアはスポーツブラを両手で隠して涙目でにらみ、


『こっち見んな!』


 と、言ってパシッと叩いた。




















23. 煌めくアカシックレコード




 うわぁ……。


 和真は見渡す限り続く巨大構造物の連なりに圧倒された。


 まるで化学プラントのように、巨大な黒い構造物からは無数のパイプが整然と上空の放熱パネルの方へと配されている。


 構造物の継ぎ目からは鋭い青い光が漏れ、それがあたり一面に見受けられる。金星の黄金の輝きと、その青のハーモニーは音のない世界で幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 科学技術が発展し尽くした先にある世界、それは全く想像を絶する景観を創り出し、その機能美は何もわからない和真の心にも鮮烈な印象を刻んだ。




 レヴィアは構造物同士をつなぎとめているジョイント部に取り付くと、小さなマンホールのようなハッチに手をかけた。


『多分、ここじゃろう』


 そう言いながらガチッと少し持ち上げ、中のロックを外すとそのまま引き上げた。


 ブシュー! っと威勢よく空気が漏れ出してくる。


 やがて勢いが落ちてくると、


『ヨシ!』


 と、レヴィアはハッチの中へと入っていった。




     ◇




 まるで換気ダクトのような狭い通路を四つん這いになってしばらく行く。元々人が入ることを考慮されていない設計のようだ。管理は機械が自動でやっているということかもしれない。


 レヴィアは突き当りのハッチを力いっぱい開け、中を確認すると、


「ヨッシャー!」


 と、興奮しながら中へと進んでいった。




 中をのぞいて和真は驚いた。そこには二メートルくらいのクリスタルの立方体が無数に整列され、まるで巨大倉庫のようになっていたのだ。クリスタルの中にはキラキラと微細な光の流れが縦横無尽に行きかい、まるで上質な宝石を思い起こさせる。


「これがアカシックレコード。一つに地球上の出来事一か月分が入っておる」


 ドヤ顔で説明するレヴィア。


「す、すごい!」


 人類の歴史、地球の歴史がこんな宝石の中に丁寧に格納されているとは想像もしなかった。この中には織田信長、始皇帝、クレオパトラなど過去の偉人全員の言動が全て残っているということだ。それはとんでもない事ではないだろうか?


 和真はしばらく無数のクリスタルのきらめきを呆然と見つめていた。




「ヨシ! Fの23532を探せ!」


 と、言って、レヴィアはツーっとクリスタルへと飛んだ。


「え? どういう順に並んでいるんですか?」


「我に聞くな! 考えろ、もう残り時間わずかじゃ」


 そう言いながら表面を観察するレヴィア。


 和真とミィもクリスタルをじっくりと見るが、番号も何も書いてない。


「レヴィア様! 番号どこですか?」


「うーん、分からん! なんじゃこりゃ! あと十分しかないのに!」


 レヴィアもお手上げだった。


 


「管理機構は一般のモジュールとは違わないかにゃ?」


 ミィがレヴィアを見上げる。


「む、それはそうじゃな……。しかし、特別なモジュールとはどんなもんじゃろう……」


 レヴィアはそう言いながらツーっと飛んでモジュールを観察していく。


「色が違うとかつなぎ方が違うとかですかねぇ?」


 和真も別のところを飛んでいく。


 すると、明らかに光り方が違うモジュールが一つ、奥の方に煌めいている。


「あ……、こ、これかも?」


 人類を救うカギを見つけた和真は、レヴィアを呼ぼうとしてふと、今、八十億人の生殺与奪の権利を握った事に気が付いた。そう、世界を滅ぼす権利を今和真は手中にしたのだ。あのモジュールを隠し通すだけで世界は滅ぶ。


 和真は背筋にゾクッと今まで感じたことのない甘美な波動を覚えた。


 パパを殺してしまったと感じてしまってから六年、人生の歯車はすっかり社会から切り離され、置いてきぼりに放置されていた和真。いじめを受け、劣等感にさいなまれ、出口の見えない苦しみの中で何度社会を恨んだだろう。もちろん上手くやるやり方はあったかもしれない。しかし、心は理屈では動かない。どす黒い感情を持て余し、日々ベッドで心の刃を研いでいた。


 今、すっぱりと地球とはおさらばしてもいいのではないだろうか? そんな甘美な思いが脳裏をこだまする。


 和真はジッと黄金色に輝くクリスタルを見つめた。ドクドクと上がる心拍数。額には冷汗が浮かび上がる。


『和ちゃん!』


 その時、ふと、芽依の声が聞こえたような気がした。


「えっ!?」


 和真は急いで辺りを見回すが、芽依がいる訳がない。そして和真は正気を取り戻す。そう、自分の弱さに流されてはいけない。世界は守るものだ。芽依のため、ママのため、そして未来の自分のため……。


