不思議だぞう屋

YO_KO

第1話 美津子 はじめましてのチェリーパイ

  第1話 はじめましてのチェリーパイ

 それは、繁華街の真ん中に、ぽつんと、まるでみんなから見えてないかのような誰もいない小さな公園だった。

フェンスに囲まれたあまり広くない敷地に、不似合いなほどの大木がニ本。

大人がひとりで抱えられるかなという太さの楠と石畳の小道を挟んでこれも同じくらいの太さの銀杏。あとは低木が何本かあって、雑草もなく手入れはされているようだ。

見上げると、二本の大木が広げた枝の隙間から高い青空が見える。

子供が遊べるような遊具はない。これといって公園の由来が書かれているようなものもない。

 いつも通る道を一本入っただけで、こんな公園があったなんて想像もつかなかった。繁華街で住宅があまりない町だからなのか、まるで鎮守の森のように静かな人気(ひとけ)のない公園だった。

 公園の前の道の向こう側には、間口の狭いビルが並んでいる。


 そのビルの一つに、綺麗なそら色のドアのお店があった。ドアの右側には木彫りのチャシャネコが乗った看板がとりつけられている。看板には手書きで「不思議だぞう屋」の文字。チャシャネコの尻尾に小さなライトが灯っていて

文字を照らしている。


 ドアの左側にはステンドグラスのはまった小窓があって、その下に置かれたアイアンのベンチには、可愛らしい寄せ植えとopenの木札。


 まるで、そこだけが絵本か外国の街角の風景を切り取ったみたいなお洒落な感じだ。


 何のお店なんだろう?

 雑貨屋さん? 

 それともアンティークショップ?

 ???いっぱいでそおっとドアをあける。


 チリリン


 中は12畳ほどの広さだろうか。少し細長く奥に伸びた店内の壁際には暖炉と棚がしつらえてあって、ミニチュア雑貨がたくさん置いてある。

 正面にはアンティークのバーカウンターのようなどっしりとした家具。そこからL字に続く5席ほどのカウンター席がある。カウンターの中からは少しふっくらした顎髭のあるマスターが、優しげな目を向けている。年は60歳前後だろうか。髪には白いものがメッシュのように入っている。


