第34話

 ジョアンヌが扉に近づこうとすると、いきなり扉が開き何人もの兵士がなだれ込んできた。

 駐屯地に許可なく侵入したエレーヌたちを捕えようと来たのかと思いジョアンヌは剣の柄に手を置き身構えたが、違った。

 兵士たちはエレーヌたちを気に掛けることもなく、倉庫内のラックに立てかけてある剣を手にして、再び倉庫から出て行く。

 それが何十人と続いた。兵士の中には倉庫の奥にある木箱を開けて弓や矢を持って出る者もいた。

 ボワイエは倉庫に入って来た下士官らしき兵士の一人に声を掛けた。

「一体、何事だ?」

「敵だ!」

「敵?!」

 下士官の意外な言葉にボワイエだけでなくエレーヌたちも驚いた。

「敵とは? 誰のことだ?」

 ボワイエは質問を続けた。

「ザーバーランド軍だ。街の近くに集結しているという報告が入った」

 下士官はそう言うと慌てて倉庫を出た。

 そして、続く全ての兵士も武器を取って倉庫を出た。

 エレーヌたちも様子を見ようと倉庫の外に出た。

「急げ! 急げ!」

 下士官が叫ぶ。

 数人の兵士たちが持つ松明があたりを薄っすらと照らし出している。

 その中、先ほどの兵士たちが待機してある何台もの二頭立ての荷馬車にどんどん飛び乗って出発していく。

 街と国境方向につながる道には街壁と砦がある。そちらに向かっているようだ。

「私たちも行ってみるか?」

 ジョアンヌが提案し、ボワイエがそれに答える。

「倉庫の裏の馬屋にも馬と荷馬車がある、それを使おう。付いて来い」

 ボワイエが倉庫の裏に向かい、エレーヌたちもそれに続く。

 ボワイエは手早く馬を連れてきて荷馬車につなぐ。

 エレーヌたちは荷馬車に飛び乗って、馬がつながれるのを待つ。

 馬を荷馬車につなぎ終えるとボワイエも飛び乗って手綱を打った。

「行くぞ!」

 荷馬車は駐屯地を飛び出すと荒れた道を進む。こちらの荷馬車はエレーヌたち四人しか乗っていないので軽いためスピードは速く、先に出発した兵士たちの乗った荷馬車の列にすぐに追いついた。

 二十分も走ると兵士たちの乗った荷馬車は街の出入り口にある砦に到着した。

 砦では大きな松明がいくつも明るく灯されていた。兵士たちが次々と降りて、砦の中に入って行く様子が良く見えた。

 エレーヌたちの荷馬車は砦の少し離れたところで止まり、しばらくその様子を見ることにした。ザーバーランド軍との戦闘はまだ始まっていないようだ。

 エレーヌたちがいるところからは、砦につながる長くて高い街壁が邪魔でザーバーランド軍が集結しているという様子を伺うことができなかった。

「どこか高いところに登って、敵の状況を知りたいな」

 ジョアンヌが言った。

「教会の塔なら見えるんじゃないか? そっちに行ってみよう」

 ボワイエはそう答えると、再び手綱を打った。

 荷馬車は向きを変え、砦を背にして街の中へと進む。

 街の中では、ザーバーランド軍のことを聞いたのであろう人々で騒然となっていた。不安そうにしている人々が通りにあふれ、家の扉を開けて外の様子を伺おうをしている人もいる。

 荷馬車は人々をかき分けて走り、しばらくして教会に到着した。

 見上げると教会には鐘が吊るしてある塔があった。ここに登れば砦の向こう側も見えるに違いない。

 教会の扉には鍵が掛かっていたが、ジョアンヌが剣を何度も打ち付けて鍵を壊し中に入った。そして、塔の上と続く階段を見つけるとエレーヌたちは駆け上がって行った。

 エレーヌたちが塔のてっぺんに到着すると砦の向こうも見渡すことが出来た。

 暗闇の中、多くの松明であろう光の点が見えた。砦からはまだだいぶ距離はある。おそらく、弓や魔術による攻撃が届かない距離にいるのだろう。

「数は四、五千といったところだな」

 ジョアンヌは光を見つめて言った。

 遅れてボワイエが息を切らせて塔のてっぺんに到着した。

「はあ、はあ…。なるほど、数は多いな」

 ボワイエは息を整えるとぶやいた。

 ジョアンヌは尋ねる。

「それにしても休戦の協定はどうなっているんだ?」

「さあね…。ずっと話し合いが続いていたが、うまくいかなかったんだろう」

 ボワイエが答えた。

「しかし、こんなに急に軍を国境線まで移動できるとは」

 トリベールが不安そうに言う。

「おそらく軍を移動させるために、わざと交渉を長引かせていたんだろう。それにしても、こちらにまったく気付かれずに国境の川を越えて来るとはな」

「あっちの攻撃にこっちの軍が持ちこたえらえるか?」

 ジョアンヌが尋ねた。

「砦と街壁の向こう側に空掘りがある。街の出入り口から空堀にかかる橋があって、それが街の外に伸びている。その橋はさほど幅がないので一度に軍隊が攻めることができないから、 少し持ちこたえることができるだろう。とは言え、こちらの兵士は二百人程度。長く砦を守るのは難しい。応援を呼ぶにも協定のせいで、軍の本隊はこの街からかなり後方の駐屯地に待機させている。到着するには三日はかかるだろうな」

 ボワイエが答える。

「これでは、風前の灯火です!」

 トリベールは不安に耐えられず叫んだ。

「もう、街から逃げましょう!」

「落ち着け!」

 ジョアンヌがトリベールをたしなめた。

 エレーヌは、落ち着いた様子で改めてボワイエに尋ねる。

「橋は、さほど幅がないと言っていたな」

「ああ、横に並ぶとせいぜい十人程度だな」

「そうか。武器を振り回すとなると、もっと少ない人数しか進めないな」

「そうだな」

 エレーヌは再び考える風にしてから、今度はジョアンヌに尋ねた。

「ジョアンヌ、君の“血のローザ”という噂は、敵にも知られているのか?」

「ああ、そのおかげで、敵がビビッて逃げ出すってことが何度もあったぜ」

「そうか、では、いい考えがある」

 エレーヌはそう言うと、塔の階段を降り始めた。ジョアンヌたちもそれに続く。

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