第002話 至れり尽くせり


 俺は暖かさとパチッという何かの破裂音で目が覚めた。


「起きたか?」


 俺は毛皮のような毛布をしげしげと見ていると、声が聞こえたので、そちらを見る。

 そこには焚火の前に座る男がいた。

 その男は俺をブタさんから助けてくれた人だ。


「ここは?」

「ヤークの丘だ」


 やーく?


 俺は周囲を見渡すと、薄暗いが、草原が見えた。

 ただ、先ほどの草しか見えない草原ではない。

 ここにはちらほらと木が生えているし、石や岩もそこら中にある。


「さっきの場所とは違う?」

「さっき? ああ、迷いの丘か…………」


 まーた、知らない単語が出てきたし。


「全然、わからん」

「ふむ。君はどこから来たんだ?」


 男が聞いてくる。


「日本」

「ほう……」

「知ってんの?」

「いや、聞いたことがない」


 でしょうね。

 絶対にそんな気はした。


「自己紹介がまだだったな。私はクレモンという」


 クレモン?

 外人かな?


「俺はリヒトだ」


 黒木リヒト。

 それが俺の名前だ。

 言っておくが、キラキラネームではない。

 …………母親が外国人なんだから仕方がないだろ。


「そうか……リヒト、ひょっとしたら君は異世界人ではないか?」


 異世界人…………


「いや、そもそも、ここが異世界なのかもわからん。家にいたと思ったらさっきの草原にいた」

「この国はエスタだ。エスタ王国。聞き覚えは?」


 知らねー。

 でも、絶対に地球にはないな。


「異世界っぽい……」

「やはりか」

「わかるの?」

「服装や雰囲気でな。見たことがない格好だ」


 俺はクレモンにそう言われて、自分の格好を見る。

 俺は家でゴロゴロする予定だったので、下がジャージで上が無地の白Tシャツだ。

 クレモンの格好は演劇で見たことがあるような貴族の格好をしている。


「あんた、貴族?」

「まあな。そのくらいはわかるか……」


 貴族様だったらしい。

 敬語に変えた方がいいかな……

 いや、気にしている様子はなさそうだし、悪い貴族様だったらそもそも俺を助けていないだろう。

 それに俺の不思議パワーがこの人は悪い人ではないと告げている。


「あんたはここで何をしているんだ?」

「私か? 私は視察というか、偵察だな」


 偵察……

 何か戦争の匂いがするな。


「何かあんの?」

「ここは我らがエスタと隣国のキルケ王国の国境沿いだ」

「戦争でもすんの?」

「まあ、そうなるかもな…………」


 クレモンは言いにくそうだ。

 これは深くは聞かない方が良さそうだな。


「ふーん。まあ、俺には関係ないか……」

「そうだな。それで、これからどうする気だ?」


 どうしようかね?

 まだ24時間は経っていないだろうし。


「どうした方がいい? 俺はこの世界を知らない」

「…………ここから南にずっと行けば、エーデルという自由国家がある。そこを目指すといい」


 ずっと?

 …………それ遠くね?

 聞いてる限り、遠いような気がする。


「どんぐらいかかるん?」

「歩いて10日だ」


 遠すぎだろ!


「遠いよ。あんたのところのエスタじゃダメなん?」

「ふむ。実はな、異世界人はこちらの世界に来る際に特殊なスキルをもらうものなのだ」


 特殊なスキル?

 もう持ってますけど?

 俺の不思議パワー。


「もらうって?」

「この世界は女神様が作った世界と言われている。まあ、その辺の神話は後で調べるといいが、異世界からの住人にはこの世界で生きるためのギフトを授かる決まりがあるのだ」


 ほうほう!

 じゃあ、俺も何かあるわけだ!


「何かな?」

「それはわからん。逆に何かいつもと違う感じはないのか?」

「さあ? 元々、持ってるからなー」

「元々? 何かあるのか?」


 霊媒師って言っても通じないだろうなー。


「占い的な?」

「ほうほう……女性が好みそうな能力だな」


 こっちでもそうなのね。


「まあ、そんな感じ。それで? 能力がどうかしたのか?」

「異世界人が持つ能力は強力なものが多い。国は放っておかんよ。ましてや、戦争間近な国はな」


 徴兵されんのかな?

 それは嫌だなー。


「あんた、貴族じゃねーの? 勧誘しろよ」


 職務怠慢か?

 俺的には大歓迎だけど。


「私の職務上、放っておくわけにはいかんな。だがな? 言っておくが、必ずしも良い扱いとは限らんぞ?」

「見逃してー」


 俺がすぐに情けない声を出すと、クレモンが苦笑する。


「そのつもりだ。私の先祖は何を隠そう異世界人だ。特殊なスキルで身を立てて、貴族となった。ご先祖様の遺言で異世界人には良くするように言われているのだよ。だから君を見逃す。しかし、国に連れて帰り、隠すわけにはいかない。さすがにそこまですれば、反逆罪になるからな」


