男女の友情は成立するか?

夜桜くらは

2人は友人

「ねぇ、友一。男女の友情って、成立すると思う?」


 そう俺に聞いてきたのは、女友達の『真宮友香まみやともか』。

 ちなみに、俺の名前は『真壁友一まかべゆういち』。俺たちは大学二年生だ。


 彼女がそんな質問をしてきたのは、心理学を勉強しているからだろう。かくいう俺もそうだが。


「男女の友情ねぇ……難しい問題だよな」

 俺はコーヒーを飲みながら答える。


 ここは大学のカフェテリア。昼休みの時間だから、学生でごった返している。


「私は成立しないと思ってるんだよね~」

 と、サンドイッチを食べながら言う友香。


「なんで?」


「だってさ、男と女の友情なんてあり得ないじゃん? 男はいつまでたってもエロいことしか考えてないし、女はいつまでたっても恋愛のことしか考えられない生き物なんだから」


「確かにそうだな……」

 俺は苦笑いを浮かべて同意する。



 俺も友香と同じ意見だ。男がいつまで経ってもエロいことを考えるのは仕方ない。それは遺伝子に組み込まれている本能なのだから。


 しかし、女がいつまでも恋愛のことを考えているというのは違うだろう。それこそ、遺伝子に組み込まれた本能ではない。女にも恋愛以外の感情があるはずだ。


 でも、そのことについて議論しても無駄なことはよく知っている。なぜなら、議論すればするほど泥沼にはまるからだ。



「友一はどう思う?」


「うーん……」


 俺は少し考えるふりをする。そして、答えを導き出したかのように言った。


「あるんじゃないか? 男女の友情ってやつ」


「えっ!? 本当に!?」


 驚いた表情を見せる友香。そんな彼女に、俺は続ける。


「ああ。俺、結構本読むし、小説とか漫画とか映画もよく見るんだけどさ。そういう作品に出てくる登場人物たちは、みんな友情を大切にしてるんだよ。たとえ相手が何を考えていても、どんな秘密を抱えていたとしても、それでも相手を信じようとするっていうかさ」


「へぇ……。じゃあ、もし私と友一の間に友情があったら、私が何をしていても信じてくれるわけね?」


「もちろん」


「ふぅん……」


 そう呟くと、彼女は何かを考えるような仕草をした。そして、再び口を開く。


「あのさぁ、友一。今週の土曜日って暇?」


「うん? 特に予定はないけど」


「そっか! ならよかった!」


 嬉しそうな顔になる彼女。俺は嫌な予感を覚えた。

 こういう顔をした時の彼女のお願い事は決まっているのだ。


「ねえ、デートしようよ。二人で遊びに行こう」


「……やっぱりか」

 予想通りの展開になり、思わずため息をつく俺。



 俺たちは大学に入ってから仲良くなったのだが、友香は可愛い女の子だと思う。

 スタイルもいいし、性格も明るくて話しやすい。いわゆるリア充という奴だ。


 しかし、一つだけ欠点があるとすれば─――ものすごくわがままだということだった。


 例えば、前に一緒に遊園地に行ったことがあるのだが、「今日は帰りたくない」と言って夜遅くまで付き合わされたことがあった。


 他にも、買い物に行くたびに荷物持ちをさせられたり、高い物を買わされたりと、まるで奴隷のような扱いを受けたこともある。


 正直言って、彼女と出かける時は疲れることばかりだった。

 だから、できれば断りたいところだが……断ったら面倒臭いことになることは目に見えていた。


「わかったよ……。どこに行きたいんだ?」


 仕方なく承諾すると、彼女は笑顔になった。


「やった! じゃあさ、駅前で待ち合わせしようよ! 十二時に集合ね!」


「了解」


 こうして俺は、友香とのデート(?)が決まったのであった。



 そして迎えた土曜日。俺は約束通りの時間に駅に着いた。

 時計を見ると、まだ十一時五十分であることがわかる。早く着きすぎたようだ。


(とりあえず、どこかぶらつくか)

