第013話 フィリアの蛇に名前でもつけてやろうかな?
俺は商人ギルドを出ると、ポケットからスマホを取り出し、時間を見た。
12時前か…………
我が家に帰れるまでの時間はあと2時間くらいってとこだな。
俺は昼飯をどうしようかと悩んだが、家で食べた方がいいと思い、宿屋に戻ることにした。
今回、色々と物を持ってきたが、必要だった物と必要でなかった物があった。
今後も黄金草を採取するならスコップがいるな。
それに武器というか、自衛手段を考えないと……
俺はあれこれ考えながら歩いていると、宿屋に到着した。
宿屋に入ると、受付にはサラではなく、茶髪のおばさんが座っていた。
サラに雰囲気が似ているし、多分、サラの母親だろう。
「こんにちはー」
俺はおばさんに声をかける
「はい、こんにちは。お客さんかい?」
「ええ。宿泊しているリヒトです」
「ああ、甘いものをくれるお兄ちゃんね」
どうやらサラから聞いているようだ。
これが日本だったら事案ものだろうなー。
「明日で予約が終わるんで、更新をお願いします」
「あいよ。いつまで?」
どうしようかな。
うーん、当分はこの宿屋でいい気がする。
サラがかわいいし、肉料理は美味かった。
「10日ほどお願いします」
「了解。素泊まりかい?」
「ええ。それで」
「じゃあ、金貨で3枚だ」
長期泊まりの割引はないのか……
「ではこれを」
俺は財布から金貨3枚を取り出し、渡す。
「あたしにはチップはなしかい?」
チップも聞いてたか…………
「既婚者の好感度を上げてもねー」
「サラはあげないよ? あの子はまだ12歳だし」
思ったより幼かった。
この世界の人間は発育がいいんだな。
「冗談ですよ。素敵なレディであるあなたにはこれを」
俺はカバンからチョコバーを取り出し、封を開け、渡す。
「何だいこれ? えらい黒いけど……焦げてる?」
おばさんは色んな方向からチョコバーを見る。
「食べ物……甘味ですよ」
「ふーん……あむ、もぐもぐ」
おばさんはこんな怪しいものを無警戒で口にし、食べ始める。
この世界の人間は警戒心がやたら低いな…………
詐欺行為するにはうってつけだが、その分、暴力のハードルも低そうだ。
おばさんはもぐもぐと食べ、目を見開くと、無言でがっつき始めた。
そして、あっという間に食べ終える。
「…………あんた、変なものを持ってるね?」
食べ終えたおばさんがいぶかしげな目で見てくる。
だが、先ほどと比べ、表情は柔らかく、間違いなく、好感度は上がっただろう。
「まあねー。それよか、お礼におばさんの名前を教えてよ」
「あたしは旦那を捨てないよ? リリーだ」
かわいらしい名前だね。
「リリー、俺はこれから部屋で寝る。多分、1日中、寝てるから起こさないでね。あと、これをサラに」
俺は飴を1つ取り出し、リリーの手のひらに置いた。
だが、リリーは手のひらを広げたままで動かない。
「これは失礼」
俺はリリーの分もいるなと思い、飴をもう1つ置いた。
すると、リリーはニコッと笑い、飴をしまう。
「寝るのはいいんだけど、あんたに客が来てるよ」
…………はよ言え。
「客? 誰だ?」
「教会のフィリアちゃんだね」
フィリアか……
砂糖の件かな?