 さすがにそこまでを望むのは無理か……


「じゃあ、南かー。俺、一人で大丈夫かな? さっきのブタさんに襲われたら死ぬわ」

「あれはこの辺では迷いの丘にしか出ないからから大丈夫だ。それに後で魔よけの石を渡そう。それがあれば、この辺の弱いモンスターは大丈夫だ」

「迷いの丘って何?」

「この辺独特のダンジョンみたいなものだ。入ると、平衡感覚を失い、永遠にぐるぐると同じところを回る羽目になる。そして、疲れたところをオークが襲撃してくる」


 俺、せっかく占いをしたのに同じところをぐるぐると回っていただけらしい。

 ダウジングでもすればよかったな。

 道具がねーけど。


「なるほどねー。盗賊とかはいないの?」

「いるな……表の道を歩けば大丈夫だとは思う。君はどう見ても金を持っているようには見えんしな…………まあ、後で剣もやろう」


 至れり尽くせりだなー。

 良い人だし、この人の先祖様に感謝だわ。


「ついでに靴もくれ」

「そういえば、裸足だったな。それくらいならいいぞ」


 クレモンはそう言って、手を前にかざすと、急に靴が現れた。


「え? 手品?」

「ん? リヒトは魔法がない世界の住人か?」


 魔法らしい。


「あるっちゃーあるし、ないっちゃーないな」


 普通はない。

 でも、俺や母親の不思議パワーは魔法と呼んでも差支えないだろう。


「ふむ。これは収納魔法というやつだ」

「収納? 物をしまえるの?」

「だな。この世界は魔法がある。気をつけろ」

「火とか飛ばしてくんの?」

「そうだ」


 こわー。

 人間兵器じゃん。


「俺、死ぬかも……」

「そんなに頻繁には魔法は使わん。魔法は良いところの家しか学ばせんからな」

「なんで? 金がかかるん?」

「だな。魔法学校は高いし、そもそも文字が読めんと話にならん。平民は厳しい」


 識字率は低そうだなー。

 俺、文字は書けないだろうし、無理かもな。


「ん? 待てよ。言葉が通じてるな……」

「異世界人は加護があるからな。多分、リヒトは文字も書けるし、読めると思うぞ」


 女神様すげー!

 今度、お供え物をしてあげよう。


「俺も魔法を学べるかな?」

「出来ると思うぞ。そうだ、これをやろう」


 クレモンはそう言って、収納魔法で本を出した。


「本?」

「魔法の教本だ。初心者用の魔法の使い方が書いてある。やる」


 俺は本の表紙をマジマジと見る。


 おい! 裏表紙にクレモンって名前が入ってるぞ。

 こいつ、細かいな……


「いいの?」

「私はすでに一ごん一句を覚えている。不要なものだ」


 高そうなのに。


「うーん、ここまでしてくれると、気が引けるなー」


 さすがにもらいすぎだ。


「だったら、一つ占ってくれ。これはその料金だ」


 なるほど。

 というか、俺に払えるものはそのくらいしかない。


「何を占えばいいんだ?」

「うーむ、すまん。逆に何が出来るんだ?」

「恋愛でも仕事でも何でもいいよ。指定さえしてくれればいい」


 俺はインチキと呼ばれているが、本物なのだ。


「では、私の国の行く末を頼む」

「漠然としてんなー。まあ、いいか…………」


 俺は道具を持っていないことに気付いたが、仕方がないので、そのまま占う。


「ふむふむ……」

「どうだ?」

「戦争の原因は良くないものと出ている」

「何?」

「戦争の原因は何? 詳しく知らないとわかんない」

「この辺で採れる鉱石だ。それの採掘権で争っている」


 鉱石ねー。

 金でも採れるのかね?


「その鉱石とやらがここで採れるという情報は外部から入手したものだろう?」

「そ、そうだ! わかるのか!?」


 これまでずっと冷静だったクレモンが慌てる。


「わかるよ。そして、そこが非常に暗雲が立ち込めている」

「暗雲…………偽情報? …………キルケは占えるか?」

「もう占った。結果は同じ」

「誰かが我らを争わそうとしているのか?」

「そこまではわからんし、それ以上は俺の仕事ではない。踏み込んではいけない領分だからね」


 必要以上に踏み込むと責任が生じてしまう。

 占いは当たるも八卦当たらぬも八卦というように外れることもある。

 本来ならもっとぼやけたことを言うのだが、クレモンには多大な恩があるので、はっきり言ってやっただけだ。


「わかった。これは要調査だな。感謝する」

「これくらいいいよー。命を助けてもらったばかりか、いっぱいもらったし」

「ならばよい。リヒト、今日は休め。そして、明日の朝一番に逃げろ。その力はギフトではないかもしれんが、国が絶対に欲しがる能力だ。私は立場上、王に報告せねばならぬ。早めに南のエーデルに行け」

「占い師に頼ると国が亡びるんだけどねー」


 古来よりそういう話はよくある。


「わかっている。それと最後にこれをやる」


 クレモンは収納魔法で紙を取り出し、渡してくる。


「何これ?」

「通行手形だ。これがあれば、この国の関所はすぐに通れるようになる」


 俺はそう言われて、通行手形を見る。

 この者の通行を許可すると書かれている。

 そして、最後にこう書いてあった。


 エスタ王国宰相 クレモン・バーバリー


「…………宰相?」

「そうだ」

「あんた、めっちゃ偉かったりする?」

「自分で言うのもなんだが、そうだ」


 なんでこんなところに一人でおんねん!


「すごいね。そんなに若いのに…………」


 見た目は20代にしか見えない。


「こう見えても50を超えてるがな」


 異世界はどうなってんねん!


「若作り?」

「まあ、そうだ」


 アンチエイジングすぎるだろ!

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