第5話 バケモノの背中

 翌朝。起こしにきたルイとともに、カエデの部屋で朝ごはんを食べながら今日の予定に関して話をする。


「南の森?」

「そう」


 ルイはスマホの画面に映し出された地図を見せる。カエデはコンビニのおにぎりを食べながら訝しげに尋ねた。


「だってそこは立ち入り禁止区域でしょ。さすがに南側にはいないって話じゃなかったの?」


 眉をひそめるカエデにルイは頷く。そこは妖怪でさえ立ち入りが禁止されている森だった。

 十年ほど前までは妖怪なら誰でも立ち入ることができた。それが変わってしまったのは、とある生き物の出現による。

 四大精霊エレメンタルのうちの一つ、〝地に住まう者ゲーノモス〟である。巨大な森を背中に負ぶった亀のような見た目をしている生き物で、妖怪を次々と食らう。だがその肉はとても美味であり、背中の森に潜んでいる生命石ヴァイタラピスは億単位の値がつく希少価値の高い宝石だ。

 それらを求めて果敢に立ち向かう妖怪も大勢いるが、生還した者はほんの一握りだという。あまりにも凶悪なバケモノということで、国はこの森を立ち入り禁止にしたのだ。


「その〝地に住まう者ゲーノモス〟を狩りに行った人間の探索隊がいるという情報を手に入れた。その中にユウの父親がいるかもしれない。生きている保証はないけど……」


 ユウは地図をじっと見つめる。両手の拳をグッと握りしめ、覚悟を決めた。


「行きます……!」


 腹ごしらえを済ませた三人はそれぞれ準備を始めた。さすがのカエデやルイでも〝地に住まう者ゲーノモス〟を相手していたら命が足りない。なるべく軽装備で行き、逃げる余力を残しておきたいところ。

 だがこの森を探索するのにどのくらいの時間がかかるかわからない。下手すれば森で野宿なんてこともあり得る。


「木属性の術使いがいればいいんだけど……」


 そうこぼすカエデ。術には五つの属性があり、産まれた時に自身の属性が決まる。それぞれできることが違い、ほとんどの人は一種類の属性の術しか使うことができない。

 木属性の術使いがいればサバイバルにおいて大いに役立つ。というのも、木属性は主に植物の成長を促す。つまり種だけ持っていれば、食料が簡単に確保できるのだ。

 だがカエデもルイも木属性ではない。食料を持っていこうとすればかなりの荷物になり、逃げる時に不便だ。


「よし、準備できたか? お前ら」


 荷物に悩んでいたカエデはルイを見て頭を抱える。


「あんたねぇ……なんでそんな大荷物なのよ」


 大きなリュックには中身がぎっしりと詰まっているらしく、隙間から棒が飛び出していた。腰には日本刀を三本つけていて、動くたびにカチャカチャと音が鳴る。トレードマークの狐面もしっかりと頭の横につけていた。


「備えあれば患いなし。何が起こるかわかんねぇんだから、これくらいなきゃ」


 大体の物はルイが持っていそうだと思ったカエデは軽装備で行くことにした。


「ユウちゃん。森に行くから、服装もラフなのにしようか」


 そう言ってカエデはクローゼットの中を漁る。着替えをするようなので、ルイは部屋から出ることにした。


「じゃあ俺ちょっと外出てるから。準備が終わったら森の入り口に集合な」


 ルイは部屋から出ると、スマホを取り出して電話をかける。


「あ、もしもし。ちょっとお願いがあってさ……そう……うん。じゃあいつものとこで集合な」


 電話を切り、空を見上げる。雲一つない快晴だ。


「……まぶし」


 ルイは目をこすり、商店街の方へと消えていった。



 三十分ほど経ち、準備を終えたカエデとユウがようやく森の入り口に辿り着いた。カエデもユウもTシャツに短パンといたってシンプル。

 森の入り口で待っていたのはルイと、高身長の見慣れない男性。動きにくそうな着物に軍帽をかぶっている。カエデたちに気づいたルイは手を振る。


「ルイ、その人は誰?」


 男性は帽子をとって会釈する。帽子の中から犬耳がひょっこりと顔を出した。よく見れば背中に四本のふさふさとした尻尾が隠れている。男性はにぱっと笑って自己紹介をした。


「ボクはケンシロウと申します! ルイに呼ばれて一緒に森を探索することになったッス! よろしくッス!」


 はきはきと元気がいいケンシロウ。ルイが加えて説明する。


「ケンは木属性の術使いだから呼んでみた。五年前の戦闘祭バトルフェスで優勝したことがあるらしく、腕前も申し分ない。鼻がいいから人間の見分けもつくし、行方不明者の捜索にはもってこいってことだ」

