指示者のさすところ
鋳封銅々
指示者のさすところ
歩けど歩けどそこは闇。何も聞こえず、風もなく。
悪夢から目覚めた後、ただただ光を目指して進む男がいた。
「いやはやお待たせしました、なんせ順番通りにやらなければならないものですから」
”聞こえた”と言っていいのかはひとまず置いておいて、それは男に話しかけてきた。
何語なのかはわからないが意味は理解はできる。
そしてそれは男なのか女なのか、人か獣か――
「誰ですか?」
男は立ち止まり、言葉を返す。
「”指示者”といえばわかるでしょうか。私はあなたをここから開放するための者です」
「ここはどこですか?」
指示者の姿はわからない。影も形も、そして気配すらも。
「どこでもありません。キリスト教で言うならば
「ちょっと待て、私は死んだのですか?」
「ええ、あれは夢ではありませんよ。それより、あなたの今後の話をしましょうか。重要なのはここに来たことではなく、ここから去ることです」
「ここから去ると私はどうなるのですか?いえ、わかります。私は――」
「いいえ、天国も地獄もありません。あなたは生まれ変わるのです。あなたはこれから、今までの人生で最も尽くした対象の人間として生きていくのです」
「人生を尽くした対象の人間?動物や虫にはならないのですか?」
「はい、人から獣に、獣から人にはなりません。人は人になるのです」
男はそれを聞いて少し安心した。
「そうですか……では、今まで死んだ人たちはいったいどのようになったのですか?」
「他人の人生が気になるのですね。それでは少し話をしましょうか」
指示者は語り始める。
「アポロ計画に影響され、宇宙飛行士を目指したナイジェリア人の少年がいました。彼は彼なりに宇宙について学び、学校に行くため懸命にお金を稼ぎました。結局のところ、そのまま病気で死んでしまいましたが」
「彼は誰に生まれ変わったのですか?」
「世界で初めて月に足跡を残した男になりました」
「ニール・アームストロング……?待て、少年が生まれる前からいた男に生まれ変わったのですか?」
「ええ、時間はそれほど重要ではありません」
「ということは過去の自分自身が存在している時代に生まれ変わることもあるのですか?」
「はい、とある夫婦の話をしましょう。この夫婦の夫は妻に、妻は夫に生まれ変わりました」
「ということは――」
「そう。彼らは気づいていませんが、ずっと前から強い絆で結ばれた永遠の愛を手に入れたカップルなのです」
「二人は今後も入れ替わり続けるのですか?」
「はい」とその声は微笑んでいるようだった。
「どんな悪人でも、そうなれるのでしょうか――愛というものがあれば」
「”はい”と言っておきましょうか。あなたたちが定義した”悪”の一人を例として挙げましょう。黒髪の女留学生だけを狙ったとある連続殺人鬼は――」
「まさかあの”アジアンキラー”と呼ばれていた?」
男は恐る恐る質問する。
「そう。死刑判決から見事に懲役20年にまで減刑した弁護士になりました」
「ああ、そんな――」
男は青ざめていく。
「さて、そろそろ本題に入りましょう、まず手始めにあなたの職業を聞きましょうか」
男は口を開いた。
「私はその殺人鬼の弁護士です――」
指示者のさすところ 鋳封銅々 @dodoifu
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