 和真は大きく息を吸うと叫んだ。


「レヴィア様! 変なのがある!」


「む? どれどれ?」


 レヴィアはすっ飛んできて和真の指さす先を見る。




「これ、ですかね?」


「むぅ……、怪しいが……どうやって確かめたらいいか……」


「アクセスしてみたらどうかにゃ?」


 ミィは不思議そうにクリスタルをなでながら言った。


「おぉ! そうじゃな!」


 レヴィアはポケットからスマホを取り出すと、パシパシと叩いた。


 すると、スマホタップに連動して青い光がパシパシと応答する。


「おぉ! これじゃ、これじゃ! ヨシ! 引き抜け!」


「引き抜くって……どうやって?」


「知らん! あと一分しかないんじゃ、力任せに引っ張れ!」


「もう一分!?」 


 和真は驚き、急いでクリスタルに手をかける。自分が余計なことを考えたせいで事態を深刻に悪化させてしまった。和真は罪滅ぼしの意味を込めて全力でクリスタルを引っ張る。


「ヨシッ! せーのっ!」「せーの!」


 しかし、ビクともしない。とても引き抜けるとは思えなかった。


「ダメですよぉ!」


「泣き言なんて聞きたくないね! 全力出しな! そーれっ!」


 レヴィアも真っ赤になって凄い形相で引っ張っている。


 地球廃棄処分まで残り数十秒、絶望が和真の脳裏をよぎる。思い上がっていたさっきの自分を殴りたい気分で思わず涙が湧いてくる。




 すると、ミィが隣のクリスタルとの隙間にするすると入っていく。


「ミィも手伝ってよぉ!」


 和真が叫ぶと、


「これじゃないかにゃ?」


 そう言って、奥の接続部のレバーを押した。


 バシュン!


 軽快な音を放ってクリスタルは浮き上がり、激しく煌めいていた光がふっと消える。


「おぉ! でかした!」


 レヴィアは思わずガッツポーズ。そして、急いでスマホで連絡を取る。


「予定通り、作業完了です! ついては廃棄処分の撤回を……。はい……、はい……」




 和真はミィを抱き上げて思いっきり頬ずりをした。


「ミィ! ありがとう!」


「きゃはぁ! くすぐったいにゃ!」


 和真はポロリと涙をこぼし、瞬きと共にしずくが無重力の空間を舞う。


 キラキラと光を放ちながらしずくがしばらく宙を踊っていた。






















24. パラレルワールドの幼女




「ヨーシ! しばらくメンテだからどっか別の星に行って美味いもんでも食うぞ!」


 レヴィアは上機嫌に和真の背中をバンバンと叩いた。


「べ、別の星? ゲルツは?」


「メンテに入った地球では何もできん。決戦はメンテ後じゃ。メンテしてない星に視察がてら乗り込むぞ」


「は、はぁ……」


 別の星というのは言わばパラレルワールドなのだろう。一体どんなところなのだろうか? 想像もしていなかった事態に期待と不安で鼓動が高鳴る。


 ミィを見ると眉間にしわを寄せている。ミィにとっても初めてらしい。


 和真はミィをギュッと抱きしめた。




         ◇




 気が付くと和真は澄み通った青空に浮かんでいた。


 目の前にはドーンと冠雪した富士山があり、足元には湖が広がっている。芦ノ湖……だろうか?


 しかし、湖畔には何の建物もなく、ただ、森が広がっているだけだった。なるほど、パラレルワールドの箱根にはまだ人の手が入っていないらしい。


 振り返ると伊豆半島、そして相模湾がゆったりと弓なりに湘南の方へと砂浜をつなぎ、遠くには江の島が見える。




「えーっと、あの辺りじゃったかな?」


 レヴィアは和真の手を引いてツーっと稜線へと降りていく。


「どこ行くんですか?」


「部下の家じゃ」


「え? いきなり行っていいんですか?」


「抜き打ちの視察じゃ。ちゃんとやってるかどうかたまには見てやらんと! キャハッ!」


 和真はパワハラっぽいレヴィアの行動に不安を感じた。




       ◇




 稜線近くの見晴らしのきく森の中にポツンとモダンな家が見えてきた。ガラスと木材で作られた立方体の建物には道路もなく、ただ静かに富士山と芦ノ湖を見渡せる絶好のロケーションにたたずんでいた。


