第011話 今日は黄金草時々ゴブリン、のちに巨乳となるでしょう


 俺の目の前には見渡す限りの木が見える。

 右を向いても木が並び、左を見ても木が並んでいる。


「確かに大森林だわー。絶対に日本にはない風景だわー」


 町を出た俺は草原を歩き、大森林の入口までやってきていた。

 ちょうど、草原から大森林に変わる境目だ。


「さて、黄金草はどこかなー?」


 俺は今回、ちゃんと道具を持ってきている。

 それはダウジングに使うL字の棒だ。


 俺はダウジング棒を両手に持ち、不思議パワーを込める。

 すると、ダウジングの棒が斜め左を向いた。


「あっちか……」


 俺は大森林に入り、棒が指示した方向に歩いていく。


 そのまま木をかわしたりしながら進んでいくと、ダウジング棒が左右に大きく開いた。

 俺はそれを確認すると、足元を見る。


 そこには依頼票に描かれていた草が生えていた。


「めっちゃ簡単に見つかったな……さすがは俺の不思議パワー」


 俺はフィリアに教えてもらった通り、ちゃんと根ごと採取し、持ってきた袋に入れる。


「これで1万円。しかし、スコップが欲しいな……まあいいか。次に行ってみよう」


 俺は再度、不思議パワーを使い、ダウジングを再開する。

 すると、またもやすぐに黄金草を見つけた。


「フィリアは浅いところでは滅多に見つからないって言ってたけど、結構あるじゃん」


 俺はそのまま採取を続け、1時間くらいで8つの黄金草を採取した。


「時給8万円! すげー! 草の分際ですげー!」


 今日から俺は霊媒師ではなく、黄金草ハンターだ!

 除霊ではなく、除草で生きよう!


 俺がルンルン気分でテンションを上げていると、脳に危険信号が走った。


 来たか……

 予想はしていたし、大森林に入ると決めていた時から覚悟はできていた。


 俺は外套に隠していた銃を取り出すと、セーフティーロックを解除し、構える。

 すると、木の間から子供サイズの醜悪なバケモノが姿を現した。


 ゴブリンである。


 ゴブリンは何も持っていないが、長い爪と鋭い牙が見えている。


「雑魚…………らしいが……」


 俺とゴブリンの距離は10メートル弱であり、ここからでは銃を撃っても当たらない。

 俺の腕ではその半分以下の距離まで近づかないといけないだろう。


 ゴブリンは俺を確認すると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 1歩、2歩と歩くと、ゴブリンは急に駆け出してきた。


 俺は少しびっくりしたが、冷静に狙いを定める。


 まだだ!

 まだだ!!


 俺は焦る気持ちを押し殺し、十分に引き付ける。

 そして、俺とゴブリンの距離が5メートルを切ったところで引き金を引いた。


 大きな破裂音と共に大きな反動が俺の腕を襲う。

 俺はこれを気にせずにもう一度、引き金を引いた。


 俺の銃から放たれた弾は2発ともゴブリンの肩に命中する。

 ゴブリンは驚いたように怯むが、足は止まっていなかった。


 俺とゴブリンの距離が肉薄しそうになる。


 剣を抜け!


