15話 養子

 カインとの出会いから半年ほどが経過した。


「姉上、今日も街に行かれるのですか?」


「ええ。カイン達の様子を見に行くつもりよ」


 私は笑顔で答える。


「僕も行きたいです」


「ごめんね。遊びではないのよ」


「むぅ……。では、早く帰ってきて下さいね」


「分かったわ。なるべく早めに帰るようにするわね」


 義弟との会話を終えた後、私はすぐに支度をする。


「さあ、どれくらい成長しているかしら?」


 最初の頃は、毎週のように手ほどきをしてあげた。

 しかしここ最近は、一月に一度ほどしか会っていない。

 あれぐらいの年代の子供達は、一月もあればかなり成長している。

 私はウキウキしながら、街の外れにあるスラムへと向かう。


「お前ら、イザベラ嬢が来たぜ。挨拶しろ!」


「「「こんにちは、イザベラ様!」」」


 カインが叫ぶと、子供達が集まってきた。


「みんな、元気そうね」


「おうよ。イザベラ嬢のおかげだぜ」


「それは良かった。それじゃ、いつも通り始めようか」


 私は微笑みながら言った。

 最初は、基礎の基礎である魔力操作からだ。

 体内で魔素を循環させる。

 これを繰り返して、徐々に魔法を使えるようにしていく。


「はぁ……、はぁ……」


「息切れしてるぞ。しっかり呼吸を整えろ」


「こ、これが結構しんどいんだよ」


「文句を言うんじゃねぇよ。強くなるには必要なことだぜ」


 カインが子供に注意する。

 私はその様子を見て、感心してしまう。


「ふ~ん。なかなか様になってきたじゃない」


「そりゃそうだ。何たってイザベラ嬢の教え方が上手いからな」


「おだてても何も出ないわよ」


「別にそんなつもりで言ってないんだけどな」


 カインには、人の上に立つ素質がある。

 以前からこのスラム街の子供達のリーダー的存在だったもんね。


「じゃあ、次は土属性魔法を教えましょうか」


「待ってました。……と言いたいところだが、ちょっと休憩しよう。みんな疲れてるみたいだし」


 私は、地面に座り込んでいる子供たちを見る。


「仕方がないわね。十分だけよ」


 私は苦笑した後、鞄の中からクッキーを取り出す。


「はい。どうぞ」


「お、サンキュー」


「ありがとうございます」


「美味しいです」


 みんな嬉しそうな顔をしてくれる。


「イザベラ嬢の手作りか?」


「ええ。たまに作っているのよ。あなた達にも食べてもらいたくて」


「そいつは嬉しいぜ。ありがたくいただくよ」


「うん。とてもおいしいです」


 みんながおいしそうに食べる姿を見て、私はとても幸せな気持ちになった。


「あのよ。イザベラ嬢に一つ報告したいことがあるんだ」


「何かしら?」


「俺達は、スラム街の自警団として一目置かれる存在になった」


「噂は聞いているわよ。立派なことだと思うわ。おめでとう」


「ありがとな。それでな……。俺に目をつけた貴族様が、俺を養子にしようと言ってきたんだ」


「それは凄いわね。でも、どうして私に言うの? 自分のことなんだから、自分で決めればいいじゃない」


 この街は、アディントン侯爵家の領地だ。

 アディントン侯爵家の養子になるならば何の問題もないが、彼の言い方からしてそうではないのだろう。

 私も、お父様から特に何も聞いていないし。

 となると、噂を聞いた他の貴族家からそういう話があったのだと思われる。

 領民の引き抜きを無断で行うのは諍いの元だが、私が知らないだけでお父様には話が通されているはずだ。

 この話は、カイルが頷けば問題なく進んでいくと思う。


「俺はイザベラ嬢に相談したかったんだ。貴族の家で暮らすなんて想像できないからさ。それに……」


「それに?」


「……俺はさ、イザベラ嬢が好きなんだ」


「…………へっ!?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 えっと、どういう意味?

 私のことが好き?


「もちろん男女の仲としての意味だぜ」


「え? ええと、気持ちは嬉しいけど、私は侯爵家の娘だし……。私自身は身分に偏見なんてないけど、侯爵家の娘としてお父様の決めた相手と結婚する覚悟はあるよ」


「そうか……。まぁ、そうだよな。いきなりこんなことを言われても困っちまうよな。悪りぃ。今のことは忘れてくれ」


 カインの言葉を聞いて、胸の奥がきゅんとなった気がする。

 でも、私は侯爵家の令嬢だから。

 平民の彼とは一緒になれないのだ。

 あれ?

