Dummy loves(side.SN)
九戸政景
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「……おーい! ボール、そっち行ったぞー!」
「うっす!」
よく晴れた日の放課後、学校の野球場で野球部員達の元気の良い声が響く。空に輝く太陽の日差しの下、野球部員達が額から滝のような汗を流しながら部活動に励む姿を私はマネージャーをしながらずっと見てきたけれど、部員達が泥だらけになっても頑張る姿はいつでも胸が熱くなる。
小さい頃から野球が好きで野球部のマネージャーをやる事を決めて、私は部員達と交流しながらマネージャーとして支えてきたけれど、こうやってみんなが頑張っている姿を見ていると、マネージャーとしての頑張りが報われたような気がする。
「……みんな、本当に楽しそうに野球してる。やっぱり良いなぁ、こういうの」
野球場のベンチでみんなが頑張って部活動に励む姿を見ている内に部活動は終わり、みんなは今日の反省をしながらベンチへと帰ってくる。その表情はとても満ち足りていてとても輝いていた。
「みんな、お疲れ様。クーラーボックスに飲み物入れてたから、ちゃんと水分補給してね」
「ああ、ありがとう」
「ありがとう、南条。ほんと、南条はマネージャーとして頑張ってくれてるよな」
「そんな南条を彼女にした奴が本当に妬ましいよな~」
その言葉で一人の部員に視線が集中する。彼の名前は
私と同じで小さい頃から野球が好きで野球部に入り、エースと言われる程の実力ではなくても毎日誰よりも熱心に部活動に励む野球やるなら坊主頭は譲れないと言う一歳年下の頑張りやさん。
そんな彼の告白から始まったこの関係だけど、私は彼と恋人になった事は良い事だと思っている。同じ野球好き同士という事で話も盛り上がるし、何かと気を遣ってくれる優しい男の子だから、彼が自分の恋人である事を嬉しく思っているのは間違いない。
けれど、そんな彼だからこそ私は申し訳なく思っている。本当の私は周りから思われているような女ではなく、彼の存在を“利用”するような酷い女なのだから。
そんな事を思いながら野球部員達の様子を見ていた時、青二君は突然私に視線を向け、少し心配そうに見つめてくる。
「南条先輩……大丈夫ですか? なんだか元気ないみたいですけど、もしかして体調を崩したとか……」
「あ……ううん、大丈夫。ちょっと考え事してただけだよ。心配してくれてありがとうね」
「……いえ、彼氏として心配するのは当然です。けど、本当に何かあった時には遠慮なく言って下さいね。俺、力になれるように頑張りますから」
「東条君……うん、ありがとう。その時はそうさせてもらうね」
その言葉に東条君が安心したように微笑むと、それを見ていた部員達はニヤニヤしながら東条君を肘でつついたり肩に載せたりする。
「青二~、カッコいいとこ見せてくれるじゃねぇかよ~?」
「試合じゃなくウチのガッコのマドンナから三振取れた名投手の余裕って奴ですか~? このこの~」
「べ、別にそんなんじゃないっすよ……」
「よし、それじゃあさっさと片付けをして、東条達を早く帰らせてやるか。東条、今日も二人は一緒に帰るんだろ?」
「まあ……南条先輩を一人で帰らせるわけにはいかないですから。南条先輩、今日もお家まで送らせてもらいますね」
「……うん、よろしくね」
東条君の言葉と姿に頼もしさを感じると同時に彼を利用している罪悪感が胸を刺し、ジクジクと痛むのを隠しながら私は頷く。
それから数十分後、協力して片付けを終えた後、制服に着替え終わった私達は揃って昇降口へと歩いていた。
本当ならば、もう少し早く帰れていたけれど、用具の片付け以外にも私個人が行うべきマネージャーとしての仕事も東条君に手伝ってもらったせいで帰るのが遅くなってしまい、その事を私は申し訳なく思っていた。
「東条君、本当にありがとうね。でも、本当に先に帰ってもらって良かったんだよ? さっきの件は私のミスで忘れてた事だったんだから」
「良いんですよ。先輩達や他の奴らには先に帰ってもらいましたけど、俺は南条先輩を家まで送る約束をしてたので、俺でよければ幾らでも頼ってください」
「東条君……ふふ、本当に優しいんだね。これだったら、幼馴染みの西条さんもだいぶ助かってたんだろうなぁ」
その瞬間、東条君の顔が曇る。