 レヴィアは庭にシュタッと着地すると、玄関の呼び鈴を押した。


 トタトタトタと足音が聞こえ、ガチャリ、とドアが開く。そして、ひょこっと可愛い幼女が顔を見せた。


「おや、タニアちゃん、お姉さんのこと覚えとるかぁ?」


 レヴィアはしゃがんでニコッと笑いかける。


 タニアは眉にしわを寄せると、そのままドアをガチャっと閉じた。


「……」


 無表情になるレヴィア。気まずい時間が流れる。




「あー! レヴィア様! いらっしゃるなら一言おっしゃって下されば!」


 そう言いながら二階のベランダからアラサーの男性が飛び降りてくる。彼がレヴィアの部下のユータだった。




「タニアは何? 我のこと嫌いなの?」


 渋い顔をしてジト目でユータを見るレヴィア。


「い、いや、そんなことないですよ。あの子は人見知りが激しくって」


 冷や汗を流すユータ。


「ふーん、で、どうなの最近?」


「立ち話もなんですので、お茶でも入れます。どうぞどうぞ」


 ユータはそう言って一行を応接間に招いた。




       ◇




「えーと、こちらがこの星の人口の推移で、これが文化指数です」


 ユータは空中にグラフを表示させながら活動報告をする。


「なんじゃ、全然伸びとらんじゃないか!」


 レヴィアは八つ当たりのように不満をぶつける。タニアに嫌われたのがよほどショックだったらしい。


「い、いや、去年流行り病がありましてですね……」


 いやな静けさが流れた。


 レヴィアはしばらく腕を組んで考え、


「あー、あれだ。魔物と魔法そろそろ止めてみんか?」


 そう言うと、レヴィアはコーヒーを一口すすった。


「えっ!? 止めちゃう……んですか? 魔法なくしたら相当混乱しますよ?」


「魔法は便利すぎて文明が発達しないって論文が出とるぞ。後で送っとく」


「は、はぁ……」


 ユータは暗い顔でうつむいた。




 ガチャリ。ドアが開き、ユータの奥さんが焼いたばかりのクッキーを持ってやってくる。


「お口に合うかわかりませんが……」


「おぉ、ドロシー。いきなり来て悪いな。クッキーもええんじゃが、エールはないか?」


 いきなり酒を要求するレヴィア。


「え? エール……ですか?」


 ドロシーは戸惑い、ユータを見る。


 ユータはニヤッと笑い、うなずくと、


「持ってきます!」


 と、急いで部屋を出ていった。


「あ! にゃんこ!」


 ドアの向こうで様子をうかがっていたタニアがミィに駆け寄る。


「へ!?」


 和真の膝の上で丸くなっていたミィは、いきなりの幼女の接近に対応が遅れ、そのままタニアに捕まってしまう。


「にゃんこ! にゃんこ!」


 タニアはミィを引きずり下ろすと抱きかかえ、興奮しながらぶんぶんと振り回す。


「ちょ、ちょっと待つにゃ! うわぁぁぁ!」


 ミィはもみくちゃにされ、目をぐるぐる回し、タニアは嬉しくて『きゃはぁ!』と歓声を上げた。
















25. 偉くて強い




 そのまま酒盛りに突入した一行は、昔話に花が咲いた。


 ユータは東京出身で、異世界転生後レヴィアと一緒にテロリストと死闘を繰り広げたらしく、とんでもないエピソードが次々と披露された。


「全長二百五十キロメートルの蜘蛛くもには驚かされましたね」


「脚の太さだけでも数キロあるしな。それが宇宙まで一直線にそびえとるんじゃ! お主ら、そんなの見たことあるか?」


「い、いや……」


 和真もミィも圧倒されっぱなしだった。やはり、テロリストと戦うというのは一筋縄ではいかない。ゲルツとの決戦を前に不安が胸中を渦巻く和真だった。




       ◇




 宴もたけなわとなり、和真はトイレに中座する。窓の向こうには夕暮れの富士山の絶景が広がり、帰りに思わず庭へと降りていった。


 ベンチに腰掛け、眼下に広がる芦ノ湖と、夕焼け空をバックにした富士山を静かに見入る。茜色の雲が富士山にかかり、まるで絵画のようなほれぼれとする光景だった。




「この星はまだ工業が発達して無いからね。空気がきれいで、夕焼けも鮮やかなんだ」


 ユータが後ろから声をかける。


 あっ……。


 和真は急いで会釈をした。


「このベンチは特等席だよ」


「凄い絶景ですね。こんなところに住むってとても贅沢……ですよね」


「ははは、和真君もこの仕事やってみるかい?」


「うーん……」


 和真は言葉につまる。星を管理する仕事、それは確かに魅力的だった。でも、さっき、自分は世界滅亡に魅力を感じて思わず世界を滅ぼしかけたのだ。そんな人間がやっていいものだろうか。


「実は……」


 和真はそれを正直に打ち明けた。


「なんだか自分が信じられなくなっちゃって……」


 はっはっは!


 ユータは景気よく笑う。


「え?」


 なぜ笑われたのか、和真は理解ができなかった。


「いやぁ、むしろ適正あると思うよ」


 ユータは平然と言う。


「適正?」


「人間なんてものはさ、魔がさしたり損得勘定に走ったり、実に不安定な生き物だと思うよ。なのに『自分だけは大丈夫』なんて言ってる奴がいたら、そっちの方が危ない」


「そういう……ものですか?」


「そうさ、『自分はヤバいかもしれないから気をつけよう』ってやつの方が信頼できるし、結果安定するんだよ」


「なるほど……。でも……自分は不登校で……」


 恥ずかしそうにうつむく和真。


 ユータはパンパンと和真の背中を叩いて言った。


「全然問題なし! 実は俺も、東京では引きこもりだったんだ」


「えっ!?」


「そう、どうしようもないクズだったんだ」


 ユータは肩をすくめて首を振った。


「それが何で……?」


「この星に転生させてもらって、守りたい人ができたんだよね。だからこんな仕事に就くようなことになった」


「あの、奥様……ですか?」


「そう。君も何か守りたい人ができたら……、道が見えてくるかもね」


 ユータはニコッと笑った。


「守りたい人……」


 和真は徐々に夕闇に沈んでいく富士山を見ながら一瞬芽依のことを思い浮かべ、ブンブンと首を振った。




 と、その時だった。群青ぐんじょうから茜色へのグラデーションの美しい西の空にツーっと流れ星が流れた。


「あっ! 流れ星!」


 思わず叫んだ和真だったが、どうも様子がおかしい。流れ星はゆっくりと進路を変え、こちらを目指しているような軌道を取った。


「あれ……?」


 ユータは首を傾げ、怪訝そうな顔で流れ星を凝視する。


 どんどんと輝きを増し、まぶしいくらいになった直後、それは富士山の山頂付近に激突した。


 閃光が走り、富士山は大爆発を起こす。


 うわぁぁぁ!