「へ~、うちはカエデ。ケンさんよろしく」

「わ、私はユウです。よろしくお願いします」

「カエデちゃん、ユウちゃん、よろしくッス!」


 顔合わせも済んだので、さっそく森の中に入ることに。ルイが楽しげに先頭を歩き、すぐ後ろをケンシロウが、その後ろをカエデとユウが手を繋いで歩く。


「なあ、知ってるかお前ら。この森、『死を約束する森メメント・モリ』っていうらしいぜ。なんかダジャレみてぇ」


 これからバケモノが住むところへ行くとは思えないようなルイの気の緩み具合に、ユウは苦笑いを浮かべる。だがカエデは険しい表情でルイを睨みつけた。


「ちょっとルイ! ユウちゃんを守りながらお父さんを捜さないといけないのよ! わかってるの!?」

「わぁってるよ。そんなガミガミしてないでもう少し楽しもうぜ」

「そうっすよ。立ち入り禁止のところに入れるんスからもっと楽しまなきゃッス!」

「ま、許可はもらってないから不法侵入なんだけどな!」


 わははっと高笑いするルイとケンシロウ。どこか似た者同士の二人に、カエデの心の中には不安が募る。だがそんな似た者同士の二人もずっとおちゃらけているわけではない。だんだんと道が険しくなっていき、森の奥に入っていくのを肌で感じ取った四人に緊張が走り始めた。


「〝地に住まう者ゲーノモス〟に出会ったらどうするの? もちろん、逃げるわよね」

「そうだな。いくら俺らでもさすがに勝つのは厳しいと思う。俺らの目的はユウの父親を捜すことであって、バケモノの討伐ではないからな」


 その辺の判断は満場一致である。しばらく歩いているとユウの足が止まった。それに気づいた全員の足も止まる。ユウは荒々しい息を吐き、疲労をあらわにしている。さすがに疲れたようだ。他の三人も水を飲んだりして休憩をし始めた。


「この辺に人が来た形跡はないわね。ってか、どんだけ広いのよこの森」

「もっと別のところに移動してみるか。……ケン?」


 ルイはケンシロウの異変に気付いた。ケンシロウは四本の尻尾をピンと立て、引きつった顔で周囲を見回している。


「生臭い匂いッスよ。血の匂いがするッス」


 ルイも匂いを嗅いでみるが特に何も感じなかった。だがケンシロウの鼻の良さは別格だ。この辺りに獣の死体でも転がっているのだろうか。そう思って辺りを探索しようとルイが足を一歩踏み出した次の瞬間、大きな地響きが四人の耳朶に響いた。地面が大きく揺れ、岩がゴロゴロと転がり落ちていく。

 何かとてつもない殺気のようなものを感じたルイは辺りを伺う。近くに〝地に住まう者ゲーノモス〟がいるのだろうか。話によると〝地に住まう者ゲーノモス〟はかなりの大きさらしい。この近くにいれば姿が見えてもおかしくはない。


『グオォォォォ!!』


 それは大型の生き物が己の居場所を知らしめるように、咆哮となって鳴り響いた。どこから鳴っているかもわからない威嚇とも思える雄たけびに、カエデもユウも身をすくめる。

 だがルイとケンシロウは一心に考えていた。拭いきれない違和感の正体を。


「この森って……、こんなに動物いなかったっけ……?」


 ルイがそれに気づいた時にはもう遅かった。突然地面が傾き、四人は滑るように落ちていく。崖に転落した瞬間、ルイが叫んだ。


「ケン!」


 最初からわかっていたとでも言うように、ケンシロウは自分の左手を迫る地面に向けると言葉を放った。


つるスティルプスレーテ!」


 ケンシロウの左手からつるが飛び出し、絡まり、網目状になっていく。そして四人はそこに着地した。

 つるスティルプスレーテがゆっくりと四人を地面に下ろしていく。そして目の前の光景に絶句した。


「うそ……これ……?」


 カエデは口を押さえ、声を漏らす。腰を低くし構えるルイだが、その顔は今までにないくらい引きつっていた。

 先ほどまで四人が歩いていた森がゆっくりと動いている。まるでように。目の前に見える洞窟のようなものがゆっくりと動き、そこから咆哮が漏れ出ている。そう四人は〝地に住まう者ゲーノモス〟の背中を歩いていたのだった。

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