第5話 美津子 タルトタタン

マスターから、私のピアスをイヤリングに直して欲しいという注文が入ったと連絡をもらった。

作品を置いて2週間、初めてのお買い上げだ。どんな人が買ってくれたんだろう。


会社の帰りに、パーツと工具を持って寄った。


チリリン


「いらっしゃいませ」

圭子さんの顔がカウンターから覗いていた。

「こんにちは

ピアスを直しに来たんですが」

「ああ、はいはい。これね、お預かりしてます」

「今日マスターは?」

「今日はなにかの講習だとかで出かけちゃったの。最近そういうの多くてね。私が臨時の店主」


カウンターの一番奥に、時々会う久美子さんが

座っていて、圭子さんの苦笑いに相槌を打っている。


「何か飲みますか?」

「マンデリンお願いします」


パーツの付け替えは簡単ですぐに終わった。

「このアクセサリー、美津子さんが作ってたの?」

「はい、この間から置かせてもらってて」

「へーえ、素敵よね。私これ貰おうかな」

シックな色合いにまとめた天然石のピアスは私もお気に入りの作品だ。お洒落な久美子さんによく似合っていた。

「ありがとうございます!これで二つ目だわ」

「ドライの紫陽花で作ったボリュームのあるのが欲しいんだけど、できる?」

「ええ。パーツが手に入ったら。今度持ってきますね」


圭子さんの淹れてくれたマンデリンはマスターのとはまた違って、しっかりした中にも柔らかさのある苦味だ。

あぁ ホッとする。

美味しいコーヒーを飲んだら、やっぱりケーキも食べたくなる。

「今日のケーキは何ですか?」

「タルト・タタンです」

「それもお願いします」

「このタルト・タタンは絶品よー」と空になったお皿を前に久美子さん。

「うわー楽しみ。

ここに来ると、やっぱりケーキ食べたくなって食べちゃうんですよね。」

「習ったわけじゃないから、レパートリー少ないんだけど。」

「圭子さんのケーキはどれも美味しいですよね。」

りんごの旨味がギュギュッと詰まったタルト・タタン。キャラメリゼしたりんごとほんのり甘い生地の相性が抜群で、たっぷりのりんごがボリューム満点だ。マンデリンと、どっしりしたタルト・タタンはよく合っていた。

アクセサリー二つの売上でケーキセットを食べた形だ。自分の手で稼いだという実感がした。給料とは違う感覚でなんだか嬉しい。


今日初めて知ったのだが、久美子さんは回路開きも受けていて、氣がよく出ているからとマスターからレイキを伝授されて、時々、ここで施術もしていると言う。

「レイキってどんな施術なんですか?」

「んー 見たところ手を当ててるだけだから、何してるか分からないかも。敏感な人だと、氣が流れるのがわかるって言うわ。一回やってみる?」

「やってみたい〜! いつならいいですか?」


これで一ヶ月毎週この店に通っていることになるなあ、、、


チリリン


「やあやあお揃いで。いらっしゃい。」

ご機嫌なマスターの声。

「お帰りなさい」

と三人から言われて、まんざらでもない顔だ。

「今日はなにを習ってきたんですか?」

久美子さんがすかさず聞く。

「風水だよ」

「へえ。あの、西に黄色の物を置くといいとかのあれ?」

「はっはっはっ。あれはちょっと違うらしいんだけど。まあこれが面白いんだ。

君たち、引っ越しする時は見てあげるからね。

土地は大事なんだ。ほら、よく店が変わる場所ってあるだろう?あれは土地が良くないわけ。どうせ住むならイヤシロチがいいからね。

あ、そうそう、圭子、背の高めの寄せ植えをひとつ作ってくれ」

「はいはい。ちょうどいい植木鉢をこの前買ったから作っておくわ」

「いやー風水は面白いよ。奥が深い。」

「まーたしばらく、講習に行くんですね?

で、私の臨時店主が続くわけ?」

「ま、そうなるな」

圭子さんの片眉が上がる。


次々に面白いことを見つけて夢中になっているマスターは、私の周りの定年過ぎの男達とは随分違う。

いくつになっても、やりたいことがあって新しいことに挑戦している生き方っていいなと思う。

私も好きなアクセサリーを作ってそれが売れるなんて、思ってもみなかった展開に今ワクワクしている。


「では、また来週!久美子さんよろしくお願いしますー」

「じゃあねー」


チリーン


なんだか、わたしの人生面白くなってきたー。

ねっ と大楠に手を振って駅に向かった。

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