「……そんな事ないですよ。アイツとは最近まったく話してないですし、アイツには北条先輩がいますから」
「東条君……」
「それに、こんな汚い真似をしてる俺にアイツの近くにいる資格なんて……」
「……え?」
「あ、いえ……なんでもないです。ほら、暗くなる前に早く帰りましょう」
「あ、うん……」
東条君が辛そうに何か呟いたのが気になったけれど、私はそれ以上気にしてはいけないと感じて止めた。そして昇降口まで来たその時、校舎の中からある二人組が歩いてくるのが見えた。
「……
歩いてきていたのは、バスケットボール部の副部長を務める私の幼馴染みの
サラサラとした短い茶髪とほんのり焼けた小麦色の肌が眩しい玄斗と黒く長い髪をポニーテールにしているいつも明るくハキハキとした西条さんの二人は私と東条君が揃って野球好きなのと同じで、玄斗と西条さんは揃ってバスケットボールが好きなため、二人ともバスケットボール部に入って楽しく活動している。
そんな二人は何かを話しているようだったが、その姿はとても信頼しあっているのがハッキリとわかる程であり、最近見る事があまり無くなった玄斗の幸せそうな顔に私の胸は針で刺されているかのようにチクチクと痛む。
そして二人の様子を見ていると、私の様子で東条君も二人がいる事に気づいてどこか複雑そうな表情を浮かべ、玄斗達も私達に気づくと、どこか気まずそうな表情を浮かべた。
「あ……青二に南条先輩……」
「……琥白と北条先輩か。二人も今から帰りか?」
「ああ、そうだよ。まさか二人とも帰り時間が被るとは思ってなかったけどね」
「こっちは少し前に終わってたけど、マネージャーの仕事を東条君に手伝ってもらってたの。別に先に帰っても良いって言ったんだけどね」
「それは出来ませんよ。南条先輩にはいつもマネージャーとしてお世話になってますし、彼女が困ってるなら彼氏として力になりたいですから」
「ふふ、そっか。頼りになる彼氏がいて私は幸せだな」
その言葉に嘘偽りはない。けれど、彼の優しさを見る度に罪悪感が私を責め立て、そんな彼を見る西条さんの辛そうな表情に胸が痛くなる。彼の優しさに触れるべき相手は本当は私じゃないし、彼が本当に優しくしたい相手が私じゃない事を知っているから。
だからこそ私はこの関係に苦しさを感じているけれど、三人に対して本当の事を打ち明けられない。打ち明けたらその瞬間にこの四人の関係は今よりもこじれた物になり、誰も幸せになれないとわかっているからだ。
この苦しみは本当に“好きな人”を動揺させるために優しい後輩を利用して、とても可愛らしい女の子を哀しませる罪人の私にはお似合いの罰だと自分でもわかっていて、それを受け入れて私は東条君を生涯幸せにするのが私のするべき事だと決めている。私のせいで一人分空いてしまった二人の距離から目をそらさず、苦しみながら生きるのが私にはお似合いなのだ。
そんな事を考えていた時、玄斗は西条さんの事を見ながら微笑むと、私達の方を向いてそのままの笑顔で私が予想していなかった言葉を口にした。
「あのさ、二人さえよければ俺達と一緒に帰らないか?」
「え……?」
俺が口にした提案に西条さんが驚きの声を上げる。その反応は予想通りだ。だけど、その提案を取り下げる気はなく、
「……俺は良いですけど、南条先輩はどうですか?」
「私も良いよ。最近、玄斗と話す機会は無かったし、こうやって昇降口で出会ったのも何かの縁だからね」
「そうか。西条さんもそれで良いかな?」
「あ……はい、大丈夫です」
「ありがとう。それじゃあ、みんな、帰ろうか」
その言葉に三人が頷いた後、俺達は靴を履き替えて外へ出た。その後、西条さんと東条君を内側、俺と朱璃が外側になるようにして並んで歩いていると、下校しようとしていた視線が俺と朱璃に向けられ、西条さん達が揃って苦笑いを浮かべる中、朱璃は少し困ったような表情を浮かべる。
俺の幼馴染みであり東条君の彼女でもある南条朱璃は校内に非公式のファンクラブがある程の人気があり、幼馴染みの贔屓目を無しにしても自慢の幼馴染みだと言えた。
けれど、俺はそんな事を本人に面と向かって言えはしないし、それを他の奴に自慢は出来ない。何故なら俺は“本当に好きな相手”を動揺させるために一人の女の子を“利用”している最低な男だからだ。
その女の子の名前は