 でも、待てよ……。


「カインが養子になる貴族家ってどこなの?」


 彼が養子となる貴族家の位階が高ければ、私の侯爵家と釣り合いが取れる可能性がある。


「ああ、レッドバース子爵家だ」


「レッドバース……?」


 聞いたことがる名前だ。


「何でも、男が生まれなかったらしいぜ。俺を養子にして、王立学園に通わせるってよ。立派に育てば、次期当主にだってなれるんだと」


 カインが説明を続ける。

 その言葉を聞いて、ようやく思い出しだ。

 カイン・レッドバース。

 赤い髪が似合う、荒々しいタイプのイケメン。

 騎士の見習いで、魔法で身体能力を強化して剣を振るう。

 彼は、『ドララ』の攻略対象だ。

 そして、予知夢では私の腕を切り飛ばしてゲラゲラ笑っていた悪役でもある。


「カイン・レッドバース……」


「おう。まだ正式に養子にはなってねえけどな。こんなうまい話を受けねえつもりはねえが、最後にイザベラ嬢にだけは相談したくってよ」


「そ、そうだったのね」


 どうしよう?

 バッドエンドを避けるためには、可能な限り『ドララ』の設定から遠ざかるようにしたい。

 私は侯爵家令嬢として、王立学園に通う必要がある。

 エドワード殿下やフレッドも入学するだろう。

 そこまでは仕方ない。

 ならせめて、カインの入学は妨げるべきか……?

 あの予知夢のバッドエンドでも、剣に優れたカインがいなければ、回復ポーションを使って逃げられた可能性はある。

 でも……。


「私は賛成よ。平民から貴族の養子になるなんて、滅多にあることじゃないわ。名誉なことだと思う。頑張ってね!」


 私は笑顔で応援した。

 このカインと、予知夢で私の腕を切り飛ばしたカインは違う。

 きっと、あんなことにはならないはずだ。


「イザベラ嬢、ありがとよ。頑張るぜ! イザベラ嬢に相応しい立派な騎士になってみせるさ」


「相応しい?」


「ああ。子爵家っていやあ、侯爵家よりは下だけど、立派な貴族家だろ? それなら、イザベラ嬢と結婚できる可能性もゼロじゃねぇと思ってよ」


 この国の身分制度は、十段階となっている。

 王家、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵、平民、奴隷だ。

 私やフレッドは侯爵家なので、王家と公爵を除けば最上位の身分となる。

 子爵はそれよりも二階位落ちるが、それでも平民と比べればかなり上の身分だ。

 前例としても、侯爵家と子爵家の結婚は珍しくない。


「ふーん。そうなんだ。でも、私は……」


「分かってる。イザベラ嬢は侯爵家のご令嬢だもんな。当主の意向に従うんだろ? 俺なんか相手にされねえこともよぉ~く分かっている。でもよ、せめて少しの望みくらいは持っておきたいじゃねえか」


「うん……。ありがとう」


 カインは本当にいい人だ。

 彼と生涯を共にするのが私とは限らないけど、できれば愛する人と共に幸せに生きて欲しいと思う。


「そうと決まれば、養子の話を受けるって伝えとかねえとな。俺はこの街をしばらく離れることになる。エリック、俺の代わりにリーダーとして頑張るんだぞ」


「う、うん。頑張るよ。マックスもいるしね」


「ああ! それに、マリーやドロシーもいる! カイン兄は、自分のことに集中しておけよな!」


 残されることになる子供達の内、カインに次ぐリーダー格の子達がそう言った。

 彼らは『ドララ』には名前が登場しない。

 さほど重要な人物ではないと思っていたが、これがなかなかに魔法の適性が高い。

 カインがいなくても、自警団として頑張っていけるだろう。

 将来的にはアディントン侯爵家でスカウトして、私の護衛に配置したいな。


「イザベラ嬢。このスラム街には、厄介なマフィアがいるんだ。俺達も目を付けられている。厚かましいお願いだとは思っているんだけど、一つ頼みが……」


「言いたいことは分かったわ。後顧の憂いを断つために、叩き潰しておきましょう」


 マフィアを潰すのは、他の領民のためにもなる。

 こうして、私はマフィア潰しを決意したのだった。

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