「いらっしゃいませ」

 声もふんわりとあたたかい。


 喫茶店のようだ。コーヒーのいい香りがしていた。

 カウンターの奥の端には先客の若い女性が一人、コーヒーを飲んでいる。


 落ち着いた雰囲気にちょっと安心して、

 手前の端の席に座る。

 立ててあったメニューブックを開くと、スペシャリティコーヒー数種類と手作りのケーキがあるようだ。


「本日のケーキはなんですか?」

「チェリーパイです。家内の得意のケーキなんですよ、酸味がさわやかでおすすめです」

「では、それを。ケーキセットで、マンデリンでお願いします」

「はい、ありがとうございます」

 グラインダーの豆をひく音が響く。

「あのー」

「、、、、」

 グラインダーの音で聞こえていないらしい。

「あのお」

「あ、はい?」

「こちらのミニチュア見せていただいていいですか?」

「ああ、どうぞどうぞ。それみんな僕が作った物なんですよ。ゆっくり見てください」


「え、マスターの手作りなんですか?」

 ふっくらした大きなマスターの手からこんな繊細な作品が生まれるとは。すぐにはイメージできなかった。


 「ガリレオの部屋」と名札のある物は

5センチほどの天体望遠鏡が据えられ、天球儀や、本でぎっしりの本棚、机の上にはフラスコやら試験管、書き物などが雑多に置かれて、いかにもガリレオがいそう。


 可愛らしいオーブン粘土で作った花がいっぱいの花屋さんの屋台や、この店そのままのミニチュア、宮沢賢治の注文の多いレストラン「山猫軒」もある。


 どれも小さいのに精巧で、既製の部品を使ってはいない。一から手作りしているのが見て

とれた。

 思わず小さな感嘆の声をあげながら、一つ一つの作品をゆっくり見ていく。


「ケーキセットお待たせしました」

 声をかけられて、席にもどる。

「ひとつひとつ、一から手作りされてるんですか?」

「なかなか、思い通りにはいかないんですがね。こういう細かいことが好きなんですよ」

 にこやかにマスターが応える。


 ハンドドリップしたコーヒーの豊かな香りが広がって、カウンターチェアにしてはゆったりとした膝掛けもある椅子に体が勝手に沈み込む。香ばしいフルーティな香りとすっきりとした苦味。私の好きなマンデリンの味だ。

 サワーチェリーがどっさりのったピンク色のチェリーパイ は、チェリーの酸味とカスタードクリームの甘さがほどよいコンビネーションで、さくさくのタルト台が食感のアクセントになって、いくらでも食べられそうだ。久しぶりにこんなゆったりとした昼下がりを過ごす。うっとりと食べていると、奥に座っていた女性が、つと立ち上がって、バーカウンターに並べられたアクセサリーを見始めた。

「マスター、このオルゴナイトのペンダント、どうかな」とキラキラしたペンダントを胸に当てて聞いている。

「これに、恋愛運入る?」

 マスターは、それを手にとるとなにやら首を振って見ている。

「うん、これになら入るよ。恋愛運なあ、まきちゃん、ここんとこいい出会いないもんなあ」

「そうなのよお、もうさあ、すっとこどっこいなのばっかり」とまきちゃんは口を尖らす。

マスターは、手を躍るような祈るような不思議な動きをして

「よし!入れといた。これで出会いはバッチリだぞ」

「本当?ありがとー! 来週の婚活パーティーは期待できるかなあ」

 またマスターは首を振っている。

「うん、今回、いい出会いがあるぞ。いいかい?今度は顔で決めるなよ〜」

 まきちゃんは、首をすくめると早速そのペンダントを着けて軽やかに出ていった。


 

 オルゴナイト?

 恋愛運を入れる?


つい、聞き耳を立てていた私に

マスターが気づいて、笑って言った。

「ああ、怪しいでしょう?

だから不思議だぞう屋。

こうして首をふってオーラに聞くとね、色んなことがわかるんですよ。その人に合う合わないとか、好きか嫌いかとかね。

こういう石やオルゴナイトには開運とか恋愛運を入れられるからサービスで入れてあげてるんです。

 よかったら、メニューの最後のページ見てみて」

 先程の飲み物のページの後に

「マスターの不思議メニュー」

 があった。


 ○オーラ鑑定

 ○チャクラの浄化と調整

 ○前世鑑定



 オーラは聞いたことある。人の周りには色んな色が出ててそれが見える人もいるんだよね。


 チャクラ? 浄化? 

 

 なんだか不思議な言葉が飛び交っている。


「マスターは霊感があるんですか?」

 恐る恐る聞いてみる。

「あっはっはっ」

 愉快そうに笑って

「そういうのとも違うかなあ」

「レイキとか、気功とか知ってる?」

「ええ、言葉だけなら」

「そういうの好きで習ってたらね、オーラが見えるようになってきたんだよね。人も物も結局はエネルギーなんだ。それを掴めたら転写もできるわけ」

「へえ⁈」

 分かったような分からないような、、、

 でも面白そうだ。この、店。

 なんか落ち着くし。

 一人で居心地よくいられる喫茶店はなかなかないものだ。ケーキも、コーヒーも美味しかったし、久しぶりにいいお店見つけちゃったな。



「ご馳走様でした。また来ます」

「ありがとうございました。はーい、またお待ちしてます」


 チリン


 一本通りを曲がると、もうさっきまでのことが嘘のように、人が行き交い車の音、歩行者信号の音楽がどっと押し寄せてくる。

 夢から覚めたように

今日の夕飯は何にしようといつものスーパーに向かったのだった。

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