意味

 あるとき俺は、1人の女性と付き合っていた。名はナギ。ナギはとてもかわいい娘で、俺にはもったいないくらいの女性だった。俺はナギのことが好きだった。今だからこう言えるが、付き合っていたときはそう思っていなかった。俺がナギと付き合っていたのは、「彼女がほしかったから」だ。好きだから、じゃない。それでもナギと一緒にいるのが楽しいときもあったし、気分のいいセックスもした。白々しく駅で待ち合わせなんかして、遠方へ出かけることなんかもあった。だからこう思うんだ。彼女と一緒にいた時間には、ちゃんと意味があったって。でも、俺には所詮むずかしいことだったのかもしれない。結局おれは、彼女の前で1度も”ぼく”という仮面を脱がなかった。いや、脱げなかった。勇気がなかったんだ。本当の自分を見せたら、きっと彼女は俺を受け入れないだろう。ただただ俺は、捨てられるのが怖かった。人間に飼われている動物なんかはそんな気持ちなのだろうか。そう思うと、あいつらもけっこう苦労しているんだなと思った。

 ナギはある日、突然おれの前からいなくなった。俺は四六時中泣いた。たぶん人生で1番泣いたであろう。ナギと一緒に通った道、ナギが使っていた歯ブラシ、ナギが座っていた部屋の中。すべてが俺を苦しめる材料になった。俺はわんわん泣いた。一生分の涙が流れた気がした。でも内心ではわかっていた。俺はこの苦しみから逃れるために泣いているんだ、と。泣くためにその材料を探しているんだと。人生の一大事のはずなのに、どこか冷静にそう思う自分がいた。それはなんかすごく、人間の嫌なところのように感じた。

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