91話 奇遇ね

 私はアリシアさんからのダンスの申し出を了承した。

 そこまではいいのだが、”ずっと仲のいいお友達でいたい”と言ったところ、アリシアさんが固まってしまったのだ。

 そしてさらに、タイミングが良いのか悪いのか、一人の少年がやってきた。


「姉上! こちらにおられましたか!」


「あら、フレッドじゃない。奇遇ね」


 彼は私の義弟だ。

 それなりに広い秋祭り会場で、偶然出会えるなんて珍しいこともあるものだ。


「……は? えっと、あの……。姉上、それはさすがに酷くありませんか?」


「どういうこと?」


「だって、事前に一緒に回ることを約束していたじゃないですか。それなのに、待ち合わせ場所になかなか来られないので、心配しましたよ」


「……あっ」


 言われてみるとそうだ。

 確かに約束していた。


「ごめんなさい。すっかり忘れてしまっていたわ」


「……いえ、別に構いませんよ。ただでさえ人が多いですからね。迷子になったのではないかと、気が気でなかったです」


「本当に申し訳ないと思っているわ」


 私は素直に謝った。

 何だか最近、約束を忘れてしまうことが多いような気がする。

 私の記憶力はそこまで悪くなかったと思うのだけれど……。

 頭の中に黒いモヤがかかったような感覚があるのだ。


「はぁ……。でも良かったです。姉上の身に何もなくて」


 フレッドが安堵のため息を漏らす。

 本気で心配してくれていたのだろう。

 義理とはいえ、家族なのだ。

 それは当然のことなのかもしれない。


「ありがとう。あなたは優しいわね」


「……ッ! ……そ、そんなことはありませんよ。僕は当たり前のことをしているだけです」


「それでもよ」


「……」


 フレッドは照れ臭そうにしている。

 少し頬が赤くなっている。


「……」


 一方のアリシアさんは、私たちの会話を聞いて呆然としていた。

 一体どうしたというのだろうか。


「あの、姉上。そちらの方はアリシア殿ですよね?」


「ええ、そうね。知っての通り、彼女は私の大切なお友達なのよ。ほら、アリシアさんも挨拶をしてくださるかしら?」


「……」


 アリシアさんは反応がない。

 どこか虚空を見つめているように見える。


「アリシアさん?」


「…………」


「おーい……」


 私はアリシアさんの目の前で手を振る。


「……あ、ああ、すみません。ぼーっとしてしまって。お久しぶりですね、フレッドさん」


 彼女が慌てて挨拶をする。

 この二人は、知らない仲ではない。

 むしろ、多少は深い仲とも言える。

 なぜなら、事故とはいえアリシアさんの下着姿を目撃してしまったのは、他でもないフレッドだからである。


(私の手違いによってそれぞれとの約束を違えてしまったけれど、この三人なら仲良く回れそうかしら?)


 私は反省しつつも一安心した。

 改めて、今日は楽しい秋祭りにしていこう。

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