45話 秋祭り

「へえー! これが秋祭りの出店なのですね。賑やかですわ」


 私は王都の大通りに来ていた。

 エドワード殿下、カイン、オスカーも一緒だ。

 今は四人で、屋台を見て回っているところだ。


「はぐれないように注意して下さいよ、イザベラ殿」


 オスカーが心配そうな顔で言う。


「分かっていますわ。そんなに子供じゃありませんよ」


 私がそう返すと、オスカーは苦笑していた。


「イザベラ嬢は、どこか抜けているところがあるからな。俺達からはぐれたら、大変なことになりそうだぜ。なあ? エド」


 カインがエドワード殿下に話を振る。


「全くだ。この前も、一人で出歩いて迷子になっていただろう?」


「あれは……! 仕方がなかったのです。人混みに紛れて、知らないうちに一人になってしまっていて。気づいたら、全然見覚えのない場所にいたんですもの。それで仕方なく、近くの人に道を聞いただけですよ」


 私はその時のことを思い出して、顔を赤くする。

 恥ずかしいところを見られてしまっていたようだ。

 あの時は本当に困っていたのだ。


「イザベラ嬢は方向音痴なんだ。自覚しろよ? まあ、そういうところが放っておけないんだけどさ」


 カインの言葉に、私はますます赤面してしまう。


「うっ……。善処します……」


 私はそれだけ言うと、そっと視線を逸らす。


「おっと。照れているイザベラも可愛いな」


「殿下、あまりからかわないであげてください。イザベラ殿は純情なところもお持ちなのだから」


 オスカーがやんわりと嗜める。

 だが、その口調は柔らかかった。


「ははは。いや、すまないな。つい可愛くて、いじめたくなってしまうのだ」


 エドワード殿下が笑いながらそう返すと、今度は私の方を向く。


「イザベラは本当に可愛い。そして、美人だ。思わず見惚れてしまうほどにな」


「ひゃ、はいぃ!」


 突然のことに、私は思わず変な声で返事をしてしまった。

 それを聞いて、また皆が笑う。

 私は皆の笑顔を見ながら、幸せを感じていた。


(このまま、こんな日が続くといいのだけど)


 だが、私には分かっていた。

 この幸せな日々が、いつまでも続くはずがないということを……。

 私は『ドララ』の悪役令嬢なのだ。

 いずれは、破滅の道を辿ることになる。

 バッドエンドの回避に向けていろいろと頑張っているのだけれど、果たして上手くいくのだろうか……。

 私は時おり、言いようのない不安に襲われることがある。


(ううん! 弱気になっちゃ駄目よね! 今日は楽しまないと!)


 私は不安を振り払うように、首を横に振る。

 そして、大通りを見渡す。

 秋祭りの会場は、多くの人々で溢れている。

 食べ物屋や装飾品を売る店、服や靴などの衣類、さらには武器や防具などを売っている店もある。


「わぁ! 綺麗なアクセサリーね。あっ、美味しそうな焼き菓子があるわ」


 私は目についたものを指差しながら、三人に声をかける。


「どれだ? 買ってきてやるぞ」


「いえ、大丈夫です。自分で買いますから」


 私はエドワード殿下にそう言う。

 王族をパシらせるわけにはいかない。


「遠慮は不要ですよ? 何なら、私が奢りましょうか?」


 オスカーが爽やかな笑みを浮かべて言った。


「えぇ!? そんな! 悪いですわよ」


「へへっ。なら、俺が出すぜ。これでも、結構余裕はあるんだ。休日は魔獣狩りで小遣い稼ぎをしているからな」


 カインまでもがそんなことを言い出す。


「うう……。そこまで言うのなら……」


 あんまり遠慮しすぎるのも、それはそれで失礼だ。

 私は厚意に甘えることにした。


「おう! んじゃあ、あの焼き菓子を買ってきてやるよ!」


 カインが張り切って走り出した。


「ふむ。では、私はあちらのカキ氷を持ってきましょう。イザベラ殿に発案していただいたシルフォード伯爵領の名物です」


 オスカーが少し離れたところにあるカキ氷屋を指差し、歩き始める。

 カキ氷の製造には、氷魔法が必要だ。

 この世界は氷を作り出せるほどの科学文明が発達していないからね。

 氷魔法と言えば、シルフォード伯爵家だ。

 オスカーが主導して開発した氷の魔道具を使用すれば、普段は氷魔法を使えない人でも、カキ氷に使う程度の大きさの氷を作り出すことが出来る。

 この祭りにも、それが活用されているようだ。


「ぐぬっ! ならば俺は、あのアップルを買ってやろう。イザベラの好きな食べ物だと聞いている」


 エドワード殿下は悔しそうにしながらも、屋台の方へと走っていった。

 私はエドワード殿下の言葉に驚く。


(あれ? 私がリンゴを好きだって話したかしら?)


 私がリンゴを好きなことに間違いはない。

 だけど、エドワード殿下にそれを言った記憶はない。

 不思議に思いながらも、私はその場でしばらく待つ。

 そして、カイン、オスカー、エドワード殿下の三人が、両手いっぱいに抱えきれないほどたくさんのお土産を手に持って戻ってきた。


「いやいや、ちょっと買いすぎじゃないですか!?」


 私は思わず突っ込んでしまう。

 焼き菓子、カキ氷、リンゴ。

 それぞれ一つずつ買ってくれるのだと思っていた。

 さすがにこれは多すぎる。


「まあまあ、いいじゃねえか。イザベラ嬢なら、これぐらい余裕だろ?」


「その通りですね。イザベラ殿の大食漢ぶりは、周知の事実です」


「たくさん食べるがいい。俺はお前が幸せそうに食べている顔を見るのが好きなのだ」


 三人がそんなことを言う。

 私は大食いキャラになったつもりはないのだけれど。

 いや、でも……。

 そう言えば、食堂に行く度に周囲から好奇の目で見られていた気がする。

 あれはそういうことだったのか……。


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 私は引き攣った笑顔で、三人にお礼を言う。

 そして、みんなでワイワイ騒ぎながら、お祭りを楽しんでいったのだった。

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