 俺はとっさに腰の剣を抜くと、前方に突き出した。

 俺の目には剣に吸い込まれるゴブリンが映っている。


 ゴブリンは苦しそうに暴れるが、徐々に力が弱くなり、そのままガクッと項垂れた。

 すると、俺の脳内の危険信号が消える。


 俺は剣を手から離し、その場でへたり込んだ。


「銃、よえー……」


 予想以上にハンドガンの威力が低かった。

 2発も当たったのに死ななかったのだ。


「当たり所が悪かったっていうのもあるが、単純に威力不足だろうな」


 所詮はハンドガンだ。

 これがマグナムやショットガンだったら某ゲームのゾンビのように吹き飛ばせたのかもしれない。


「マジかー……銃は完全に人間相手への護身用だな」


 おそらく足を狙えばよかったのかもしれない。

 だが、俺にはそんな腕はないし、銃は人に襲われた時の牽制用だな。

 1発撃てば、人なら多少は怯むだろう。


「他の冒険者もこうして剣でやってるんだろうな…………」


 俺がこの町に来るまでの間、剣士のアンナといたが、特にモンスターも現れなかったので、実際に戦闘を見たわけではない。

 だが、あの大剣は新品ではなかったし、強烈な死の匂いも感じとれていた。


「また考えることが増えたなー……」


 俺の悩みにモンスターへの対処が改めて書き込まれた。


 俺はその後、ゴブリンから剣を引き抜くと、手を合わせる。


「南無南無、アーメン」


 とりあえず、祈ると、カバンからサバイバルナイフを取り出し、ゴブリンの腹を掻っ捌いた。

 そして、腹に手を突っ込み、ゴブリンの体内から小さな石を取り出す。


 これは魔石と呼ばれるものであり、この魔石を体内に持つ生物をモンスターと呼ぶのだ。

 そして、魔石はギルドで買い取ってくれるうえにモンスターを倒す討伐証明にもなる。

 ゴブリンの魔石は安価であり、銀貨1枚だ。

 そこに討伐依頼料である銅貨2枚が加わる。


 つまり、この魔石で1200円ということになる。


 こんなに苦労して得るお金がそれだけだ。

 正直、このまま魔石を放っておき、帰りたい。

 1200円の為にゴブリンの腹を掻っ捌き、手を突っ込むのは絶対に嫌だ。


 だが、昨日、受付に黄金草を採取の依頼票をガラ悪マッチョに持っていった時に言われたのだ。


「もし、モンスターと遭遇し、倒したら絶対に魔石をとってこい!」


 絶対に嫌だと思ったが、やらなければならない。

 俺の占いにはそう出ていた。

 だから俺は我慢して、この魔石を取ったのだ。


「ハァ……疲れた……帰ろ」


 俺は持ってきていたウェットティッシュで手と剣とサバイバルナイフを拭くと、来た道を引き返すことにした。

 そして、そのまま大森林を出ると、まっすぐ門に向かう。


「帰ってくるのはえーな」


 門まで歩くと、先ほど、俺がカエルの霊を祓ってやった兵士が声をかけてきた。


「モンスターに襲われた」

「そら、大森林に行けばそうだろ。ウルフか?」

「ゴブリン」

「お前、マジか? それで逃げ帰ってきたのか?」

「いや、倒したよ。ほら」


 俺はポケットから魔石を出して、見せる。


「お、ホントだ。ん? じゃあ、なんで帰るんだ?」

「これが俺の童貞さ」

「…………マジかよ。そら、すげーわ。普通、童貞のくせに大森林に行くか? その辺のスライムかウサギでも狩ってろよ」


 街道や草原にもスライムや大ウサギといったモンスターはいる。

 ゴブリンよりも弱く、初心者はまず、そいつらで鍛えるのが通例らしい。

 これはこの町に来る道中でアンナや猫ちゃんに教えてもらったことである。


「金にならん」


 スライムは討伐依頼もなく、魔石が銅貨5枚。

 また、ウサギも討伐依頼はない。

 ウサギの肉は売れるが、魔石と合わせても安価だ。

 解体もできないし、はした金の為にウサギちゃんを殺したくない。


「命あっての物種だぜ?」

「まあなー。ただ、もうちょっと準備をするべきだったわ」

「そうしろ、そうしろ。いつもこの門を通っていた冒険者がある日、帰ってこないなんてよくあるぜ? 特にお前みたいな若いヤツに多い」


 若さ故の無謀かな?


