旅(仮)

山田

物語のない男

 なにもかもを壊したかった。保守的な俺には無理な話かもしれないけど、それでも俺には理想とする自分がいた。なりたい自分が。

 子どものころはそんなことなかったはずなんだ。もっと活発だったし、今よりかは堂々としていた。でもだんだん歳をとるにつれて、自分が自分じゃなくなってきたような気がするんだ。そもそも”自分”っていうものの定義が難しいけど、俺が俺でない気がした。本当の俺は硬い殻の中にひきこもっていて、他人に見せる顔は、いうならば接客用の自分。ぼく。ずっと僕をやっているうちに、だんだんと、それが自分なんだと思うようになってきた。それは人付き合いに不和が生じないための僕で、本当の自分ではない気がしたんだ。今やもう、その本当の自分とは目で見えないくらいに離れてしまった。いや、闇だ。闇の中にいるひきこもっている自分を、見つけることができなくなってしまった。「なにを思春期の中学生みたいなこと言ってんだよ。」と思う人もいるかもしれない。でも俺はそうだ。こんな歳になっても未だに、思春期の中学生のままなのだ。

 俺の人生に「物語」のようなものはない。なぜならばすぐ忘れてしまうから。今この瞬間を1枚の白い紙に書いてはいるけれど、用が済めばそれをゴミ箱に捨ててしまう。だから俺は何も積み重ねてなどいない。俺の人生に物語なんてものはないんだ。

 ではこうしてはどうだろうか。ここに物語を作り上げるのである。どんなに稚拙なものだっていい。それが自分の物語ならば、そこに価値は生まれるのではないか。そうか。やってみよう。

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