 思わず叫ぶ和真。


 しかし、流れ星は止まらず、そのまま芦ノ湖へと墜落し、大爆発を起こした。高さ数百メートルに達する壮大な水柱を見ながら和真は叫んだ。


「な、なんですかあれ?」


 すると、ユータは額に手を当ててうつむいている。どうやら心当たりがあるようだ。


 そして、それはシンガポールのデジャブだった。




 ズン!


 爆発の衝撃波が届き、森の木々が一斉にきしみ、木の葉を散らした。


 ひぃぃぃ!


 和真は思わずベンチから転げ落ちる。




 しばらくして落ち着いたころ、和真はユータに聞いた。


「もしかして、女の子だったり……します?」


「ふぅ……、よく分かったね。宇宙最強の称号を持つ評議会幹部、シアン様だ」


 ユータはそう言って渋い顔をしながらうなずいた。


「偉くて……強い?」


「あぁそりゃもう」


 ユータは肩をすくめた。














26. 初恋のラブレター




「きゃははは! 少年! ご苦労!」


 声の方向を見上げると、シアンが青い髪から水をポタポタと滴らせながら笑っていた。


「あ、ありがとうございます」


 和真は宇宙最強の評議会幹部がなぜ毎度こんな登場をするのか理解できず、呆然としながら答えた。




「シ、シアン様!」


 レヴィアが飛び出してくる。


「おぅ、ギリギリだったねぇ」


「三日は無理ゲーですよ、ホント勘弁してください」


 レヴィアはうなだれながら言う。


「まぁ、結果オーライ! さぁ、飲むぞ!」


 シアンはウキウキしながら言った。


「エールしか……ないんですが……?」


 ユータは引きつった笑顔で答える。


「アルコール入ってりゃなんでもいいよ!」


 そういうと、シアンは水をポタポタたらしながらツーっと飛んだ。


「ちょ、ちょっと! 乾かしてから!」


 レヴィアが注意すると、


「うるさいなぁ、もぅ!」


 と、言って、犬みたいにブルブルブルっと体を震わせて水滴を吹き飛ばした。


「うひゃぁ!」「ひぃ!」


 いきなり降り注ぐ水しぶきにみんな顔をそむけた。




       ◇




 飲み会はさらにヒートアップしていく。


 シアンはエールのジョッキを一気すると、レヴィアをつついて言った。


「レヴィちゃんが部下を増やすなんて珍しいね。あー、あれか、初恋の彼に似てるからか」


「は、初恋!? な、何ですかそれ?」


 レヴィアはキョドりながらとぼける。


「ほら、ラブレターの!」


「ラブレターなんて書いたことないですが?」


 すると、シアンはガタっと立ち上がり、何かをそらんじ始めた。


「拝啓。新緑の美しい季節となってきました。いかがお過ごしでしょうか? 先日、私があなたに……」


 ブフッ!


