第5話王太子の後悔

私はこの国の国王と王妃の第一子として生まれた。私の後にも子が生まれたが、死産だったり、生まれてもすぐに死に母は子供の産めない体になった。

側妃を迎えても同じで、愛妾との間の姫が1人いるだけだった。愛妾の子は王族と認められない。


私はただ1人の世継ぎとなった。幼い頃から王太子教育を受け、7才で同い年の筆頭公爵家の娘が婚約者になった。定期的に交流を持ったが、公爵令嬢は美しいが感情の起伏が少なく、何時も微笑んで相槌をうつだけなので、好きになれなかった。優秀な婚約者は皆に王太妃に相応しいと言われていた。


学園に入ってもその評価は変わらず、私も王太子として完璧と言われていたのでお似合いだと思われていた。婚約者との結婚は王太子の務めの1つだと思っていたのに、最終学年で子爵家の庶子が編入した事で総てが変わってしまった。

子爵令嬢は、喜怒哀楽がハッキリしていて、人形の様な婚約者と違い魅力的に見えた。最初は貴族のマナーに不慣れな彼女を助けるだけだったのに彼女の笑顔に癒され、どんどん惹かれていった。それは私の側近達も同じだったようで、彼女を囲んで昼食を食べたり、放課後一緒に過ごしたりした。

婚約者は彼女の貴族らしくない態度に何度も注意したり、私にも婚約者がいるのに腕を組んだり2人きりで会うなと口煩く言ってきた。更に婚約者が疎ましくなった。暫くしたら彼女が泣く姿を良く見るようになり、私と側近達の婚約者に苛められていると言った。何人かの証人と証拠を見せられ、婚約者に憎しみが湧いた。

卒業パーティでそれらを持って婚約者を断罪し、子爵令嬢を償いに養女にするよう公爵に要求した。そうすれば彼女と婚姻できるからだ。父と母も渋々受け入れてくれた。私は幸せだった。あの映像を見せられるまではーーー



断罪から1年して、公爵家から大事な話があると言われ、子爵令嬢と一緒に貴賓室に向かった。てっきり先延ばしになっていた公爵家の養女の話だと思っていたのに、部屋の中には私の側近と側近の夫人、両方の親も来ていた。

私の元婚約者も居て何故ここにと、憎しみが込み上げた。だが公爵から子爵令嬢の側近との浮気や、苛めの捏造を撮った映像を見せられ、私は衝撃で頭が真っ白になった。映像が終わった直後、父が立ち上がり私を罵倒し殴った。痛みはあったが、心が麻痺して何処か他人事の様だった。



それから何日たったのか、元婚約者が会いに来た。

「お久しぶりですね。」

「·····ああ」

「ふふっ。こんな腑抜けになるなんて。やっぱり彼女の言う通りにして良かった。」

何の話をしているのだろう。それよりも元婚約者の楽しそうな顔を見たのは初めてで、あの日麻痺した心が動いた。

「何の話だ?」

「貴方と貴方の愛しい婚約者の話ですよ。

ねぇ殿下、わたくしが貴方とあの女が愛し合い、わたくしを冤罪で僻地の修道院に入れられる事を知っていたと言ったらどうします。」

「知っていた?」

いや、知るはずがない。知っていたら、何故ありもしない罪を被って僻地へ行くのか。

「何故、無実なのに僻地へ行ったのかって顔してますね。彼女が言うにはわたくしがそうなるのは運命で変えられないんですって。でもこの運命が終わったら自由になるから、あとは好きなようにしたらいいって言われましたの。それに殿下と女が愛し合うことはわたくしにとって都合が良かったのです。」


都合がいい?ますます分からない。


「わたくしも殿下とあのまま結婚したくなかったんです。理由は貴方と同じ。

それにあのボンクラな義兄にも公爵家を継がせたくなかった。だから彼女の言葉に賭けましたの。そうすれば目障りな虫を一遍に排除出来ますもの。」

この女は私の事も虫と言っているのか?!怒りで感情が戻ってきた。

「あら、怒るのは筋違いでしてよ。だってあの女をそばに置いたのも、あの女の言葉しか信じなかったのも、わたくしを断罪したのも殿下ですわ。愚かな自分を棚に上げて、虫と言われた位で怒らないで下さいまし。」

コロコロと楽しそうに元婚約者が笑う。酷い事を言われているのに、その顔に釘付けになる。

「あの女が殿下を選んだのは王太子だったからですって。王妃になって1番偉くなりたかったって。わたくしと同じですわ。」

「君が?」

王妃になりたかった?

「ええ、王妃にはなりたかったけれど、貴方の妻にはなりたくなかったから、どうしようかと思いましたの。でも貴方がわたくしを断罪してくれたから望みがかないそうですわ。」

わたしの妻にならないのに王妃になる?王家に私しか子が居ないのにどうやって?

「意味が分からないってお顔」

頬をつつかれて元婚約者とこんな触れ合いなどした事がなかった私は驚いた。

「貴方はもうすぐ王太子の座を下ろされるの。そうなれば、王家に1番血が近いわたくしの父が王太子となり、直ぐに王となる。そしてわたくしはその1人娘。わたくしと婚姻する者が王となる。」

そうだ。あの公爵が私を、王家を許すはずがなかった。そんな事にも気づかなかったなんて、確かに不抜けていた。

「あら、やっと気づいたのね。

貴方のとる道は3つ。わたくしの傀儡になって王になるか、北の塔にはいるか、平民になるか。ああ、自殺はお勧めしませんわ。平民になっても監視がついて自死出来ないように処置しますもの。ついでに子供も出来ないようにしますわね。どれを選んでも宜しいわ」

つついていた頬をゆっくりと撫でて答えを促す。元婚約者の言うようにどれを選んでもどうでもいいのだろう。

どれを選んでも邪魔になった瞬間、殺せばいいのだから。


猫のように目を細めて私を見る元婚約者に魅入られながら、ぼんやりとそう思った。

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