第028話 蛇はフィリアの中でお休みです


 日本の我が家に戻ってきた俺達は靴を脱ぎ、ソファーに座った。


「いやー、地味にこのソファーが好きなんだよねー。あっちの世界の椅子って木だもん」


 フィリアはソファーにもたれかかり、一休みしながら嬉しそうにしている。


「まあなー」

「これ執事。客にお酒を出さんか」


 フィリアは手をパンパンと叩いた。


「どこで覚えてきたんだよ、それ」


 俺は苦笑しながらキッチンに行き、酎ハイと氷の入ったコップを用意する。

 そして、それらをフィリアがいるソファーに持っていった。


「はい、お嬢様」

「ありがとー」


 フィリアは缶酎ハイとコップを受け取ると、器用に缶を開け、コップに注いでいく。

 俺もそれを見て、同様に自分の分を注いだ。


「かんぱーい!」

「かんぱーい」


 フィリアの掛け声と共にコップをチンっと合わせ、酒を飲む。


「いやー! お酒もこっちだわー!」


 フィリアは超がつくほどのご機嫌のようだ。


「お前、ご機嫌だなー」

「砂糖が売れたしねー。お祝いだよー」


 まあ、確かに予想以上の値段で売れたことは確かだ。


「まあねー」

「それでさー、私に話って?」


 フィリアが本題に入る。


「それな。まず、お前のじいさんに聞いたんだが、俺はギフトがないらしい」

「…………そっかー」


 フィリアのテンションがちょっと下がった。


「なんでお前が落ち込むんだよ」

「いや、異世界人はギフトがないときついって話だし…………大丈夫?」


 俺の心配をしてたのか…………


 すまん。

 ギフトがないと金にならないなーって思ったのかと思った。


「俺は問題ねーよ。他にも能力はある。実際、じいさんの話では俺は持ちすぎらしい」

「あー……占いとかあるしねー」

「それそれ。俺のは未来視らしい」

「え? それって…………」


 フィリアも未来視を知っているようだ。


「ついでに言うと、精霊も見れるし、扱えるぞ」

「巫女様じゃん!」

「あそこに写真があるだろ」


 俺はテレビの横にある棚を指差す。


「写真? あのきれいな絵の事?」

「そうそう。あー……写真がわからないか。まあ、その場面を写し出すものだな」

「なんとなくわかるよ。町に出た時にも結構、見たし」


 確かに写真は街中に溢れてるわな。


「ちょっと待ってな」


 俺はポケットからスマホを取り出し、カメラモードにする。

 そして、フィリアに向けて、シャッターを押した。


「なんか音がしたね」

「見ろ」


 俺は今撮ったフィリアの写真を見せる。


「…………これ、私?」

「他に誰がいるんだよ」

「…………なるほど。場面を写し出すってそういうこと」

「そうそう。それが写真。そんでもって、これがウチの家族写真」


 俺はそう言いながら立ち上がり、棚から家族3人が写った写真を持ってくる。


「この2人がリヒトさんの両親だね。ということは、この小さい子がリヒトさんかー。かーわいいー!」


 まあ、10歳くらいだからね。


「母親の方な、多分、あっちの世界の人間だわ」

「え?…………ホント?」

「多分な。名前はソフィア」

「………………ソフィア? …………未来視…………精霊…………ソフィア…………」


 気付いたかな?


「え? マジ? ソフィア様?」

「多分、そうかな……俺の母親も俺と同じく霊が見えるし、未来も見える」

「ああ……超お尋ね者がここにいたのかー……そりゃ見つかんないわ。じゃあ、お父さんがリュウジさん?」


 あ、もう確定だわ。


「うん」

「絶対に言えない秘密を知ってしまった」

「言うなよー」

「言うわけないじゃん。金貨に誓う」


 あのフィリアが金貨に誓うとは…………

 なんでだろう?

