第38話 姫と聖女

 普段は静かなパルテノ村の夜。

 だが、今晩だけは、祭りの様な賑やかさだった。


 ガイアナ姫達を歓待するため、村をあげての盛大な宴会が行われていた。


 道沿いに露店が立ち並び、軽食やお菓子が売られていた。

 噴水広場では、吟遊詩人の歌が大人気だった。


「わーい! わーい!」


 デメルが大人達の間を縫う様に走り回っている。


(デメルは呑気でいいよなぁ……)


 クルスは広場の噴水の縁に腰掛け、そう思った。

 

 会議では、明日の朝からパルテノ村周辺を調査することが決まった。

 実際の現状を目の当たりにしないと、具体的な判断が出来ないという結論に落ち着いたからだ。


 クルスは露店でパンを売っているアティナを見た。


(これで良かったのかな……)


 結局、クルスはアティナのことを会議では言わなかった。

 アティナは聖女だ。

 Aクラスのモンスターを引き寄せたのは、アティナのせいだ。


 ゲームでは、魔王デウスとの最終決戦で、アティナは聖女としての重要な役割を果たす。

 その役割と引き換えにアティナは命を落とす。


 魔王としては、アティナを生かしてはおけない。


 だから、彼女がパルテノ村から一歩でも外に出れば……

 本来、出現するはずの無い場所で、強いモンスターを生成ポップしてでも、彼女を殺そうとするのが当然だ。


(ゲームではアティナを外に連れ出せなかった。この異世界では外に連れ出せるが……連れ出した結果、魔王の強力な刺客が送り込まれる)


 クルスは、


はぁ……


 とため息が出た。


 ガイアナ姫に本当のことを言えば、アティナはラインハルホ城に連れて行かれるだろう。

 クルスは、それだけは避けたかった。


 だから、本当のことは伏せて置いた。


「クルス、踊ろう!」


 頭を抱えていたクルスは顔を上げた。


「アティナ……?」


 いつもの白いブラウスに赤いフレアスカート。

 だけど……なんか違う。


「ガイアナ姫……っ!」

「えへへ。アティナの私服、お洒落だから着てみたかったんだ。お互いの服、交換したんだ」


(あ……)


 クルスは、ガイアナ姫の指差す先を見た。

 露店に立つアティナの服装がいつの間にか変わっている。

 昼間見た、ガイアナ姫の白いワンピースを着ている。


「アティナはいい娘だな」

「は、はい……」


(いつの間に二人は仲良くなったんだ!?)


「ガイアナ姫、クルスをよろしくお願いします!」

「うむ!」


 お互い手を振り合っている。


(なるべく、あの二人が接近して欲しくなかったんだがな……)


 クルスは周囲が一層騒がしくなったのを感じた。

 吟遊詩人のギターと大道芸人の笛で、皆、踊り始めている。

 それぞれパートナーを見つけ、男女で組んで踊っている。


 ダンスパーティーが始まったのだ。


「さ、踊るぞ!」

「ちょっ……ちょっと……」


 ガイアナ姫はクルスの手を掴み、無理やり立たせた。


(ダ、ダンスなんてやったことないよぉ……)


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る