第21話
しばらく、ラバールは頭を抱えて、考えをまとめていた。そこへ、再びフンツェルマンが応接室に顔を出した。
ラバールはフンツェルマンに気付くと話しかける。
「ボディーガードのジョアンヌさんも呼んでいただけますか?」
「わかりました」
フンツェルマンはジョアンヌを呼びに応接室から出た。ジョアンヌはすぐに応接室までやって来た。
「なんか用かい?」
ジョアンヌはラバールを睨みつけると、ぶっきら棒に尋ねた。
「いえね。ジョアンヌさんがこちらで雇われるまで、どういった経歴をお持ちなのか知りたくて」
「軍に居たよ」
「確か、ずっと最前線にいたとか?」
「そうさ」
「それで、戦争が終わってから、この街に来て、すぐにこの屋敷で働くことになったんですか?」
「すぐじゃあないよ。この街に来てから二か月ぐらいは仕事探しをしていたよ」
「お住まいは?」
「最初は安ホテルにいたけど、しばらくすると金が無くなったので、仕事の紹介所の前で野宿していたね」
「なるほど。軍に入る前は、何を?」
「賞金稼ぎとか、いろいろだ」
「剣は、いつからやってたんですか?」
「十歳ぐらいの時からずっと叔父に教えられた。彼も剣の達人だったんだよ。それで、十六か十七ぐらいで叔父の腕前を抜いたよ。この剣の腕で、危険な仕事なんかもやった。戦争が始まった後、私たちみたいなものにも召集がかかったというわけ」
戦争は始まってしばらくして、正規軍と義勇兵だけでは人員が足りなくなり、軍は広く召集を掛けていたのは、広く知られている。
「その叔父さんは、今どうされてますか?」
「何年か前に死んだよ。病死だね」
「それはお気の毒に。他にご家族は?」
「両親も子供の頃に死んでしまったよ。だから、叔父のところに預けられたんだ。両親の事は小さかったから、ほとんど覚えていない」
「なるほど、そうでしたか。ところで、ザーバーランドには、お知り合いはいますか?」
「いないね。知らない奴なら、たくさん斬ったけどね」
「最前線の様子は伝わって来てませんので教えてほしいのですが、ザーバーランドは魔術が発達しているので、かなり苦戦したのでは?」
「いや、私の知る限りは、魔術による攻撃は少なかったね。聞いた話だと、開戦当初は敵が火力の高い魔術を使って、こちらの被害が大きかったんだが、ある時期からそういった魔術の攻撃は減ったそうだよ」
「それは何故?」
「知らないなあ」
「そうですか。ジョアンヌさんは魔術は使えないのですね?」
「ああ、使えない」
「なるほど……、良くわかりました。ありがとうございました」
ラバールは手を上げて、礼を言った。
ジョアンヌは部屋を去り、すぐにフンツェルマンが現れた。
「あー。メイドとボディーガードにお話が聞けました。ありがとうございました」
「なにか参考になることはありましたか?」
「ええ、まあ」と、ラバールは言いながら立ち上がった。「では、私も一旦署のほうに戻りたいと思います」
「わかりました」
フンツェルマンはラバールを玄関ホールまで見送る。
ラバールは挨拶をしてアレオン家の屋敷を後にした。
屋敷の前からラバールは馬車に乗り署へ向かい移動する。その途中、署の近くで新聞の売り子を見掛けた。
「ねえ、一部もらえる?」
彼は馬車の窓を開けて売り子に声を掛け、金と引き換えに新聞を手にする。
ラバールは馬車の中で新聞の目立つ見出しを眺めた。さほど大きくないが、エレーヌ・アレオンが襲撃されるも一命をとりとめた、という内容の記事を見つけた。この記事は、バルバストルの指示で情報をリークし新聞に書かせたものだ。
本当はエレーヌは一度死亡し、犯人をおびき寄せるために蘇生魔術で復活したということ知っているのはごくわずかだ。記事が出る前にエレーヌが二度目の襲撃を受けたということは、やはりアレオン家の屋敷に居る者が怪しいということになるのだろうか?
しかし、今のところ誰にもザーバーランドとの繋がりのあるとは、感じることができなかった。
あとは、まだ調べられていないのはエレーヌの婚約者であるジャン=ポール・マルセルだけだが、彼は今、この街にはいない。
犯人の遺体のそばにあった転移魔術に使う板以外に、手掛かりが全く見つからない。どうしたものかと、ラバールは再び頭を悩ませた。
ラバールが署の自分の机に戻ると、机の上に数枚の紙が置かれていた。それを取り上げて中を見ると、ジョアンヌの軍での経歴が載っていた。
それを、ざっと読むがやはり不審なところは無いようだ。敵の捕虜になったことがあるようであれば、何らかの繋がりが出来ているかもしれないと考えたが、そういうことも無さそうだ。
「ねえ」
ラバールは資料を手に掲げて立ち上がり、近くに居た部下のティエールに声を掛けた。ティエールはラバールの部下の中で一番若い。
「このジョアンヌの資料、手に入れるの早かったね。朝に頼んだのに、まだ夕方になってないよ」
ティエールは座って何やら作業をしていたが、振り返って答えた。
「それは、軍ではなく、職業紹介所からもらいました。そちらの方が早いと思いまして。案の定、彼女の登録情報があったので、すぐ出てきました」
「ああ、そうなんだね。君、仕事できるねえ」
「ありがとうございます」
ティエールは褒められて照れているようだった。
「もう一つお願いしたいんだけど」。ラバールは手の資料を机に置いて言った。「ジャン=ポール・マルセルを調べたいんだけど、今彼は国境の街に居るんだよ。何かいい方法無いかな?」
「彼がそこに居るのは政府の仕事で、ですよね?」
「そう。外交交渉団の一人だそうだ」
「現地の警察にお願いする、とか?」
「やっぱり、それしかないよね」
「あとは、警部自身が行くとか」
「他にも事件が溜まっているから、できれば行かずに済ませたいんだがねえ」
ラバールはため息をついて、椅子に座り込んだ。
さて、どうしたものか。
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