第7話 あ、空缶・・・?




 なんだ、何が起こったんだ?


 ごちゃごちゃの頭が徐々に覚醒して、先程の光景を思い出した。


 ハッとなって、俺は咄嗟に股間に手を伸ばす。


 ・・・あ、ある。ホッ・・・


 俺は自分のモノがある事を確かめて、改めてさっきのは夢だったと実感が湧いてきた。


 しかし、夢にしては妙にリアルで、俺は全身に汗を掻いていて、ベッドのシーツも汗まみれになっていた。


『わたくしの声が聞こえないぐらいショックだったみたいね?』


「わぁ!?」


 急に頭の中に声が響いて、変な声を出してしまった。


「・・・アンタか・・・」


『愛の女神のわたくしに向かってアンタとは失礼ね』


 声の主が誰か分かった俺は、今の気分もあって、露骨に嫌な態度になった。


「・・・さっきのが、悪夢ってやつか?」


『そうよ。それにしても随分と冷静ね。もっと慌てふためくかと思ったわ』


 冷静って言われてもなぁ・・・


 色々考える余裕がないってのが正直なところなんだが・・・


 時間が経つにつれ、感情が頭と心に追いついてきた。


「風美は・・・」


『ん?何かしら?声が小さくてよく聞こえないわ』


「風美はあんな事しねぇ!風美は誰よりも優しいやつなんだ。あんな酷い事出来るようなやつじゃないんだよ!」


 感情が追いつくと、俺の口から爆発したかのように洩れ出てきた。


『筧風美じゃなくても、誰もあんな事はしないわよ。あれはアナタの罪に対しての罰を疑似的に表したものよ。でも、その様子だと気に入ったようね』


「だ、誰が気に入るかッ!あんなもの二度と見たくないわ!」


『見たくなかろうが、アナタがちゃんと反省して、自らの過ちを精算しない限りはまだまだ見続ける事になるわよ』


 女神の意地悪な声が頭に響く。


 俺はちゃんとやる事はやったはずだ。


「俺はちゃんと善行したぞ?なのに、なんでこんな仕打ちを受けないとならない?」


『アナタは今週一個も善行を行なっていないわよ。女神であるわたくしが見逃すはずないわ』


「いやいや、やったって!空缶拾って、ゴミ箱に捨てたぞ?女神が見落として、仕事してないなら、こんなの不平等だ!」


『あ、空缶・・・?』


「そうだ。ゴミ拾いは立派な善行だろ!」


『・・・それっていつの話かしら?矢内勝?』


「あっ?えーっと、確かに、月曜の放課後だったかな?」


『分かったわ、ちょっと確認するから待ってなさい』


 確認?


 ビデオでも回して俺の事を監視していたのか?


 よく分からんが、女神には何らかの手段で過去に遡って、何が起こったのか確認できるみたいだ。


 再び女神の声が聞こえる。


『はぁ〜、一応確認出来たわよ』


 落胆した声音だ。


 これは俺の善行を見逃して、自身のやらかしに対する後ろめたさだ。


「だろ?ちゃんとやってたんだから、さっきの悪夢は反則だろ!これで大きく俺の心は傷ついたわ」


『反則じゃないわよ』


「はぁ?!なんでだよ!」


『わたくしが確認出来たのはあくまで、アナタが空缶を拾ったって事実だけ。あれが罰を帳消しにする程の善行ではないわ』


 クソッ!判断基準が全て女神だよりなのが痛いところだ。


『それに、アナタ・・・はぁ〜、説明するのも面倒だけど、アナタが拾ったあの空缶は月曜日の朝にアナタが捨てた空缶よ。自分が捨てた空缶を拾うのは当然よ。善行どころじゃないわよ、寧ろ、悪行よ。はぁ〜、アナタってわたくしが思っていた以上のクズね・・・本当、先が思いやられるわ。オロロロロ〜ン』


 はぁ?!マジか・・・


 そういえば、月曜の登校時に自販機でジュース買った記憶があるな・・・


 その空缶をどうしたかまでは覚えてないが・・・


『善行についてはアナタ自身が考える問題であって、わたくしは口出ししないわ。ただ、必死に考えて行動しないとさっきのような悪夢を永遠と見ることになるわよ』


「わ、分かった・・・」


 さっきの悪夢と言われ、体が強張った。


 流石に夢とはいえ、あれ程の体験をしたのだから、トラウマになってもおかしくない。


 クソッ!面倒だが、ちょっと善行について真剣に考えないといけないなぁ・・・


『とりあえず、水分を補給して、シャワーでも浴びなさい!悪夢で体力と精神力をすり減らすだろうと思って、金曜日の夜にしたのよ。失った体力をこの土日で回復しなさい』


「なんだ?やけに優しいな」


『優しい?まぁ、そう捉えてもらっても構わないけど、健康でないと見ているこっちがつまらないわ』


 言っている事がよく分からんなぁ。


 とりあえず、俺は女神に言われた通りに、水を飲んで、シャワーを浴びる為に風呂場へ向かった。


 頭から冷水を浴びて、少し頭の中がスッキリした気がする。


 シャワーを浴び終え、脱衣所から出たところで声を掛けられた。


「勝、ちょっといいか?」


 それは俺の親父である矢内剛やないつよしだった。


『オロロロロ~ン。何だか修羅場の予感!』


 うっとおしい女神の声が頭の中に響いたが、その内容は強く否定出来ない。


 何故なら、親父の声音には少しの怒気が混ざっていたからだ。



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