牛鬼を馴らす
桐谷はる
第1話 2022年 潮騒の街 ①
柚野さんのことを聞きたいんですね。
今さら何を話せっていうんですか? もう、十年以上も昔のことを。
柚野さんのその後?
さあ、どうなんでしょう。少なくとも地元の人間は誰も知りません。この辺りは転入者が多くて、代々の住人は少ないんですよ。柚野さんのご両親も柚野さんが産まれる少し前にこちらに移り住んだとかで、彼女の親族はこの近辺にはいません。
――あの人は、自分の家族を真っ先に手にかけたから、誰も残らなかったんですよね。
まあ、印象に残る子ではなかったですね。
下の名前はなんていったかな、そうそう、優希子ちゃん。仲のいい子たちはそう呼んでました。柚野優希子ちゃん。私は、グループが違ったから、柚野さんって呼んでいたかなあ。ユノユキコ、ってちょっと変わった響きですよね。縮めてユユちゃんって呼んでいた子もいたかしら。
なんていうか、平均的な女の子だったと思います。
大人しくて真面目でいい子だけど、面白みはありませんでした。誰かが冗談を言ったら、黙ってにこにこしているタイプ。成績も並みだったんじゃないのかな。見た目も普通だったでしょう。髪はショートで、可もなく不可もない顔立ちで、特におしゃれをしているわけでもなくて。ドラマや漫画だと、悪事を働く女の子って、邪悪な感じのすごい美人じゃないですか。そういう感じじゃなかったです。そうね、ちょっと意地の悪い言い方になりますけど、退屈な子でした。
今思うと――演技だったってことですよね。
目立たないために、ごく普通の女子生徒だと周りに思わせるために、彼女は嘘の自分を演じていたわけです。本当はすごく頭が良くて、精神鑑定のときに知能テストを受けさせたら、とんでもなく良い成績が出たって週刊誌で読みました。まだ高校生ですよ? そんな子供が、周囲をだまして、本性を隠していたなんて。
――あんなひどいことをしたなんて。
今でも信じられないんです。未成年だったからでしょうけど、報道は何だか中途半端で、柚野さんは加害者なんだか被害者なんだか、それすらよくわからなかった。未成年も含めて八人もの人間が姿を消して、まだ遺体も見つかっていないんですよ? 当時は地域の誰もが、特に子供たちの親は疑心暗鬼になって、外遊びをさせなくなりました。住民同士のトラブルも増えて、本当にひどい状況だった。
本当に、今さら話を聞きに来る人がいるなんて。
歳をとって、分別もついて、ようやく気持ちの整理ができたタイミングで話を聞きに来てくれる人が現れるなんて。
時間はあるのでしょう? お茶も、どうぞご遠慮なく召し上がって。
私自身の話ではないけれど、集められるだけの話は集めてきました。地元の人間の強みね。うちはこのあたりでは代々の住人ですから、だいぶ多くの人に話が聞けた。マスコミや警察には何も話していないって人もいた。だから、あなたが知らない話もあるはず。損はさせません。
あなたと私とで、あの事件をもう一度考え直してみたいの。
十年前の連続失踪事件――柚野優希子と、彼女の怪物の話を。
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