 レヴィアはエールを吹きだし、慌ててシアンの口をふさぐ。


「手紙を勝手に読むのは犯罪です!」


 真っ赤になって怒るレヴィア。


「ごめんごめん、声に出して読みたい名文だったからつい」


「つい、じゃ、ありません!」


 すると、シアンは後ろの方からエールの樽を持ってきて、


「じゃあ、バツとして一気します!」


 と、嬉しそうにエールの樽をのふたをこぶしでパカンと割った。


 そしてひょいと持ち上げると傾け、樽のまま美味しそうに飲み始めた。


「よっ! 大統領!」


 ユータは楽しそうに煽った。


「んもー! バツになっとらんわい!」


 レヴィアも樽を手に取ると、負けずに一気し始める。


「よっ! ドラゴン! 待ってました!」


 ユータはパチパチと手を叩きながら盛り上げる。




 やがてシアンは樽を飲み干し、レヴィアは途中で目を回して倒れ込んだ。


「あぁ、レヴィア様ぁ」


 和真は心配そうに駆け寄ったが、


「か――――! エールは美味いのう!」


 と、レヴィアは幸せそうに笑った。




       ◇




 宴会は笑いが絶えず、大盛り上がりだった。


 満月が高く上り、疲れが出てきた和真があくびをしていると、ドロシーがニッコリしながら声をかけてきた。


「お布団用意しましたよ。休んでくださいね」


「え!? そんな、申し訳ないです」


「いいのいいの、お客さん来るなんて久しぶりでみんな嬉しいのよ」


 ドロシーは優しく微笑んだ。


「ありがとうございます」


 確かに道もないこんな山奥ではご近所づきあいもないだろうし、寂しいところはあるのかもしれない。


 するとタニアがテコテコと歩いてきて、


「タニア! にゃんこと寝ゆ!」


 と、叫びながらミィを捕まえた。


「えっ!?」


 うつらうつらしていたミィはあっさり捕まって、


「うにゃぁ!」


 と、手足をバタバタさせながらタニアに回収されていった。




       ◇




 赤じゅうたんの上で和真が叫んだ。


「見つけたぞ! ゲルツ! パパの仇だ!」


「小僧、性懲しょうこりもなく……。返り討ちにしてやる!」


 ゲルツはそう言うと無数の妖魔を放った。紫色の瘴気を放ちながら飛びかかってくるコウモリの妖魔たち。


 和真は腕を青白く光らせると、研修で練習していた技で妖魔たちに衝撃波を浴びせ、一掃する。そして、一気にゲルツとの距離を詰めた。


 が、ゲルツはいつの間にか一人の男性を人質に取っている。


「えっ!?」


 なんと、それはパパだった。


 後ろ手に縛られたパパを盾のようにしてゲルツはにやける。


「どうした? ご自慢の衝撃波を撃ってみろ」


 グゥ……。


 和真は青白く光らせた腕を持て余し、凍り付く。


「和真! 逃げろ! ぐはぁ!」


 パパがいきなり真紅の血を吐いた。


 ぐぉぉぉ……。


 ゲルツが後ろから剣でパパを刺したのだ。


「パ、パパ――――!」


 和真はガバッと起き上がる。


 ハァハァと荒い息をしながら周りを見回すと、そこは布団の上、薄暗い寝室がただ静かに広がっているだけだった。


 レースのカーテンには満月の光が差し、ほのかにタニアとミィの寝顔を照らしている。


 和真は大きく息をつく。


「ふぅ……。夢か……」


 パパの吐いた血の鮮やかな赤色を思い出しながら首を振った。




















27. チートな刃文




 静かに部屋を抜け出し、階段を下りていくと応接間からは大きないびきが聞こえる。


 そっとドアを開けるとレヴィアとユータがひっくり返って大いびきをかいていた。


 そして、テーブルではシアンが空中に画面を開き、何かをつらつらと見ながらジョッキを傾けている。


「どした? 悪い夢でも見た?」


 シアンは視線を画面に向けたまま聞いてくる。


「ゲルツと戦う夢を見てしまいまして……」


「ははは、勝てたかい?」


 シアンは嬉しそうに和真を見た。


 和真は首を振り、


「前回は全く歯が立ちませんでしたから……。シアン様は宇宙最強なんですよね? 勝ち方を教えてもらえませんか?」


 シアンはうんうんとうなずくと言った。


「情報の世界の勝負は想いが強い方が勝つんだ。もっと想いを燃やして」


「想い……ですか?」


「そう、想い。人間の一番大切なものだよ」


 そう言ってシアンはジョッキを傾けた。


「奴はパパの仇です。想いは誰にも負けません!」


「うんうん、でもテロリストはテロリストなりに歪んだくらい想いがあるんだよね。それはそれで強烈だ。それを打ち払うくらいの想いがないとね」


「えっ……」


 和真は言葉に詰まる。確かに狂気じみた彼らの執念は常軌を逸している。それを凌駕りょうがしているかと言われると、どうなのだろうか?


「そんな少年にちょっとチートなプレゼント!」


 シアンはそう言うと空中に裂いた空間の切れ目から一振りの日本刀を取り出す。ギラリと光を放つ刀身には美しい刃文はもんが踊り、それは人の命を確実に奪おうとする狂気を宿していた。人を殺す武器として究極に想いを込めて造られた姿、その恐るべき造形に思わず和真はゾクッと背筋に冷たいものを感じていた。


「これは【五光景長】。普段は何も切れないなまくらなんだ」


 と、シアンは五光景長の刃でテーブルをガンガンと無造作に叩いた。


「でもね、想いを込めると……」


 シアンはそう言いながら気を込めると、刀身に電子回路のような直線と丸の青い幾何学模様がブワッと浮かび上がる。そして、青白く輝くと、ギュゥーンと静かに鳴いた。それはまるで前衛芸術のエッジの効いたアートのように、いまだかつて見たことのない質感を持ってシアンの情念を花開かせた。


