第36話

 ラバール警部が鉄の板を床の上から拾い上げた。

 そして、それを手のひらの上にのせ、注意深く観察をする。その後、自分の手のひらの上の板をバルバストルの方に向けて言う。

「これは、アレオン家に暗殺者が空間転移魔術を使って侵入した時にあったものと同じ物のようですね」

「どうやら、そのようだな」

「ということは、ザーバーランドの外交団に例の魔術を使える者がいたといいうことでしょう。そして、その連中にマルセル様は拉致されてしまった」

「うむ。今回の動きは、街の外の軍と連携しているのだろう」

「ええ、そうでしょう。とすると、マルセル様はもう街の外の敵軍のところにいると考えるのが順当です」

「そうだな。救出策を考えたいところだが、ここには十分な兵士がいない。救出どころか逆に攻め込まれるかもしれん」

「援軍は?」

「当然、軍の本隊のいる駐屯地まで伝令が行っているだろうが、到着までには早くても丸三日はかかるだろう」

「そうですか…」

「ここの現場検証は、地元の警察当局に任せることにする。その証拠品は、そこの衛兵に渡しておいてくれ」

「わかりました」

 ラバールはそばに立っていた衛兵に事情を話して、鉄の板を手渡した。

 バルバストルが部屋を出て行こうとして、ラバールは声を掛けた。

「どちらへ?」

「街の入口だ。敵の様子を確認したい」

「我々もご一緒しても構いませんか?」

「構わん」

 ラバールとティエールはバルバストルの後に着いていき、建物の外に待たせてあった馬車に乗り込んだ。

 バルバルトルは乗り込む直前に御者に言う。

「城壁の門のところまで行ってくれ」

 馬車はゆっくりと動き出し城を後にした。

 馬車の中でラバールは尋ねた。

「今回の動きは国家保安局では予想していたんですか?」

「いや」

 バルバストルは不満そうに答える。

「局では終戦の交渉がまとまらない理由を分析中だった。現状を鑑みると、再度の攻撃のための時間稼ぎだったのだろう。それに、マルセル様の拉致は、予想外の事態だ」

「敵の軍がここまで来るのことは予想外?」

「ああ、予想外だ。敵軍がここまで移動していたという情報は一切入って来ていない」

「なるほど」

 国家保安局が予想できなったというのは少々奇妙な話だとラバールは感じた。

 確かに移動魔術は予測は難しいだろう。しかし、敵軍の動きの情報を全くつかめていないというのは、ちょっと間が抜けていないだろうか。

「ところで」

 バルバストルは話題を変える。

「あなたがたが、この街に来ているとは思ってもいなかった。アレオン家の件の捜査はどうなっている?」

「全然、進んでいません。ですので、マルセル様にも話を伺いたいと思っていたところだったんです」

「拉致されてしまっては、当面は話は聞けないな」

「どうやら、そのようですね」

 馬車は進み、ザーバーランド軍が迫る城壁の門のところまでやってくると、急に馬車が止まった。

 そして、何者かが馬車に向かって叫んだ。

「おい! 止まってくれ!」

 バルバストルたち聞いたことのあるその声に思わず、馬車の窓から外を見た。

 門に設置されている松明のおかげで、あたりはほのかに照らし出されていたので、すぐに声の主がだれかわかった。

「ジョアンヌ・マルロー…、それに、アレオン家のお嬢さんじゃあないですか!」

 ジョアンヌとエレーヌのほかに若い男性と初老の男性が側に立っていた。

 バスバストルは驚いて声を上げた。

「なぜこんなところに?」

「それは」

 馬車の中で、横からラバールが答える。

「彼女たちもマルセル様に会いに来たんですよ」

「そうなのか?」

「やあ、皆さん」

 ラバールは馬車の窓から、ジョアンヌたちに手を振った。

 バルバストルは馬車を降りてジョアンヌたちの前に立つと、ジョアンヌは言った。

「私たちも義勇兵として、ザーバーランドと戦いたい。それを、ここの司令官に言ってくれないか?」

「なに?」

 バルバストルは少し考えてから答えた。

「マルロー、君は元軍人だからいいだろうが、エレーヌ様は無理だろう? それに、そちらの男性2人はどういう?」

「私は、関係ないよ。彼女たちをここまで送っただけだ。戦いに参加するつもりはない」

 初老の男性は両手を上げてそういう。

「エレーヌ様なら大丈夫だ。今は剣の達人で私と変わらないぐらい戦える」

「それは本当か?」

 エレーヌの中には別の老人の魂が居るということは知っている。その魂のせいで剣の達人になったということなのか? 暗殺者を撃退した前例もあるが、バルバストルはジョアンヌの言葉に疑念を抱く。

「私も参加するんですか?」

 若い男性がジョアンヌに尋ねた。

 ジョアンヌはその質問を無視するように、彼をバルバストルに紹介した。

「こちらは、治療師のシャルル・トリベール、彼も義勇兵として参加する」

「えええ?」

 それを聞いて、トリベールと呼ばれる男は驚いて声を上げた。

 バルバストルはさらに少し考えてから答える。

「わかった、いいだろう。司令官に相談してみるので、ここで少し待っていてくれ」

 バルバストルはそう言って再び馬車に戻ると、御者に前に進むように指示した。

 ジョアンヌたちは取りでの門へ進む馬車を見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る