 そう思って歩き始めた瞬間、後ろから声をかけられた。


「おーい! こっちだよ~!」


 振り向くと、そこには手を振る友香の姿があった。


「あれ? 早かったな」


「当然でしょ。だって楽しみにしてたんだから」


「はいはい」


 俺は呆れたように言う。そんな俺を見て、友香はクスッと笑った。


「もう、素直じゃないんだから。本当は嬉しいんでしょう?」


「いや、全然。まったくこれっぽちも嬉しくない」


「またまたぁ。照れなくていいんだよ?」


 ニヤリと笑う彼女。その表情はいたずらっ子のようだった。


「はいはいその通りですよ。友香と会えて超絶ハッピーです」


「よろしい!」


 満足げに言う彼女。それから俺たちは、他愛のない会話をしながら街を歩いた。



 やがて、目的の喫茶店が見えてきた。


「あっ、あそこの店ね!」


 友香は嬉しそうな声で言いながら、小走りになって店内に入る。俺も後を追って入っていった。


 中に入るとコーヒーの香りが鼻腔を刺激し、落ち着いた雰囲気が心を癒してくれた。


 窓際の席に座ると、友香はメニュー表を手に取り眺め始める。俺はブラックコーヒーだけを注文し、彼女が選ぶのを待つことにした。


「うーん、どれにしよっかなぁ……」


真剣な顔で悩む彼女。そんな彼女を見つめているうちに、俺はあることに気づいた。


 それは、彼女が今日着ている服がいつもより気合いが入っているということ。

メイクもバッチリ決めていて、髪型もおしゃれにセットされている。どうやら今日のデートを心の底から楽しんでいるらしい。


 それを見た俺は、自然と頬が緩むのを感じた。同時に、こんな風に喜んでいる彼女を見ているのはとても幸せな気分になれるのだと実感する。


「よし! 決めた!」


 友香の声を聞き、我に帰る。どうやら決まったようだ。


「私はミルクティーにするよ。それで、友一は何にしたの?」


「俺はブレンドだ」


「そっか。じゃあ店員さん呼ぶね」


 彼女は呼び出しボタンを押して、やって来たウェイトレスに二人分の飲み物を頼んだ。

 そして、俺の方を向いてニッコリと微笑みかける。


「ねぇ、友一。私たち、友達だよね?」


「ん? ああ」


 突然の質問。俺は少し戸惑いながらも答える。


「そうだよな。俺らは親友だもんな」


「うん! そうそう!」


 嬉しそうな表情を浮かべる友香。


 俺は少し違和感を覚えた。なぜか彼女の言葉には『友情』という言葉を強調しているような感じがあったのだ。

 しかし、その理由を考えてみても思い当たる節がない。きっと気のせいだろう。


「じゃあ、これからもよろしくね!」


「ああ、こちらこそ」


 そんなやり取りをしていると、友香のスマホが鳴る。画面を確認した彼女は、慌てて電話に出た。


「もしもし? えっ、今どこって……!? ごめんなさい、すぐ行くから待ってて!」


 そして、申し訳なさそうな顔をして俺を見る。


「ちょっと用事ができちゃった……。悪いんだけど、先に帰っててくれるかな? お金は私が払うからさ」


「えっ!? おい、友香――」


「本当にゴメン! じゃあ、そういうことで!」


 友香はそう言って、足早に去っていった。



「……マジかよ」


 一人残された俺は、大きなため息をつく。


 せっかく早く来たというのに、一人で帰ることになってしまった。

 しかも、彼女の奢りで。


(まあ、仕方ないか……)


 彼女のわがままに付き合うと決めた以上、文句を言うわけにはいかない。


 それに、あの電話は多分友香の彼氏からだろう。リア充の友香には、彼氏がいるのだ。そんなことを考えながら、俺は店を後にした。



 その後、特にやることもなく家に帰ってきた俺は、ベッドの上でゴロゴロしていた。


(暇だ……)


 何もすることがなく、ただボーっと天井を見上げる。そんなことをしていると、俺はあることを思い出す。


「そういえば、まだ昼飯食ってなかったな」


 時刻はすでに午後一時を過ぎていた。朝に食べたパン以来、何も食べていないことになる。腹も減ってきた。


「なんか作るか……」


 そう呟いて起き上がると、俺はキッチンに向かった。そして、冷蔵庫の中を確認する。


「うーん……」


 中には食材がほとんど入っていない。調味料などはあるのだが、肝心の食料が無い状態だった。


「しゃーない。買いに行くか……」


 そう決めると、財布を持って外に出た。



 外はかなり暑く、歩いているだけで汗が出てくるほどだった。俺は額に流れる汗を拭いながら、近所のスーパーに向かう。


 目的地に着くと、俺はまず店内に入った。ひんやりとした空気が心地良い。

 そのまま食品コーナーへ向かうと、適当に弁当を選んでカゴに入れた。そして、ペットボトルの水とお菓子もいくつか入れる。


 会計を済ませて店を出ると、再び家に向かって歩き始めた。



 しばらく歩くと、前方にある人物の姿が見える。


(あれは友香か?)


 そこに立っていたのは、友香だった。買い物袋を持っているところを見ると、どこかへ買い物に行ってきた帰り道といったところだろうか。


 声をかけようと思ったその時、彼女は誰かと一緒にいることに気がついた。

 よく見ると、相手は男だった。年齢は二十代前半くらいに見える。背が高く、顔立ちも整っていてイケメンと呼べる部類の顔をしていた。


 二人は何かを話しているようだったが、その内容までは聞こえなかった。


(友香の彼氏かな……)


 俺は、友香に最近彼氏ができたことは知っていたが、顔までは知らなかった。しかし、あの様子を見る限り、おそらく間違いないだろう。


 俺は少し複雑な気持ちになりつつも、急に空腹感を感じて、家に帰ることにした。



 お昼を食べてから数時間後。俺は部屋の中で、ぼんやりとしていた。

 結局、今日は何もすることなく一日が終わってしまった。


(友香、今頃何やってるんだろうな……)


