第16話

   十六

     ルイビル国際空港 六時四十二分

 様々な人種が行き交う国。十五世紀末にコロンブスに発見されて以降様々な植民地が大西洋沿岸などに形成された。その後、様々な困難を乗り越え千七百七十五年にアメリカ独立戦争が勃発。翌年の七月四日に晴れて独立を果たしたアメリカは今では世界トップの国だ。三村にとっての憧れの国でもある。長旅を終えてくたくただった三人は朝食を取るために目に留まった「Book & Bourbon」という飲食店に入った。痛んでいる身体の節々を労りながら椅子に深く腰を下ろした。どのような店なのかはわからないが兎に角食べ物を胃に収めたい三人は早速メニューを手に取った。

「あ、待ってください。お金をドルと交換してきますので」

 ゆっくりと立ち上がって店を出ようとした。

「三村さん。待ってください。僕が行きますよ」

 花澤はメニューを持ったまま伊藤につっこんだ。

「お前、英語ほとんど喋れないだろ」

「大丈夫だって。ほら、翻訳アプリ使えば何とかなるって」

 スマートフォンを取り出して示す。

「三村さんはお疲れでしょうし、ここまではお世話になりっぱなしだったので任せてください!」

 そういうと伊藤は花澤に近寄って手を差し出した。

「一緒に来いって?」

「違うよ、財布」

 まぁそうだよな。花澤はスーツケースの中から使い古された革の長財布を取り出して伊藤に渡した。

「三村さんはいくら交換します?」

 三村は茶封筒を取り出して十枚一万円札を取り出した。

「じゃあ、これでお願いします」

 慎重にお札を受け取ってしまおうとした。

 何処に?ポケットに入れても悪いし、かといって財布の中だと盗った気がして嫌だし……

 そう右往左往してると三村がそれに気付いたのか急いでスーツケースの中を探った。

「裸じゃ悪いですもんね。これ、使ってください」 

 元々三村が持っていた茶封筒よりも一回り小さい茶封筒を取り出して渡した。それを受け取ると直ぐにしまった。入れる前と後では心なしか後者の方がずっしりとしている。

 きちんと清掃されている空港内をスマホ片手に歩いていると前方から歩いてきた人にぶつかってしまった。

「あぁ、すみません」

 咄嗟に頭を下げて気がついた。

「あぁ、えーと、ソ、ソーリー」

 顔を上げると整った顔立ちの北欧系の男性だった。その男は無愛想に舌打ちをして何処え行ってしまった。一人残された伊藤は憂鬱な気持ちになった。

 外貨両替センターに着くと窓口で対応された。伊藤は胸ポケットを探り、茶封筒を取り出そうとした。無い。

「あ、あれ?」

 服に付いたポケットを全て調べてもお目当ての茶封筒は出てこない。ふとその時頭に一つの風景が浮かんだ。

 あの男の人か?

 急いで超高速に切り替えて男の行方を追った。といってもまだ十分も経っていないのでそう遠くまでは行ってないだろうと思って今矢先に空港の出口で男を見つけた。もう一人の男と並んで空港を出ようとしている。人のことを探るのはあんまり好きではないが迷惑をかけたくない一心だったので失礼してパーカーを調べた。そのパーカーはチャックがなくポケットは左右で貫通している。そのポケットの中に手を入れた。最初は何も無いように思えたが、何か違和感がある。質感が布ではない気がする。超高速だと髪も布も岩のように硬く感じてしまう。ただ力をかければ曲がり破ることも可能だ。

 ポケットは二重構造になっていた。外から見れば何も入っていないが仕切りを外すと様々な物品が出てきた。誰かから盗んだであろう貴金属や財布ばかりだ。その中には海外では見かけない茶封筒も入っていた。仕切りを元に戻し。貴金属類を抱えた伊藤は空港の事務室にそれらを置いて元の窓口の位置に戻った。そして先ほどと同じポーズをとって切り替えた。

 無事に両替が済んだ伊藤は「Book & Bourbon」に戻り料理を食べた。テーブルには大きめのハンバーガーが三つ並んでいる。朝からこれはガッツリしているなと思っていたが今は何でもいいから胃に収めたかった。しかもハンバーガーとなれば高カロリーで失ったエネルギーを補うことができる。

「いただきます」

 ずっしりとしたハンバーガーを両手で持って頬張った。使われている牛肉はとても味が濃くガツンとしている。野菜はシャキシャキとしていてとても楽しい。みずみずしいのでパティのと相性が最高だ。バンズは肉の脂とソースを吸っていてとても味わい深い。チーズはとてもよく伸びて溢れてくる。まさにナイアガラの滝のようだ。疲れた身体に染み渡るのを感じている。手に付いた脂を紙ナプキンで拭き取り手を合わせた。

「ご馳走様でした」

 花澤も三村も伊藤に続くように完食した。二人とも余計に疲れて見える。

 会計を済ませると早速本題に入った。

「左院さんですけどケンタッキー州の何処かにいるんですよね。具体的な場所は分かりませんかね?」

 地図を広げている。

「いやぁ、聞こえづらかったからなー」

 テレパシーが送られてきた時のことを思い出しながら言う。

「聞き込みをするしかないのかな?」

「ってかお前なら探せるんじゃね」

 地図を見ながら伊藤は首を振った。

「いや、デカすぎる。流石にまずい」

「やっぱり聞き込みになるのか」

「顔はどうするんですか?聞き込みですよね。口頭で説明も難しいでしょうし」

「写真持ってねーし、俺は絵下手だから無理だよ」

 顔の前で手を振って否定する。

「私一応専門学校でてますけど、記憶を頼りにするって言うのは」

 思い出したと言わんばかりに手を叩いた。

「お前いけるんじゃね。フラッシュも神経が速くなってて絵上手くなってたし」

 現実的ではないと思っているがそれ以前に現実離れしたことがいくつも起こっていたのでものは試しにやってみることにした。伊藤に花澤はノートを手渡し三村が鉛筆を渡した。すると見事にノートの上を鉛筆が滑らかに滑っていく。ワルツを踊っているその足元にはどんどんと左院の整った顔が浮かび上がっていく。

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