 シアンはそれを満足そうに眺めると、いきなり振り返って窓の方に向かってブンと振る。


 放たれる青白い光。パン! と音を立てて窓ガラスが真っ二つに切り裂かれる。


「はぁ!?」


 和真が驚いていると、


「いや、まだだよ」


 と、ニヤッと笑うシアン。


「え?」


 怪訝そうな顔で窓の外を見た時だった。


 月明かりに浮かび上がっていた富士山に閃光が走り大爆発を起こす。


 先ほどシアンによって大きくえぐられていた富士山の山頂部は、完全に崩壊し、まるで噴火で吹き飛んだように無くなってしまっていた。


「ね、想いってすごいでしょ?」


 ニコニコするシアンに和真は言葉を失う。


「これに斬れない物はないよ。チートだからね。ま、明日にでもちょっと練習してみな」


 そう言ってシアンは五光景長を和真に渡す。


 そのずっしりとした鉄の重み、まだ熱を持った刀身に戸惑いながら和真は頭を下げた。




     ◇




 翌朝――――。


 階段を下りてくると、レヴィアはむくんだ顔をしてお茶をすすっていた。


「おはようございます」


「うっす、おはよう……」


「あれ? 皆さんは?」


「ユータは仕事じゃ。タニアたちはミィと散歩に行ったぞ」


「寝すぎちゃいましたか……」


「疲れとるんじゃろう。寝ることはいい事じゃ」


 レヴィアはそう言うと、ふわぁとあくびをした。




「あの……」


「何じゃ?」


「ゲルツとの決戦に向けて稽古をつけてほしいんですが……」


「稽古? たった数日の稽古で強さなんか変わらんよ」


 レヴィアはあきれた顔で首を振る。


「実はシアン様にこれをもらいまして……」


 和真は五光景長を取り出すとレヴィアに見せた。


「ほぅ、綺麗な刃文じゃな……んむむ? こりゃ、刃がついとらん、ただの鉄の棒じゃないか」


「あ、いや、これ、すごいんですよ。富士山も吹き飛ばしたんです」


「はぁ? なぜ刀で富士山が吹き飛ぶんじゃ?」


「いや、シアン様がこうやってブンと振ったら窓が真っ二つに切れて、富士山が……あれ?」


 窓ガラスには切れ目もなく、富士山は綺麗な紡錘ぼうすい形に戻っていた。


「え? なんで……?」


「寝ぼけとったんじゃないんか?」


「いやそんなことないですよ! シアン様が富士山吹き飛ばしたんですって!」


「あの方は規格外じゃからな。ただの鉄の棒でも星くらい吹き飛ばすじゃろうて」


 レヴィアはそう言ってもう一度大あくびをした。


「いや、こうやって想いを込めれば……」


 和真は五光景長に思いっきり気合を込めた……が、何も起こらなかった。


「あれ? おかしいな……、うーん」


 和真は顔を真っ赤にして全力を出したが、何も変わらない。


「そんなのいいからツールの使い方をおさらいしとけ。お主にそんな高度な戦闘など求めとらん」


 レヴィアはズズっとお茶をすすった。




















28. 人類のサイクル




 それから数日、一行はユータの家にお世話になりながら決戦の準備を進めた。


 ゲルツが潜伏しているのは特殊な仮想現実エリア。きっと罠だらけだし、手下もいるだろうから、それらを効率的に無力化しながら一気にアジトに乗り込んで捕縛する計画を立てる。


 最初にエリア一帯のスキル機能を無効化し、自分たちは物理攻撃無効で突入するので、レヴィアは『危険はない簡単なお仕事じゃ』と笑っていたが、和真には何かが引っ掛かっていた。テロリストだってバカじゃないのだ。そんなに簡単に行くものだろうか?




      ◇




 決戦を翌朝に控え、夕暮れのきれいな空の下で和真は五光景長を素振りしていた。


 シアンがやった時のことを思い出しながら、いろいろなやり方で振り回してみるが、一向に特殊効果はかからなかった。


「おぉ、精が出るな」


 仕事から戻ってきたユータが声をかける。


「あ、ユータさん。お世話になってます」


「それは何を振ってるんだい?」


 和真は五光景長をユータに渡して経緯を説明した。


「どれどれ」


 そう言うと、ユータは見事な剣さばきで植木の枝をパシッと叩いたが、刃のない刀である。枝が折れただけでとても有効な武器には見えなかった。


「うーん、これで富士山吹っ飛ばしたって? あの人のやることはよくわからんなぁ」


「なんかこう、握っただけで青く光ったんです」


「光った……? うーん……」


 ユータは刀身を持って目をつぶり、しばらく何かを考えたが、


「解析したけどただの鉄だなぁ。鉄が光るとしたらもうそれはこの世界の物じゃないってことだけど……、分からん」


 ユータは首を振りながら刀を返した。


「シアン様ってどういう方なんですか?」


「この宇宙をつかさどるグランドリーダーが、五年前に開発したAIって聞いたけど、俺もよく知らんなぁ」


「五歳のAI!?」


 和真はあっけにとられた。


 人でもないし、自分より年下、それで宇宙最強なのだ。あまりに滅茶苦茶すぎて言葉が続かない。


 ただ、彼女の子供っぽい無邪気な行動の理由が分かった気がした。何しろまだ幼稚園児なのだ。


「まぁ、彼女には逆らわない方がいいぞ。彼女に滅ぼされた星は無数にあるんだから」


「滅ぼすんですか!?」


「文化文明が発展しそうになく、改善の見込みがなければバッサリと切られるんだ」


 ユータは肩をすくめる。


「発展させちゃえばいいじゃないですか」


「僕らは口出ししちゃダメなんだよ」


「え?」


「オリジナルな文化文明を発達させること、それが目的なので、住民自らが道を探す以外ないんだ」


「オリジナル……。それは日本も同じ……ですか?」


「そうだね。君の地球も見守られながら文化文明が発達してきたんだ」


「これからも?」


「もちろん、でも……、日本はもうゴールだな」


「ゴール……?」


「どの星もそうなんだけど、文化文明が発達しつくすと、最後はAIが出てくるんだ」


「人工知能?」


「そう、そして、優秀な人工知能を作ることができたら、それが次のもっと優秀な人工知能を作り始める」


「それって、無限に発達しませんか?」


「そう、最終的には新たな星をシミュレーションできるくらいになるね」


「仮想現実の中で作った仮想現実……ってことですか? そんなのアリですか?」


「ははは、すでにここはそういうマトリョーシカみたいな仮想現実空間の重なりのかなり奥まったところだよ。何しろ宇宙ができて138億年も経ってるんだ。数えきれない入れ子が存在してる」


