第041話 ヘイゼルの家
フィリアと共に日本に戻ってきた俺はフィリアを連れて買い物に出かけた。
そこでクーラーボックスを2つ買い、食料品や酒も買い込んだ。
昼前に帰ってくると、フィリアがパスタを作ってくれたので、それを食べている。
「お前、覚えるのが早いよな。もうキッチンを使えんのかよ」
1回、パスタを作っているところを見せたが、それだけで覚えたらしい。
「はっきり言うけど、私はこの世界で生きたいと思ってる。だから色々と覚えようかと思ってるの。言葉や文字も覚えたいかなー」
「完全にこっちに移住すんの?」
「いや、今みたいに半々ぐらいが理想。あっちの世界も嫌いではないし、冒険者の仕事は続けたいしね。最近、やってないけど」
お前は最近、商人になってるもんなー。
「まあ、俺もそんなんかなー。大学は……どうしよ……やめてもいいんだけど」
正直、占いで入った方がいいって出たから入ったけど、学ぶことなんかない。
俺は今の霊媒師の仕事で食っていくつもりだからだ。
「大学って?」
「学校。俺、まだ学生なんだよ」
大学2年生なのだ!
「え? そうなの?」
「そうそう。こっちの世界は学ぶことを重要視してて、下手すると、20代後半まで学生してる人もいる」
「へー、そうなんだ。あっちの世界はほとんどないよ。それこそヘイゼルさんみたいな魔法使いとか貴族ぐらい」
識字率も低いらしいし、実際、冒険者や農民に学はいらないもんなー。
「お前も文字が読めるし、書けるよな? どこで学んだん?」
「教会だよ。聖書とかあるし、文字を読めないと修道女はやっていけないよ」
あー、確かにそんな感じはするな。
「一応、下地はあるわけか…………うーん、でも、こっちの文字はむずいからなー」
ひらがな、カタカナ、漢字。
しかも、異世界だから当然、参考書も辞書もない。
ハードルは非常に高いだろう。
「気長な話だよ。少なくとも、買い物くらいはできないとねー」
買い物か…………
それくらいなら値段や数字がわかればできるだろう。
「じゃあ、ちょっと今から数字くらいは教えてみるかねー」
「今から?」
「簡単なやつだから」
俺は午後からフィリアに数字とお金について教えることにした。
夜になると、夕食もフィリアが作ってくれて、何か本当に新婚の気分な気がした。
なお、当たり前だが、寝室は新婚ではなかった。
そして、翌朝、8時に起きた俺達は朝食のパンを食べている。
「もう24時間は経っているけど、いつ帰るかねー?」
俺はパンを食べながらフィリアに相談する。
「冒険者の仕事は?」
「ギルマスが新しい仕事を提示してくるらしいけど、休みが明けてから。ヘイゼルの引っ越し作業次第かなー」
「今、向こうは昼の2時でしょ? さすがに終わってんじゃない?」
フィリアが買ってやった腕時計を見ながら聞いてくる。
「かねー? しかし、ちょっと掃除もしたいしなー」
ここのところはほとんど掃除というものをしていない。
よく見ると、ホコリも溜まっているし、布団とかも洗濯したい。
「私が残って、しようか?」
「んー? フィリアは帰らないってこと?」
「うん。掃除機や洗濯機の使い方も教えてもらったし、掃除は得意だよ」
うーん、どうしようかなー?