この関係は西条さんの告白から始まり、明るく活動的な性格で部のみんなと何の不和もなくやれている西条さんが俺の彼女だという事実はとても嬉しくて自慢出来る事だ。
だけど、俺は知っている。西条さんからの告白は俺への恋心からではなく、別の理由があるからだという事を。けれど、俺はその事を問い詰める気はないし、そもそも出来はしない。俺だって彼女を利用しているのだから、問い詰める権利すらないのだ。
「さあ、帰ろうか、みんな」
「……はい」
「……うす」
「うん」
いつもの調子で答える朱璃に対して西条さん達は少し暗い声で答えて歩き始める。二人から聞こえてきた話の内容と西条さんの暗い表情から察するに恐らく西条さんは自分は俺に相応しくないと考えていて、俺が朱璃と帰りたいから一緒に帰る事を提案したのだと思っているのだろう。
昇降口で出会えたから久しぶりに一緒に帰りたいと思ったのは間違いない。けれど、西条さんが俺に相応しくないなんて事はなくて、一緒に帰る事を提案したのは別の理由もあるからだ。
その理由がわかっているからこそ、朱璃も東条君を西条さんと同じように内側に来るようにしてくれたのだろう。しかし、二人の距離は一人分空いたままで、心なしか二人の表情も辛そうだった。
それを見た俺は今日の部活の件について西条さんに話を振ってみた。西条さんはそれに対して少し安心したように微笑んでから答え始め、それを見ている東条君の表情が悔しさと悲しさが入り交じった物に変わったが、それを感じ取ったのか朱璃が東条君に話しかけ、そのおかげで東条君の表情も幾分か和らいだ。
「……流石は朱璃だな」
朱璃は昔からそうだった。相手の気持ちには敏感な方であり、困ってる相手がいたら、とりあえず話を聞きに行って内容によってはその件が得意そうな相手に意見を仰ぎに行く。
サラサラとした長い銀髪と見た人を魅了して止まない容姿ももちろんあるが、そんな朱璃だからこそ周囲から高い人気を誇っていて、俺も朱璃が関わってくれた事で解決した事もあった。
けれど、俺が抱えている件についてだけは朱璃に頼る事は出来ない。これを打ち明けてしまっては、朱璃との関係だけでなく、西条さんと東条君との関係だって悪くなり、二人の距離を更に離す事になってしまうのがわかっているからだ。
そんな事を考えていると、西条さんは呆れた様子で東条君に話しかけ、それに対して東条君は少しムッとしながら答えて西条さんに言い返し、西条さんは同じようにムッとしてから俺の方へ顔を向ける。
「そうですよね、北条先輩?」
「そうだね。細かいところによく目が行き届いているし、いつも女子の方を引っ張ってくれていると思うよ」
「ほら! 一々うるさいとかカリカリしてるとか言うのは青二だけなんだからね」
西条さんは安心した様子で言い、それに対して東条君が再び辛そうな表情になると、すかさず朱璃は東条君の肩に手を置いてにこりと笑ってから話しかける。
それを見て安心してから西条さんに別の話題を振ったが、内心朱璃と東条君が楽しそうにしているのは辛く、まるで針で刺されているかのように心がチクチクと痛んでいた。
小さい頃から一緒にいたはずの相手が今は別の相手に笑いかけ、勇気を出せなかった俺はそれをただ見てるだけという状況はあまりにも辛かったし、そんな様子を見せている西条さんにも申し訳なさを感じていた。
西条さんはいつも俺に笑顔を向けてくれるし、バスケットボール以外の話題も積極的に振ってくれる。だけど、本当にそういう話をしたい相手は他にいて、その人の反応を気にしているのも知っている。でも、僕も西条さんもそれを口には出来ないのだ。してしまったら待っているのは誰も幸せになれないバッドエンドだから。
それがわかっているからこそ、俺は何も知らないフリをして西条さんの事を永遠に幸せにし続ける。西条さんと付き合い始めた事で本当に愛おしく思っているからでもあるけれど、これは俺の弱さに西条さんを付き合わせてしまっている贖罪でもあるからだ。
「……この交差した運命の糸は永遠にほどけそうにないな」
勇気を出して手を伸ばせば届く一人分空いたままの西条さんと東条君の距離。けれど俺と朱璃の距離は一年分多く開き、手を伸ばしてももう届かないのだ。
Dummy loves(side.SN) 九戸政景 @2012712
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