「どこにいる?」
「あんたの部屋で待ってる」
まだ昼間だというのに待ってるのか……
俺が夕方に帰ってくるとしたらだいぶ待つことになるぞ。
「…………暇なのかね?」
「昨日、夜遅くまで起きてたらしく、寝て待ってるってさ」
なるほど。
しかし、勝手に客の部屋に入れるとはね。
まあ、たいした荷物はないし、警戒心が低いこの世界では変なことではないのだろう。
ましてや、フィリアは女性で教会の人間だ。
信頼度がダンチだろう。
「わかった。上がってみる」
「変なことすんなよー。ウチはそういう宿じゃないからね」
逆に言うと、そういう宿もあるのか……
「俺は女性には優しいんだ」
「そういうことを言うヤツが一番危ない。ましてや、うちの子に餌付けしてるヤツは特にね」
あんたにも餌付けしたしね。
「フィリアの悲鳴が聞こえたら助けてあげるといい」
「その場合の犯人はあんただろ」
そうなりますな。
俺はリリーに手を振り、階段を上がった。
そして、奥の自分の部屋の前まで来ると、ノックをするか悩んだ。
占いによると、ラッキースケベは…………ない、か。
俺はノックをし、ドアを開ける。
鍵はかかっておらず、本当に無警戒だなと少し心配になった。
部屋に入ると、フィリアがベッドでスヤスヤと寝ているのが見える。
だが、ベッドで寝ているフィリアの横には蛇がとぐろを巻いてこちらを見ていた。
ちゃーんと用心棒がいるのね……
俺はフィリアというか、蛇に近づく。
「安心しろ。お前の主人に害をなす気はない」
俺がそう言って蛇に手をかざすと、蛇は警戒を解き、ご主人様と同じく、スヤスヤと寝だした。
守護霊も警戒心が低い……
俺は苦笑しながら椅子に座り、机の上に置きっぱなしにしていたクレモンにもらった魔法の教本を読んで待つことにした。
時折り、フィリアのかわいい寝顔や寝息で上下する胸をガン見しながらしばらく待っていると、フィリアの目がゆっくりと開いた。
「あれ……?」
フィリアは目をこすりながら上体を起こし、俺を見てくる。
その間、蛇が再び、フィリアの身体に巻き付いていた。
「おはよう」
「うん…………もう! 起こしてよー!」
フィリアはかわいい顔で文句を言ってくるが、寝ぐせが立っていた。
俺は立ち上がると、フィリアの隣に座り、髪を抑え、寝ぐせを直す。
「あ、ありがと…………いつからいたの?」
「ついさっき」
本当は2時間前。
「嘘だー…………」
フィリアは信じていないようだ。
まあ、そうだろうね。
「男の部屋で寝るなって教わらなかった?」
「時と場合によるって教わった」
そうですか…………
まあ、下に見張りがいるしね。
「それで? 用事があるんじゃないの?」
「あ、そうそう。砂糖の件なんだけどね。思ったより早めにさばけそうだよ」
「そうなん?」
「知り合いの商人に少しずつ売っていってるんだけどね。商人の横のつながりが思ったより、強かった。教会に他の商人が来たよー」
商人ギルドがあるくらいだしなー。
それに商人は商機を逃さないように常に目を光らせているのかもしれない。
「早いに越したことはないし、良かったわ」
「それでなんでけど、トラブルを防ぐために商人ギルドのギルマスに割り振りをお願いしようと思うんだけど、いいかな?」
「その辺は任せる。教会にまで来るくらいだしな。大丈夫だとは思うが、身の安全もある」
占いによるとフィリアには当分の間、危険はないと出ている。
とはいえ、占いは絶対ではないし、たかが砂糖のために変な恨みを買うべきではない。
「じゃあ、そうするよー」
「ギルマスって、オリバーか?」
「そうそう。知ってるの?」
やっぱりあれがギルマスか……
代表って言ってたからよくわからんかったが、やはり商人のボスらしい。
まあ、よく考えたら領主様を連れてたから大物であることに間違いないか。
「午前中に会ってきた。占いに許可がいるか確認してきたんだよ」
「あー、ゲルドさんに言ってたやつね。大丈夫だって?」
「うん。特に問題はないそうだ。ただ、今後、物を売る場合は許可が必要そうだな」
オリバーは信用できる人物だと思うが、所詮は商人だ。
利益を重視する人間であり、命を預けていい人間ではない。
適度な距離感が大事だろう。
「許可かー……その辺をどうするかだねー。何を売るか決まった?」
「まだだな。色々と調査をしているが、わからん。俺は人を騙して売りつけることは得意なんだがなー」
「やっぱ詐欺師じゃん」
もう詐欺師でいいよ。
霊媒師や占い師なんて半分、詐欺師みたいなものだ。
「今後も砂糖を売っていく場合は必ず出所を聞かれる。その他もだろう」
「出所って?」
「聞きたいか?」
「その辺がわからないと相談にも乗れないねー」
まあ、そうだろうなー。
フィリアは金にがめついが、信用できる人間なのは確かだ。
それこそ命を預けていいレベルかもしれない。
今後の事を考えれば、言ってもいいかもしれないな…………
「俺は異世界の住人であることは知ってるな?」
「そらね。リヒトさん本人から聞いたし」
言ったね。
「俺はそこに普通に帰れる」
「…………マジです?」
「マジです」
「えっと…………どうやって? 魔法かなんか?」
これ、魔法か?