やってくれるのはありがたいと思う。
「でも、そうすると、お前があっちの世界に帰るのは明後日に以降になるぞ? さすがに数日もいないのはマズくないか?」
フィリアの部屋から数日も出てこないのはマズい。
もっと言うと、一緒の部屋にいたはずの俺は普通にいる。
本当に誘拐とか監禁とかを疑われそうだ。
「大丈夫。今回はおじいちゃんにヘイゼルさんの所に行くから数日空けるって事前に言ってあるから」
ここに来る前に部屋を出ていっていたが、外出の報告をしていたらしい。
最初から数日はここに居座る気だったのね……
「じゃあ、お願いしようかなー」
「任せといて! 入ったらダメな部屋とか掃除しちゃいけない物とかある?」
「両親の部屋の隣に母親の部屋があるが、そこはダメ。というか、鍵がかかっているから入れないな。それ以外だったら好きにしてくれ」
母親の謎の部屋は俺が小さい頃に一回だけ入ったことがある。
昔すぎてよく覚えていないが、謎の道具がいっぱいあった気がする。
今思うと、あれらはあっちの世界の道具なのかもしれない。
「わかった!」
「頼むわ。それと誰が訪ねてきても出るな。言葉が通じんし、どうせ押し売りだ」
「了解! お義母様やお義父様は? 帰ってこないの?」
「そこは大丈夫。まあ、もし帰ってきても素直に話せばいい。わかってくれる」
同じ異世界人だもん。
母親がどうやって来たかは知らないが、少なくとも、理解はしてくれる。
「うん!」
「最後に…………もし、俺がいつまで経っても帰ってこない場合は家の電話で母親に電話をしろ。少なくとも、母親ならば言葉は通じる」
俺が死ぬか、スマホを失った場合、フィリアはここに取り残されることになる。
その時は母親を頼るしかない。
「わかった! まあ、リヒトさんがいなくなることはないと思うけどね」
それは良い意味の信頼か、現実逃避か、憎まれっ子世に憚るか……
良い意味の信頼と思っておこう。
「じゃあ、行ってくるかな」
俺は朝食を食べ終えたので、席を立ち、靴を履いた。
フィリアは両肘をテーブルにつき、手を頬に当てながらそんな俺を見ている。
「いってらっしゃーい」
「ああ、後は頼む」
準備を終えた俺はスマホのアプリを起動し、ぐるぐると回る謎の動画を見る。
そして、俺の目の前が光に包まれ、何も見えなくなった。
◆◇◆
フィリアの部屋に戻ってきた俺はこの場にフィリアがいないことを確認し、そっと部屋を出た。
そのまま、すぐに教会も出ると、まっすぐ北の商業区にあるヘイゼルの新居に向かう。
そして、ヘイゼルの新居に着くと、扉をノックした。
「……んー?」
扉をノックしてしばらく待っていると、そーっと扉が開き、ヘイゼルがちょっとだけ顔を見せる。
「よう、ヘイゼル!」
俺は警戒心マックスなヘイゼルに明るく声をかけた。
すると、いぶかしげな表情をしていたヘイゼルの顔がぱーっと明るくなる。
「あ! リヒト! 帰ってきたの?」
「そうそう。さっきなー」
「おかえりー。あ、上がって、上がって!」
ヘイゼルは嬉しそうにちょっとしか開いてない扉を開け、俺を招き入れる。
俺はヘイゼルの家に入ると、リビングに通された。
リビングにはちゃんとテーブルと椅子が置いてあり、この前の宿屋のようにベッドに座ることはなさそうだ。
「引っ越しは?」
俺はお茶を用意しているヘイゼルの後ろ姿に声をかける。
「午前中で何とか終わったわ。今、一息ついたところ」
ヘイゼルはそう言って、お茶をくれ、俺の対面に座った。
「終わったのなら良かったわ。結構、きれいにしてんな」
「この部屋だけね。他の2部屋を研究室と寝室にしたんだけど、まだ散らかってる。徐々に片づけていくわ」
物が多いからなー。
整理も一苦労だろう。
「明日から仕事はいけそうか?」
「そうね。問題ないわ」
「じゃあ、これからギルドに行って、ガラ悪マッチョに話を聞きにいくかな……」
「うん、いいわよ」
明日は仕事して、終わったら誘拐かな?
「ヘイゼル、お前、明日の仕事以降の予定はどうだ? 何かあるか?」
ヘイゼルは魔法士ギルドにも所属しているし、用事や約束があるかもしれない。
「んー? 明日以降? 特にはないわよ。最近は魔法士ギルドからの依頼もないし、あんたと仕事するか、休みにするなら片づけと研究でもするかなー?」
「暇だな? ほら、隠し事を説明するって言ったじゃんか。ちょっとお前に説明したくてなー」
「あー、言ってたもんね。いいわよ。暇って言い方はどうかと思うけど」
暇ではないか…………
荷物の整理やら研究やらをする予定なんだから。
「じゃあ、明日の仕事終わりにちょっと1日ほど時間をくれ」
「1日も? まあ、いいけど」
あっちに行ったら24時間は帰れないからねー。
「かなり内密な話だからここでもいいか? ギルドはちょっとマズい」
「あー……がらわ……ギルマスが聞き耳を立てているもんねー。いいわよ。この通り、何もないけど」
このリビングは本当にきれいだ。
だって、俺らが座っているテーブル以外は棚があるくらいで本当に何もない。
「何か飾れば?」
「花を飾る趣味はないわねー。あんたから幸せになれるツボでも買おうかしら?」
「金貨1枚を得る程度のご利益があるツボなんだぞー」
本物なんだぞー。
すごいだろ?
「へー。いくら?」
「金貨10枚」
「だと思ったわ」
ヘイゼルが上品にふふっと笑った。
「よっしゃ! ギルドに行こうぜ。あ、ごちそうさん」
俺は立ち上がり、お茶のお礼を言う。
「どういたしまして。行きましょうか」
ヘイゼルも立ち上がり、杖を持つ。
俺達は家を出て、冒険者ギルドに向かうことにした。
「ちなみに、ドクロの置物とかはいる?」
魔女の家にありそう。
「絶対にいらない」
だよね。
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