「気を付けるわ。とりあえず、これで酒でも飲む」

「いいと思うぜ。酒飲んで娼館にでも行け。女は高いけどなー。わはは!」


 門番の兵士は笑い、俺はそれを見て、苦笑しながら町に入った。


 娼館ねー。

 興味があるけど、行ってはダメと出てるんだよなー……

 まあ、病気とか怖いし、仕方がないかね……

 あーあ、猫ちゃん、帰ってこないかなー。

 抱きしめてあげるのに。


 俺は気を取り直して、ギルドに向かって歩いていった。


 ギルドに戻ると、相変わらず、閑散としていた。

 ただ1人だけ客がおり、丸テーブルに置かれている椅子に座り、何かを1人で飲んでいる。


 俺はそいつが気になったが、とりあえず、スルーし、ニヤニヤと笑みを浮かべているガラ悪マッチョのところに行く。


「帰るのはえーな! まだ昼前だぞ!」

「ゴブリン、怖かったわー」

「おうおう! ゴブリンごときに心が折れたか?」


 めっちゃ煽ってくるな、こいつ。


「うーん、これで1200円は割に合わなすぎだろ」


 俺はそう言って、魔石を受付の台に置く。


「お! 1匹は倒したのか! いいね! ちゃんと魔石も持って帰ってる」

「お前が言ったんだろうが…………気持ち悪かったわー」

「誰もが通る道だよ。どうする? 換金でいいか?」

「魔石なんかいらねーし、金にしてくれ。ついでに1杯くれ」


 魔石は色々と使い道があるらしいが、今のところ、俺にはない。

 売却オンリー。


「あいよ。ちょっと待ってろ」


 ガラ悪マッチョは奥に行くと、樽みたいなコップを持ってくる。


「ほれ、お前の童貞卒業を祝って、俺のおごりだ」


 気前がいいな。


「ありがとよ。今日、市場に行くと、金を落とすから気を付けな」

「昨日、言ってたのはそれかい…………」


 俺はコップを持ち、飲んでみる。


 うーん、不味くはないが、ぬるい…………


「冷えたのねーの?」

「贅沢言うな。そんなもんねーよ。冷えたのがいいんだったらそこにいるのに頼め」


 ガラ悪マッチョが顎を出したので、振り向くと、さっき見たたった1人の客だった。


 そいつは黒のローブに黒の三角帽子を被っているいかにも魔法使いな格好をしている女だ。

 多分、見た目通り、魔法使いだからこの酒を冷やすことが出来るんだろう。

 だが、そいつは俺達の会話が聞こえているのだろうが、振り向きもせず、興味なさそうに1人で酒を飲んでいる。


「ふーん。その前に換金を頼むわ」

「ああ、そういえば、黄金草を採りにいったんだったな。あったか?」

「ふふふ。我こそは偉大なる占い師であーる! 見たまえ、愚民よ!」


 俺は黄金草を入れた袋を提出する。


「だーれが愚民だよ。詐欺師のくせに……」


 ガラ悪マッチョは呆れたようにツッコみながら袋の中を見る。

 そして、袋の中身を確認し、固まった。


「…………お前、マジで偉大なんだな。この短時間で黄金草を8つも採取したのかよ」


 ガラ悪マッチョがそう小声でつぶやくと、俺の後ろでガタガタと音が鳴った。


 やはり聞き耳を立てていたか…………


「これからは先生と呼びたまえ」

「占いって、すげーんだな…………」


 これは占いとはちょっと違うんだけどね。


「いいから金貨8枚を出しな! 今すぐにだ!」

「お前は強盗か……ちょっと待ってろ」


 ガラ悪マッチョが奥でゴソゴソしている間、俺は持っている酒を飲み干した。


「あいよー。お前さんは討伐よりもこういう仕事が向いてるなー。ちょっと考えてやる」


 ガラ悪マッチョは台の上に金貨8枚を置いたので俺はそれを取り、財布に入れる。


「なるべく危険が少ないのがいいな。今日だって、ゴブリンが2匹いたらどうなっていたかはわからない」


 まあ、占いで悪いことは起きないって出てたけどね。


「わかった。この短時間で黄金草を8つも採取できる人材だ。簡単に失うわけにいかんし、ちゃんと考える」

「頼むわ。あ、ごちそーさん。俺は帰るけど、あの美人によろしく言っておいて」

「あの美人はギルドをその日限りで辞めたぞー」

「でしょうね」


 領主様やんけ。


 俺は踵を返し、歩いて、出口を目指す。


 途中、俺をガン見する魔法使いの近くまで行くと、立ち止まった。

 そして、魔法使いを観察する。


 魔法使いは俺と同じ黒髪であり、目は俺の片目と同じ碧眼だった。

 顔立ちも整っており、フィリアがかわいい系ならこいつは美人系である。

 だが、ちょっと目が吊り上がっており、気は強そうだ。

 そして何より、胸部はローブ越しからでもわかるほどに盛り上がっていた。


「こんにちは」


 俺は完全に目が合っているそいつに挨拶をする。


「こんにちは…………」


 魔法使いは小さな声で挨拶を返した。


「お前が長年探している小説の下巻はこの町の古本屋にあるぞ」

「は? は? え?」


 俺が勝手に占い結果を告げると、魔法使いは変な声を出す。


「ただし、あと少しで別の人間に買われるがな」

「――ッ!」


 魔法使いはガタゴトと音を立てながら立ち上がると、慌てて、出口に向かって走りだした。


 こいつ、足遅いな…………


 俺は間に合うかどうかを占うと、幸せそうに本を抱くさっきの魔法使いの光景が浮かんだ。


 良かったね。

 お礼は後々にいただくよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る