よくわからんな。
「その前に聞きたい。これまで来た異世界人ってどんなだ?」
「どんなって?」
「ギフトをもらえることは聞いた。どういう風に生きてきた?」
「強力なギフトを使って、ひとかどの人物になってるよ。英雄になったり、商売で儲けたりねー」
だから領主様が俺に目をつけてるわけだ。
そして、クレモンが逃げろと言った意味もそれだろう。
「そいつらの最後は?」
「うーん……どうだろ? 普通に豪勢に生きて死んだんじゃない? まあ、語られないだけで、あっけなく死んだ人もいるだろうけど、わかんないなー」
こっちで死んだケースが多いんだろうな。
ということは自由に元の世界に帰れるのは俺だけの可能性が高い。
「俺以外の異世界人はどれくらいいる?」
「それこそわかんない。少なくとも、私は初めて会った。ただ、この国の噂は聞いたことがあるよ。この国では何人かはいるみたい」
珍しいことは珍しいが、そこそこはいそうだな。
「そいつらの元の世界の話は聞いたことがないか?」
「ごめん。聞いたことない」
同じ世界なのか確認したかったが、無理っぽいな。
余裕が出来たら会いにいってもいいかもしれない。
「わかった。どうやって帰っているかだったな? お前、危ない橋を渡る覚悟はあるか? 具体的には俺に呪われる覚悟だ」
「…………しゃべったら殺すってこと?」
「殺さないよ…………ただ、二度とトイレに行けない呪いをかけてやる」
「いや、いっそ殺してよ。最悪じゃん」
フィリアの身体に巻き付いている蛇がめっちゃ睨んでるし……
冗談だよー。
俺は蛇を落ち着かせるために蛇を撫でる。
「…………なんで肩を撫でるの?」
「気にしない気にしない」
「…………リヒトさん、たまに私の身体を変な目で見るよね? 何を見てるの?」
「その言い方だと、いかがわしく聞こえるねー」
「…………じゃあ、何が見えているの?」
おやおや、これ以上はバレそうだなー。
この蛇をどうこうするのはまだ先だ。
「気にしない気にしない。それよか、どうする?」
「しゃべらないよ。女神様に誓いましょう」
教会の修道女にとって、この言葉は重いのかもしれない。
「ではでは、これを見てー」
俺はポケットからスマホを取り出し、アプリを起動する。
「何これ?」
「この画面をよーく見るんだよー。怖くないよー」
「めっちゃ怪しいよ…………」
俺は気にせずに、フィリアの腕を掴み、アプリのぐるぐる画面をフィリアに見せながら自分もスマホ画面を見た。
直後、俺の目の前が光に包まれ、何も見えなくなる。
さーて、どうなるかなー?
フィリアをお持ち帰りできるかなー?
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