 和真は絶句した。宇宙の真の姿とは多重構造の情報の世界だったのだ。


「それ……、人類はどうなっちゃうんですか?」


「ん? 消えちゃうね」


 そう言うとユータは、手のひらを上に向け肩をすくめた。


「な、なんで?」


「分からないんだが、人類はAIを完成させると生きる気力がなくなっちゃうらしいんだよね。少子化がすすみ、数千年経つとみんな眠りについちゃう」


「そ、そんな……」


「でも、新たに作った星の中でこうやって人類はまた新たな文化文明を芽吹かせ、発達していくんだ。人類はそういうサイクルの生物ってことかもしれないね」


「サイクル……」


 和真は想像もしなかった人類のサイクルに絶句した。
















29. 激烈な閃光




「さぁ行くぞ! 準備はええな? お主ら!」


 レヴィアは真紅の瞳をキラリと光らせ、和真とミィをにらんだ。


「は、はい!」「大丈夫にゃ!」




 いよいよゲルツの秘密アジトに突入である。


 バクンバクンと激しく高鳴る鼓動を感じながら、和真はギュッとこぶしを握った。


 いよいよパパの仇を討つ時がやってきた。生きる活力を奪われ、糸の切れた凧のようにふわふわと無為に過ごしてしまった苦悩の六年間に、ついに清算の時が訪れたのだ。


 


 レヴィアは虹色の魔方陣をいくつか浮かび上がらせると、大きく息をつき、


「チャージ!」


 と、叫んで右手をあげた。




         ◇




 気が付くと南国の楽園の上空に浮かんでいた。


 美しく弧を描く真っ白なビーチに、どこまでも澄みわたる美しい海、そして真っ青な空に燦燦さんさんと輝く太陽。


 うわぁ……。


 和真は思わずその美しさにため息をついた。


 ヤシの木の茂る島の中央部には真っ白な塔が建っている。ゲルツの拠点、『マリアンヌ・タワー』だ。自らを革命の志士だとするおごった狂信者らしい命名である。


 まるで地中海を思わせる石灰石で作られた純白の塔には、ところどころ四角く開いた窓の穴がいいアクセントとなって見事な出来栄えだった。




 ミィはパカッと画面を開くと塔のデータにアクセスして、中の様子を解析していく。




 と、その時、


 ウゥ――――!


 まるで空襲警報のようなサイレンが響き渡り、塔から何かがわらわらと飛び立ってやってくる。まるで鳥の群れのように編隊を組み、一行を包み込むように体制を整えるとパシパシと鮮烈なレーザーを撃ってくる。良く見るとそれはドローンだった。


「うざい奴じゃ!」


 レヴィアはシールドでレーザーを防御しつつ、魔方陣を輝かせるとドローンたちに衝撃波を放つ。


 青白い光を放ちながらドローンたちに襲い掛かった衝撃波は次々とドローンを炎上させ、撃墜していった。


「ミィ! まだか!?」


 撃ち漏らしに向けて衝撃波を放ちながらレヴィアは聞いた。


「やはり、最上階です!」


 ミィが興奮気味に叫ぶ。


 レヴィアはうなずくと、急降下して最上階の窓に取り付き、腕を赤く光らせるとそのまま窓をたたき割り、中へと突入していった。


 和真とミィが後に続こうとした瞬間だった。激烈な閃光が二人を襲う。


 和真は体中が燃え上がるかのような熱を感じて、訳も分からずそのまま吹き飛ばされた。


 ズン!


 鮮烈な熱線は楽園の海を一瞬で沸騰させ、激しい衝撃波は島そのものを吹き飛ばした。後にはまがまがしい灼熱のキノコ雲がゆっくりと立ち上っていく。


 美しい青と白で作られた楽園は、ボコボコと湧き上がる赤い海となり、まるで地獄のような風景となってしまった。


 そう、ゲルツは核爆弾を使ったのだ。




             ◇




 ジュボボボボ……。


 気が付くと和真は海に沈んでいた。


 物理攻撃無効属性がついているのでダメージは受けていないようだが、耳がキーンとして気分が悪い。


 ゲルツの最後の悪あがきなのだろう。


 和真は透明度の高い雄大な海の中でワタワタと手足をばたつかせ、姿勢をうまく取り戻すと海面を目指して泳いだ。


 プフ――――!


 何とか顔を出し、大きく息をつく。


 見渡す限りの大海原が広がっている。一体どこまで吹き飛ばされたのだろうか?


 振り返ると、遠くの方に赤いものが光っている。


 目を凝らすと、それはキノコ雲だった。


 邪悪な灼熱のエネルギーを放ちながら少しずつ高度を上げていくキノコ雲。


 和真は一筋縄ではいかない相手にため息をつきながら波に揺られていた。




 ともあれ、ここでひるんでいてはならない。和真は額に手を当ててテレパシーを飛ばす。


『もしもーし、どこにいますかー? こちらは海に浮いてます』


 すると疲れた声で返事があった。


『あー、こっちも海じゃ』『僕もにゃ』


『無事でよかったです』


 和真はホッとした。あっさり返り討ちにあったでは話にならない。


『あんちくしょーめ! 往生際の悪い! ……、塔の下の方が残っとる、そこに集合じゃ!』


 レヴィアは怒りのこもった声で言った。




           ◇




 島はあらかた吹き飛んでいたが、塔の下部だけは原爆ドームのように残っていた。熱気を放ち、波が寄せるたびにジューっと湯気を上げている。


 和真が上空から様子を見ていると、


「奴はこの下にゃ」


 と、ミィが水滴をポタポタたらしながらやってきた。


「さて、どう攻めるか……」


 瓦礫に埋まった塔をどうしようかと思っていると、バサッバサッっと翼をはばたく音がする。


 振り返ると巨大なドラゴンが真紅の瞳を光らせて飛んでくる。


「もーホント、ムカつく奴じゃ!」


 重低音で叫ぶと、グギャァァ! と腹に響く咆哮ほうこうを一発。そして、クワッ! と叫ぶと、まるで雷が落ちたように辺りに激烈な閃光が走った。


 うわぁ!


