13話 俺の名はカインだ
私は赤髪の少年に案内され、スラム街の奥地にやって来た。
ちなみにフレッドにはあの男達の処理をお願いしている。
私と別行動を取ることに難色を示していたが、最終的には折れてくれた。
今頃、衛兵を呼んでいるはずだ。
「ここが俺達の拠点だ」
「ふうん。なかなかしっかりしているのね」
掘っ立て小屋をベースにして、あちこちが補強されている。
結構な広さ、そして頑丈さがありそうだ。
「まあ、時間だけはあったからな。金はなくても、暇はある。その時間を有効活用しただけだよ」
少年はぶっきらぼうに答える。
だが、彼の声音からは、仲間に対する愛情のようなものを感じることができた。
「みんな、ただいま。ちょっと話があるんだけど、いいか?」
少年の言葉に反応して、奥の方からゾロゾロと子供たちが出てきた。
「カイン兄ちゃん、おかえり」
「今日は早かったね」
「あれ、知らない人がいるぞ」
「誰なんだ?」
口々に好き勝手なことを言い出す。
「お前たち、静かにしろ! まずは、みんなに紹介をする。おい、あんた。こっちに来てくれ」
「ええ、わかったわ」
私は少年に促されて、一番前に出る。
「こいつは……。あれ? そういやあんた、名前はなんていうんだ?」
少年が思い出したように尋ねてくる。
「あら、そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前はイザベラよ。イザベラ・アディントン」
「アディントン……。ま、まさか、アディントン侯爵家の娘なのか!?」
「ええ、その通りよ」
少年は驚きの声を上げる。
私がいいところの生まれだと推測はしていたはずだが、せいぜい子爵家や男爵家、あるいは商家の娘ぐらいに思っていたのかもしれない。
「みんな、私の名前はイザベラよ。よろしくね」
呆けている少年を放っておいて、私は後ろにいる子供達に向かって話しかける。
「う、うん。僕はエリック。それで、この子が……」
「俺はマックスだ!」
「あたし、マリーっていうの」
「わたし、ドロシーです……」
一人ひとり、順番に挨拶をしてくれる。
「はい、しっかりと挨拶できて偉いわね」
この中に、『ドララ』で聞いたことのある名前はいない。
おそらくは危険な人物ではないだろう。
エドワード殿下やアリシアとは異なり、この子供達と交流することに何の問題もない。
「あら? そういえば、貴方の自己紹介は聞かなかったわね。貴方も名前を教えてくれるかしら?」
私は先ほど名前を尋ねた少年に向き直り、改めて尋ねる。
すると、彼は少し照れた様子で答えた。
「俺の名はカインだ」
「カイン……?」
私はその名前を聞いて首を傾げる。
どこかで聞いたことがあるような気がするのだが……。
すぐには思い出せない。
「どうかしたのか?」
「あなたのご家名は?」
私は思い当たる人物を一人思い浮かべた。
もし彼が同じ家名なら……。
「こんな場所に住んでいる奴に、家名なんてないよ」
「そうなの?」
じゃあ気の所為かな。
カインという名前に、赤い髪。
そして将来性を感じさせる荒々しいタイプのイケメン。
『ドララ』の攻略対象の一人で、予知夢では私の腕を切り飛ばしたカイン・レッドバースと同一人物かと思ったが、どうにも違うようだ。
まあ、いくら『ドララ』や予知夢とは時間軸が異なるとは言え、子爵家の者がこんな場所にいるはずがないか。
レッドバース家が没落したというような話も聞いていないし。
「それで、イザベラ……。いや、侯爵家の娘を呼び捨てはマズイか……」
「ふふっ。好きに呼んでくれていいわよ?」
公式の場ではともかく、今は誰に見られているわけでもない。
「イザベラさん、イザベラちゃん。いや……イザベラ嬢と呼ぶか。それでいいよな? イザベラ嬢」
「え? う、うん……」
自分より少し年上のイケメンにそんな呼び方をされて、不本意ながらドキッとしてしまった。
なんというか、妙にむず痒い。
「それでさ、イザベラ嬢がわざわざこんなところに来た理由はなんだよ?」
「そうね。まずは……。食べ物をあげようかしら?」
本当はお金をあげるつもりだったが、下手にお金を渡すと悪い大人達に狙われそうだ。
「食べ物だって? ありがたいけどよ、見ての通り俺達は大人数だぜ? 全員分を用意できるのかよ」
「大丈夫よ。私の収納魔法なら、これくらいの量は何とでもなるわ」
私は空間魔法で亜空間から大量の食料を取り出した。
パンにチーズ、肉に野菜。
それに飲料水やデザートまで。
「お、おお! こいつぁすげぇ!」
「イザベラさん、凄い! 魔法使いなんだね!」
「うぉー! すげえ! すげえぞ!」
子供達が群がってくる。
「あはは、落ち着いて。まだあるんだから。ほら、カインは要らないの?」
「……ああ! 俺も貰うぜ! 実は腹が減って立っているのもギリギリだったんだ!!」
カインは笑顔で答えると、子供達と共にガツガツと食べ始めたのだった。
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