 女神様に誓った時よりも重く聞こえる。


「多分、これが俺がギフトをもらえなかった理由だと思う」

「あー、そうかもねー。多分、それだよ」


 フィリアもそう思うようだ。


「さっき、お前のじいさんに巫女の事を聞いた時に気付いた。あ、ウチのババアだって」

「ババアって…………あっちの世界でソフィア様の事をそんな風に言ったら首が飛ぶよ? 今でも懸賞金がかけられた伝説の巫女様だもん」

「子が親をどう思うが、他人には関係ねーよ。まあ、ウチの母親はどうでもいいんだわ」


 とりあえず、母親は置いておく。


「私は非常にどうでもよくないけどね」

「まあまあ。マジでどうでもいいのよ。そんなことよりも大事なことがあるんだ」

「なーに?」

「そういうわけで俺は精霊が見えるんだけど、お前には精霊が憑いている」


 俺はフィリアの蛇について説明することにした。


「蛇?」

「気付いてたか?」

「そらね。さっき宿屋の部屋でも言ったけど、夢に出るし…………あとは…………見る?」


 フィリアが自分の身体を指差す。

 身体の締め付け痕のことだろう。


「いや、見ない。見たらお前を娶らないといけなくなる」

「いや、いくら修道女でも裸を見たくらいなら問題ないよ。お医者様にも見せるだろうし」

「見るだけで済めばなー」

「おやおや、オオカミさんでしたか…………」


 フィリアがにやにやと笑った。


「その話は置いておくとして、いつからだ?」

「いつだったかなー? 10歳くらいかな? 急に苦しくなったんだよねー」


 6年間もか……


「今も苦しいか?」

「まあねー。慣れたけど」


 嫌な慣れだ…………


「俺は今からそれをどうにかする」

「出来るの? って、そうか、巫女様の力か…………霊媒師って言ってた意味がようやくわかったよ」

「まあ、そういうことだ。正直、考え方はこっちの世界とあっちの世界ではちょっと違うが、精霊も所詮は霊だ。どうとでもなる」


 今でも、その辺にいる霊との違いがわからん。


「それ、外では言わないでねー」

「わかってる。お前らの世界は精霊信仰だもんな」


 教会に恨まれたくはないので言いません。


「そうそう。それでどうにかって?」

「封印かな」

「封印? いや、祓ってよ」

「お前…………教会の人間だろ」 


 お前のじいさんが泣くぞ……


「だって、苦しいんだもん。精霊は人を助けるものって教わったけど、苦しいだけ。いらない」

「いや、この蛇はお前を守っているものだ。ついでに金運を授けてる」

「あ、やっぱ絶対に祓わないで! 私、教会の修道女だった!」


 …………銭ゲバ守銭奴が。


「苦しいのでは?」

「この苦しみが金貨に代わるのよ?」

「まあいいや。祓うとマズいとはお前のじいさんから聞いている。だから封印」

「金運は?」


 金ばっかだな…………


「変わらん。悪いものからも引き続き、守ってくれるし、金運もそのまんま。簡単に言うと、外にいる精霊をお前の中に入れるんだよ。そうすれば、蛇がお前を締めることはない。元々、蛇はお前を苦しめているつもりもないんだ」

「…………良いことづくめじゃん!」

「だろう? さっき、お前のじいさんとその交渉をしたんだよ」

「…………いくら? ウチにそんなお金はないよ? 私だって金貨80枚しか持ってない」


 こいつ、めっちゃ持ってんな…………

 さすがは金運持ち。


「タダだ。代わりに庇護と根回しを頼んだ」

「あー、なるほど。それはいいかも。ウチのおじいちゃん、顔が広いし」

「まあ、正直に言うと、孤児院の話を聞いて、金を期待できそうにないから別のものにした」


 最初にフィリアが教会関係者と聞いた時はたんまりと金を奪ってやろうと思ったんだが、思ったよりまともな宗教で清貧だった。


「本当は詐欺ろうとしたわけだ」

「金貨500枚はいけると思ったんだがなー」

「ないねー。私のお金と合わせても金貨150枚が限度」


 まあ、それ以上に価値のある女を見つけたから良しとする。


「とまあ、そういうわけだから。今から蛇をお前の中に封印する」

「…………お願いします。この恩は一生をかけてもお返しします」


 フィリアはコップを置き、姿勢を正して、頭を下げてくる。


「…………やっぱりきついか?」

「痛みより身体の痕がね。私、女の子だよ?」


 そうだろうなー……

 男でも嫌なのに、女はもっと嫌だろう。


「封印してやるからさっさと自分の回復魔法で治しな」

「そうする」

「目を閉じろ」

「はい」


 俺が指示を出すと、フィリアはすぐに両目を閉じた。


「少し、胸の辺りに衝撃が来るぞ」

「わかった」


 俺はフィリアが頷いたのを見て、すぐに蛇を掴んだ。

 蛇は特に暴れることもなく、動かない。

 俺はそんな蛇を引っ張り、フィリアの身体から引きはがすと、そのままフィリアの胸目掛けて、叩きこんだ。


 その衝撃でフィリアの上体がソファーに叩きつけられたが、フィリアは悲鳴の一つもあげなかった。

 そして、もう蛇の姿はない。


「終わったー。目を開けていいぞ」


 俺がそう言うと、フィリアの目がゆっくりと開いた。


「早くない?」

「本当は雰囲気を出すために色々とやるんだが、いらんだろ」

「あー、詐欺る時は仰々しくやったほうがいいもんね」


 そうそう。

 こいつもよくわかってるね。


「苦しみは?」

「胸が痛い」

「それはごめん」

「いや、いいよ。締め付けられる感覚は消えてる。本当に封印したんだ…………そっか」


 フィリアの目から涙がこぼれる。


 10歳から6年間だもんなー。

 思春期の少女には相当きつかろう。


「早く痕を消しな」

「……うん。お風呂を借りていい?」

「いいぞ」

「じゃあ、これを飲んだら入ってくる」


 フィリアは笑いながら涙を流し、ローテーブルに置かれた酒を取った。


 いや、優先順位…………

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