恋愛クソザコJKが挑む、踏切前の20分1本勝負

六木女ツ由

第1話

「やっちゃいましたねえ」


 駅のそばにある踏切の前。カンカンと鳴り響く音に続いて通過した電車を見送っていると、後ろから声がした。


「ここ、有名な開かずの踏切ですよ。この時間だとそうですねえ……あと20分くらいは待つんじゃないかな」


 そう続けたのは、制服姿の女の子だった。少し赤みがかって見える髪は切りっぱなしのミディアムボブに纏められ、ブラウスの上にサマーニットのベストを着ている。お嬢様っぽい佇まいに不似合いな、勝ち気そうな吊り目が印象的だ。


「誰? って顔してますねえ。これでも結構お店通ってると思うんだけどなあ、店員サン?」


 お店……バイト先のことだろうか。


「店員サンが働いてるレンタルビデオ屋さんで、ココミちゃんっているでしょ? 高校生の」


 あまり下の名前には頓着していなかったが、目の前の女の子と同じ制服を着て出勤してくる女子高生がいるのは事実だ。


「私、ココミちゃんの友達なんです。だからってわけでもないんですけど、よく行くんですよ、お店」


 そう言われれば……「ココミちゃん」とたまに立ち話をしている女子高生がいた気はする。


「最近は週二くらいで行ってるんだけどなあ。お得意サマじゃないですか、私?」


 それもそうだ。丁重に礼を伝える。


「って、いやいや、そんなお礼言われるほどじゃないですけど……好きで行ってるんだし……」


 確かに、週二で通うほどだ。サブスク全盛のこの時代にわざわざソフトで借りて鑑賞するなんて、結構な映画好きなのだろう。


「ん? あれれれ? ひょっとして、店員サンのことが好きだから……って思っちゃいました? ざーんねーん! 正解は「キネマが好きだから」なのでした〜」


 それはそうだろう。


「思ってない? あ、そうですか……いえ、はい。そうですよね。別に。大丈夫です」


 残念そうな悔しそうな、よくわからない反応を見せる。


「まあそれは置いといて……店員サン、地元の人じゃないですよね?」


 首肯する。どうしてわかったのだろうか。


「だと思った。ずっと住んでる人だったら、自転車でこの踏切に来ようなんて絶対思わないですもん。店員サンがバイト始めたの、4月でしょ? じゃあその頃に引っ越してきたとか?」


 なかなか鋭い。でもどうして、バイトを始めた時期を知っているのだろう?


「え、なんで4月から始めたって知ってるか、って? そ、それは……言ったじゃないですか! 週二で通うような常連ちゃんですよ私! 誰がいつ入ったかなんて把握してるに決まってるじゃないですか!!」


 そういうものなのか。


「と、とにかくですね! 自転車だったらこっちには来ないし、歩きだったら駅の高架使うんですよ、だいたいの人は。だからホラ、店員サン以外に踏切待ちの人、いませんよね?」


 言われてみれば、車が対面通行できるくらいの大きさだというのに、確かに誰もいない。目の前の女の子を除いて。


「ふえ? 私? 私は高架を使えばいいんじゃ……いや、それは、それはですね、ううんと……」


 なぜか言い淀む。


「け、健康のためです! 階段って膝に負担がかかるじゃないですか! 私のガラスの膝には天敵なんです……うううー」


 それは大変だ。学校生活も困難が多いのではないだろうか。


「学校? 階段? え、そりゃありますけど……あ! え、ええとですね、学校はですね……学校の階段はいい階段なんです!!」


 え? いい階段?


「そうです! 素材からして違いますよ、学校のは! 文部科学省が技術の粋を結集させて建築してるんですから、それはもう当然です!」


 その理屈だと、駅の階段も鉄道会社が頑張っているのではないだろうか?


「駅は……駅は、そうですよね。駅も鉄道会社サンががんばってますよね……でも! それでも! 文科省には勝てないのです!! これこそが国家の力です!」


 国家と言われれば納得するしかない……けれど、今時分の駅なら、エレベーターくらい設置されてそうなものだが。


「え、エレベーター、ですか……うーん、そうですね……あった気もしますし、なかった気もします。つまり実際に行って確認するまでは、エレベーターがある状態とない状態が同時に存在しているとも言えます。けどわざわざ行って確認するのも面倒。ということでここで待ってるんです! 以上、きゅーいーでいっ!」


 若干江戸っ子っぽい語尾で、よくわからない論理を展開される。この子も、この町の生活が長くはないのだろうか?


「いや、長く住んでいても意外と気づかないことってありますよね? 私にとってはそれが駅のエレベーターなんです」


 ケロッと言い放つ。そんなものか……。


「まあそんなワケなんで、こっちは自転車で来ないほうがいいですよー。駅向こうに行きたいんだったら、こっちは陸橋ありますし……」


 ぴょいっと右を指し、


「こっちはアンダーパスになってますから」


 続けて左を指差す。


「今から迂回してもいいんでしょうけど……いっぺん反対側の国道まで出なきゃいけないから、結構時間かかるんですよねー。線路沿いに行ける道もあるっちゃあるけど、細い路地だから初見さんは迷うんじゃないかなー」


 なかなか難儀な地理のようだ。


「……あ、そうだ! 私、案内してあげましょうか?」

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