 ふと、そんな考えが頭に浮かぶ。もしかしたら、今ごろデートの最中かもしれない。



 そんなことを考えていた時だった。

俺のスマホが鳴り出したのは―――。


 着信音が鳴っていることに気づき、俺はポケットからスマホを取り出す。画面に表示されていた名前は――『友香』だった。


「もし――」


「友一! 助けて!!」


 俺が話しかけようとした瞬間、向こうから悲痛な叫び声が聞こえてくる。その必死さに、俺は嫌な予感を覚えた。


「落ち着け! 一体どうしたんだ?」


「それが……変なのに絡まれてるの! 私だけじゃどうしようもできないから、お願い! 早く来て!」


「わかった。すぐに行く」


 それだけ言って通話を切ると、俺は急いで家を飛び出した。



 走って友香のところへと向かう。彼女は、人通りの少ない路地裏にいた。


「友香!」


 名前を呼ぶと、彼女は俺の方を振り向いた。その表情は不安で満ちており、目には涙が浮かんでいた。


「友一!」


 友香は俺の姿を見つけると、安心したのか泣き出してしまった。俺は彼女の肩を抱きながら声をかける。


「大丈夫か?」


「うん……。ありがとう……」


「いったい何があったんだ?」


 そう聞くと、友香はゆっくりと話し出す。



「実はね、買い物の帰り道で知らない男の人に呼び止められたの……。最初は無視してたんだけど、しつこくつきまとってきて……」


「それで?」


「怖くなって逃げ出そうとしたら、腕を掴まれたの。でも、振りほどこうとしても全然離れなくて……!」


「なるほど」


(……ん?でも、友香は彼氏といたんじゃないか……?)


 俺は不思議に思ったが、後回しにすることにした。


 友香の話を聞く限り、かなり危ない状況のようだ。このまま放っておくわけにはいかないだろう。


「ねえ、どうすればいいと思う?」


 すがるような目で見つめられる。俺は迷わず答えを出した。


「警察に通報するしかないだろ」


 当然の結論だった。だが、それを聞いた友香は首を横に振る。


「ダメだよ! そんなこと言ったら大騒ぎになっちゃうじゃん!」


「じゃあどうするつもりなんだ?」


「それは……」


 口ごもってしまう彼女を見て、俺はため息をついた。


「はぁ……まったくお前は。相変わらずだな」


 呆れたように言う俺。すると彼女は、ムッとして反論してきた。


「だってしょうがないでしょ! 私は悪くないもの!」


 開き直る友香。俺はもう一度ため息をつく。それから、彼女の目を真っ直ぐに見つめながら言った。


「いい加減にしろよ? そんなわがままばっかり言ってると、いつか後悔することになるぞ」


「うっ……」


 友香が言葉に詰まるのがわかる。俺はさらに続けた。


「それにな、こういう時は素直に助けを求めるのが一番なんだよ。確かに警察沙汰になるのはまずいかもしんねーけど、だからって一人で抱え込んでどうすんだ? 俺がついてることを忘れんなよ。俺らは友達だろうが」


「友一……」


 友香は驚いたような顔をする。そして、しばらくしてから小さく笑った。


「そうだよね……。私たち、親友だもんね」


「ああ」


 俺の言葉に彼女は笑顔を浮かべると、大きく深呼吸をして覚悟を決めたような顔をする。


「よし! 決めた!」


 そして、俺の目を見ながらはっきりと言う。


「友一、一緒に来てくれる?」


「もちろんだ」


 そう答えると、彼女は嬉しそうな顔をする。


「ありがと」


 こうして、俺らは二人で交番に向かうことにした。



 数分後、俺たちは交番の前にやってきた。中に入ると、警官に声をかけて事情を説明する。最初は怪しまれるかと思ったが、意外にも話はスムーズに進んだ。


 後は警察に任せることにして、俺たちは家に帰ることにする。

 帰り道の途中、友香は何度も俺に感謝の言葉を言っていた。その様子からは、先程まで怯えていたのが嘘のように思える。


「本当に助かったよ。友一がいてくれて良かった」


「気にすんな」


 俺は照れ隠しのためにぶっきらぼうに答える。

 しかし、内心ではとても嬉しかった。彼女の役に立てたことが、そして、頼ってくれたことが。


「あっ、もうすぐ家に着くね!」


 そう言って、前を見る友香。俺もつられて視線を移す。そこには、いつも見ている景色が広がっていた。


「じゃあ、また明日大学で会おうね!」


 別れ際にそう言って、友香は家の方へと走っていく。その後ろ姿を見送った後、俺は自分の家に足を向けた。


(さっきの友香……可愛かったな……)


 ふと、そんな考えが頭に浮かぶ。


(って、騙されるな、俺……。友香はわがまま放題の迷惑女だぞ……)


 そう自分に言い聞かせて、頭をブンブンと振った。しかし、胸の高鳴りは収まらない。


 俺は、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。

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