人魚のいる海

鈴成

0 はじまり

 むかしむかし北の国に未熟な王子様とはぐれ者の魔法使いがいました。


「この国の王子様? その王子様がどうしてこんなところに」

「おまえは魔法使いだな? その魔法は……」


 生真面目な王子様はどうすれば自分の国がより良い国になるのかを常に考えていました。対して不真面目な魔法使いは女性のもとをあっちへふらふらこっちへふらふらと毎日だらしなく暮らしていました。

 王子様はそんなやる気のない魔法使いを度々呼び付けては個人的な頼み事と称して仕事をさせていました。魔法使いは嫌そうな顔をしながらも、王子様からの呼び出しを断ったことは一度だってありませんでした。

 本来ならば出会うはずのない二人がどうして交流を持つようになったのかを知る者は誰もいません。


「おまえの魔法はおぞましい」

「返す言葉もないよ」

「だが、私には……この国にはおまえが必要なのだ」


 空の晴れ渡るある日、理想高き王様は王宮魔法使いにお願いをしました。とても面倒で荷の重いお願いです。魔法使いを長年悩ませることになるお願いです。けれども、そのことを知ってか知らずか魔法使いはお願いを素直に聞き入れました。

 この国で一番偉い人間にお願いされたから断ることができなかったのではありません。世界で一番親しい友人にお願いされたから、怠惰な魔法使いにしては珍しくやってもいいかなとちょっとやる気を出したのでした。



◇◇◇



 友人であり王様でもあった彼が永遠の眠りに就いたあとも魔法使いは王宮に留まりました。そして王様の子供たちを、孫たちを、ひ孫たちを……とても長い間、玉座を継ぐ者を陰から支え続けました。

 いつしか魔法使いは王様の顔を思い出せなくなっていたので、そのたびに王宮に残された王様の肖像画を見に行きました。王様の血が薄くなっていくほどに、これはいつまで続くのだろうと考える回数は増えていきました。

 そして、終わりは唐突に、しかし必然的に訪れたのです。


「死刑? そうか。それじゃあ逃げるかな」 


 謁見の間で、殺気立った兵士たちに囲まれても魔法使いは落ち着き払っていました。


「君のお願いを反故にすることになるけれど、まあ、僕にしては持った方だろう」


 地位を剥奪された魔法使いはへらへらと笑っています。魔法使いはたったひとり、味方する者もいません。多勢に無勢であるにも関わらず、魔法使いは傷一つ負わずに逃げ出してしまうのでした。

 魔法使いの犯した罪が彼の国で永遠に許されないように、魔法使いは二度と故郷には帰らないでしょう。遠い日の友人はすでに亡く、魔法使いを縛る鎖はとうに失われていたのですから。

 旅立つきっかけはきっと何でも良かったのです。

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