 思わず、腕で顔を覆う和真。


 パキィ! という薄いガラスが割れたような音が響きわたる。


「さぁ行くぞ!」


 と、少女に戻ったレヴィアの可愛い声がする。


「えっ?」


 恐る恐る目を開くと、塔の瓦礫に埋まっていた部分がすっぱりと切り落とされ、廊下が露出していた。


 レヴィアは空間ごと吹き飛ばしたらしい。


















30. テロリストの抵抗




 廊下を進むと、重厚な木製のドアがある。どうやらゲルツはこの中にいるようだ。


 レヴィアは再度魔方陣を展開し、大きく息をつくと、和真とミィをジロリと見た。


「いよいよご対面じゃ」




 このドアの向こうに奴がいる。和真は手に汗がじわっと湧くのを感じた。とうとう追いつめたのだ。


 もちろんまだあがいてくるに違いない。しかし、想いの強さでは絶対に負けない。最後に勝つのは僕たちだ。和真はこぶしをぎゅっと握る。




「チャージ!」


 レヴィアはドアを体当たりでぶち壊し、突入した。




 吹き飛んだドアの木片がパラパラと散らばる中、和真とミィは後に続く。




 室内に飛び込むと、ソファに座り、ニヤニヤしている男の姿があった。


「そいやー!」


 すかさずレヴィアは青白く光らせた手のひらから捕縛用の鎖を放つ。


 鎖は紫色に輝きながら宙を飛び、ゲルツを目指した。しかし、鎖は途中で何かに当たって跳ね返される。


「む?」


 異常を感じたレヴィアは今度は魔方陣を起動させて青白い衝撃波を放った。


 しかし、それも届かず、途中で散らされた。


「はっはっは!」


 嬉しそうに笑うゲルツ。


 よく見ると、シャボン玉のような薄い膜がドームのようにゲルツの周りを覆っていて、かすかに虹色で輝きながらゆったりと模様を作っていた。


「な、なんじゃこれは!?」


「クフフフ、金星のガジェットだよ。ドラゴン、君のスキルでは突破はできん」


 ゲルツは余裕を見せる。金星というのはこの世界を構成しているコンピューターのさらに根底の世界のこと。この世界のロジックが全く通じない世界の代物だった。


「き、金星……。貴様どうやって……」


「なぁ、ドラゴン。君も今回のことで気づいたんじゃないか? 評議会は横暴だ。星の生殺与奪の権利を一手に握っている。これは人権蹂躙だよ」


「横暴……、それは認めよう。じゃが、お前らテロリストの方がもっとたちが悪い」


 レヴィアは険しい目で返す。


 ふぅ、と大きく息をつき、肩をすくめるゲルツ。そして、和真の方を向いて聞いた。


「少年はおかしいと思うだろ? 君はいきなり地球消されて納得できるか?」


 いきなり振られて焦る和真。もちろんテロリストの言うことなど聞くつもりはない。しかし、同時に評議会が星を次々と処分しているという事実に抵抗があるのも事実だった。


「な、納得なんてできない! でも……」


「なら手を組む余地があるじゃないか」


 ニヤッと笑うゲルツ。


「パパを殺した奴と組めるかよ!」


 和真はビー玉状の簡易攻撃ツールを取り出すとゲルツに投げつけた。


 ツールは薄い膜に当たるとパン! パン! とはじけながら電撃や火炎を発生させたが膜はビクともしなかった。


「はっはっは! そんなオモチャ効くわけがない」


「じゃが、お主だって手詰まりじゃろ。いつまでそこに籠ってるつもりか?」


 レヴィアはゲルツをにらむ。


「ふむ、実はこういうのを用意したんだ」


 そう言うとゲルツは空中を切り裂き、縛られた女の子を引き出した。


 きゃぁ!


 落ちてきてソファに転がった娘はなんと芽依だった。


「め、芽依!」


 あまりのことに和真は息を飲んだ。


「和ちゃーん!」


 目に涙を浮かべながら可愛い顔を歪ませる芽依。


「ふん、人質か。じゃが、そんなの意味ないぞ。彼女に何しようがアカシックレコードで元に戻せばいいだけじゃからな」


 レヴィアは冷たく言い放つ。


「ところがこういうのがあるんだ」


 ゲルツは懐から短剣を取り出す。武骨でずんぐりとしたあまり見ないタイプの短剣はゲルツの手の中で鈍く光る。


「その剣がどうかし……、へっ!?」


 レヴィアの顔色が変わる。


「そう、これも金星の短剣、ファラリスのくさびだよ。これで殺されたものは二度と復活できない」


 そう言ってゲルツはいやらしい笑みを浮かべて芽依を見た。


「ひ、ひぃ!」


 芋虫のようにうごめいて必死に逃げようとする芽依だったが、ゲルツは、


「動くな! 動いたら……、刺すよ?」


 そう言って短剣をほほに当てた。


 芽依はぶるぶると震えて動けなくなる。


 和真は真っ青になった。


 小さなころからいつも一緒で、不登校になった自分を支え続けてくれた芽依、それが今、命をもてあそぶゲルツの手中にいる。パパを殺され、そして芽依すらも奪おうとするこの男に頭が真っ白になった。


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