第3話

 何をだろう?


「前にお店で見たんですけど……店員サンが、返却されたDVDを棚に戻してて。その時に思ったんです、すっごく丁寧だなぁ、って」


 丁寧?


「はい、お客さんもそうですけど、お店の人でも、なんていうかこう、乱雑に扱う人っているじゃないですか。私、そういうの好きじゃないんですけど、店員サンはすごく大事に扱ってて」


 それはまあ、店の商品だから当然ではないだろうか。


「お店のものだから当たり前……そう言える人って、もうかなりマジメだと思いますよ? それに……これは私の思い込みかもですけど、“ああ、本当に映画が好きなんだなー”っていうのが伝わってきて。優しくいたわってるような感じがして……それが印象深かったんです」


 まあ確かに、映画は好きだけど……。


「そうですよね! レンタルビデオ屋さんで働くくらいだし、きっと映画好きだって思ってました! あ、ねえねえ店員サン、店員サンの好きな映画はなんですか!」


 それはまた……難しい。


「あ、へへ、ゴメンなさい、難問ですよね! わかります! 映画好きたるもの、なんと答えれば最適解なのか……自分の趣味嗜好が伝わる作品で、かつシロート感もなく、さりとてマニアくさいドヤり感も出ないタイトルを出せるか……まさに映画通としての力量を問われる一問……え? そこまで考えてない? あ、そうですか……ああ、はい、海を見に行く映画ですよね、観ました観ました! 物悲しいんですけど悲壮じゃなくて、なんというか希望のようなものもあって……いい映画ですよね」


 高校生で知ってるってすごいな。そういえば……


「わ、私の好きな映画ですか!? え、えええ……その返しは想定外なんですけど……ううぅ、わかりました、お聞きした以上、答えないのはフェアじゃないですもんね! あれです、あれ……その、タイムマシンで過去に行って戻ってきて……あ、いえ、洗濯機じゃなくてクルマのヤツで……はい、そうです。それです」


 なぜか恥じ入りながら答える。


「わかってますよ!! あれだけ“映画通としての……”なんてフイといて、ド定番もいいところですよ! でもいいじゃないですか! 好きなの!! 固いこと言うな、ですよ! ……店員サンも好き? えと、じゃあ何番目が……え? 1? うっわーそこまでまるカブっちゃうかー! ですよねですよね! よかったー!! 同志ですね私たち! うんうんうん!!」


 同好の士を見つけたからか、テンションが爆上がりしているようだ。


「……はー、すみませんすみません、つい興奮しちゃって。でも、ちゃんと私みたいな小娘にもまっすぐ向き合って、好きなものを好きって言ってくれて……やっぱり店員サンは、マジメで優しいです。ステキな人です」


 そう言い切った後、不意に会話が途絶えた。斜め下を向いて、何やら小声で呟いているようだ。「今かな」「今だ」「うん」「いける」「いこう」「いかなきゃ」そんな感じのワードが途切れ途切れに聞こえた気がした。


「あはははー、いやー!」


 打って変わって、白々しいほどの明るい声で会話を再開する。


「マジメで優しい人が彼氏だと、彼女さんも鼻が高いんじゃないですかねー? このこのー」


 彼女? 残念ながら付き合ってる人は……


「え? あ、彼女はいない……そうなんですか。へー、ふーん、なるほど、そうなんですねー…………っし!」


 さして興味もない風の相槌が返ってきた。まあ、それはそうだろう。


「やーでも、マジメで優しいんですもん、モテモテのモテじゃないんですかー? もう寄って来る女の人をちぎっては投げ、ちぎっては投げの大乱闘! みたいな?」


 残念ながら……


「全然? そうなんです? 意外ですよー……ふんふん、マジメで優しい人はいい人止まり? 何言ってるんですかー。ネットに毒されすぎじゃないですか、店員サン? デジタルデトックスしたほうがいいんじゃないです?」


 巷間よく言われることだとは思うのだが。


「ウソウソ、ありえませんって。チャラついたロクでなしに、好きになる要素ってあります? 万が一店員サンがそんなだったら、ガン無視してたもん私」


 表現が極端すぎる気もするけれど、言われてみればそうかもしれない。


「少なくとも私は、マジメで優しい人がいいです。お付き合いするなら、絶対そういう人」


 なるほど。


「あ、や、その、違くてですね!? 私に限らず世の女子の大半はそうじゃないかなーって、はい、そういうお話です! えと、そう! 言ってました! ココミちゃんも!」


 なぜか狼狽しながら、友人の名前を口に出した。


「優しい人が好きだなぁ、って。あーそうそう、店員サンのことも優しいって言ってましたよ、ココミちゃん。やりますねえぇ、ひゅーひゅー」


 そうなのか。身近な人にそう言ってもらえるのは、悪い気分じゃない。


「んー、あれ? なんか満更でもなさそうな? ふーん」


 どうやら顔に出てしまっていたようだ。


「よかったですねー。でも勘違いしないほうがいいですよ? あくまで、うん、あくまで好意に値するってだけですからね。その……ら、ラブ……的なアレとは違いますからね、多分。きっと!」


 それはもちろんそうだろう。


「ですです、まあ店員サンならわきまえてると思ってますけど……ほら、ココミちゃんかわいいじゃないですか。悪い虫がつかないか心配で……ああ! いや、店員さんは悪くなんかないですよ!? えと、いいです、いい虫さんです!」


 虫を否定してほしいところではある。


「ふう……失言でした、すみません。……でも、店員サンから見ても、そう……ですか?」

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