第20話

 ラバール警部は再び馬車でアレオン家の屋敷にまでやって来た。

 屋敷前の警官たちに異常はなかったどうかを確認した後、屋敷の中に入っていく。

 玄関ホールでいつもの様に執事フンツェルマンが対応した。

「ああ、フンツェルマンさん」ラバールは右手を上げて挨拶をし、話を切り出した。「先ほど、エレーヌ様を襲った犯人の遺体を見つけました」

「本当ですか?!」

 フンツェルマンは驚いて目を見開いた。

「ええ、本当です。エレーヌ様に反撃された時の怪我が致命傷になったようです。ここに来るまでの雑木林の中で見つかりました」

「ともかく、安心いたしました」

「いや、そうでもないのですよ」

「と、いいますと?」

「犯人を捕らえて首謀者を吐かせたかったのですが、それが出来なくなったので、我々も困っております」

「首謀者ですか?」

「今のところ犯人の動機もわかりません。私怨による犯行ということになれば、これで一件落着ということでも構わないのですが、お伝えした通りバルバストルさんは国家に関わる事案であると言っています。例の空間転移魔術を使うところからザーバーランドの関わりがあるのは間違いないでしょう。それで、彼は、もちろん私もなんですが、首謀者がいると考えております。しかし、その目星がまだ立っていないのです」

「そうなんですね」

「とりあえず、しばらくは警察ではこれまで通りの警備を続けます」

「わかりました」。フンツェルマンが話題を変える。「私の方からもお伝えしたいことがあります」

 ラバールは再び向き直った。

「なんでしょうか?」

「先ほど、大司教様がお越しになられて、エレーヌ様をもとに戻すことのできる魔術についてお話を頂きました」

「ほう。エレーヌ様は元に戻せそうなんですか?」

「そのヒントはいただけました。軍の魔術研究所か、ザーバーランドの魔術塔の魔術師であれば可能性があるのではないかと、おっしゃっていました」

「なるほど、軍の魔術研究所であれば、コネを使えば情報が手に入るかもしれませんな。魔術塔は聞いたことはありますね。しかし、ザーバーランドの国内にあるので、少々難しいのでは?」

「ええ、なので、まずは研究所のほうをバルバストルさんにお願いできなかと思っております」

「彼は夕方ごろこちらに来ると言っておりました」

「そうですか。ところで、エレーヌ様の様子は?」

「部屋で大人しくしています。朝食をお持ちした時に、この国の文化や生活習慣について書かれている本は無いかと言われたので、屋敷にあったのを何冊か渡しました。なんとかここの生活に慣れようとしておられるようです」

「そうですか」。今度はラバールのほうが話題を変えた。「ところで、私の方からお願いがあります。メイドのお二人にお話を伺いたいと思っております」

「メイドですか? まさか、犯人とつながりがあるとお考えですか?」

「いや、あくまで参考にお話を聞きたいと思っているだけですよ」

「わかりました」

 と、フンツェルマンは答えた。とりあえずラバールを応接室に通し、ソファに座らせて待たせる。


 しばらくして、応接室にやって来たのは長い黒髪をアップにして少しやせて背の高いメイド。彼女はラバールの前に歩み寄り挨拶をした。ラバールも軽く会釈をすると早速、話を切り出した。

「ええと……。確かあなたの名前は、ルイーズ・バスチエさん」

「はい、そうです」

 ルイーズは緊張した面持ちで小声で答えた。

「私は警部のシャルル・ラバールです」

「存じ上げております」

 ラバールは微笑んで見せた。

「では、バスチエさん。ここで働き始めて何年ですか?」

「前もお話しましたが、だいたい四年です」

「ああ、そうでしたね」。この質問は依然してあった。ラバールは、ばつが悪そうに頭を掻いて見せた。「それで、その前はどちらで働いておりましたか?」

「私は、ここが初めてです」

「そうなんですね。ご家族は?」

「街に父がおります」

「お父さんのお名前は?」

「アランです」

「なるほど、アラン・バスチエさんですね。で、お父さんは仕事は何を?」

「元軍人でしたが、大怪我をして今は傷病恩給で暮らしています」

「そうでしたか、それは大変でしょう」

「ええ、国から出るお金が少ないので、私がここで働いた給金を少し送っています」

 傷病恩給の額が少なくて、不満があるというのは聞いていた。戦争が長く続いて恩給を受ける対象者が増えたので、国の財政にも少なからず影響が出ているらしい。それが原因で何度か減給があって、元軍人の間でその不満が高まっているようだった。

「それは、偉いですね」。ラバールは感心したという風に少し微笑んだ後、話題を変える。「街に行くことは多いのですか」

「街へは、買い出しで月に二、三度行きます。あとは休みの時に、父に会いには行きます。それは三か月に一回ぐらいの割合です」

「なるほど。買い物はバスチエさんだけで行くのですか?」

「出かけるときは一人です。買い出しは、もう一人のメイドのジータと交代で行っております。それに、たまにフンツェルマンさんも行く時があります」

「そうですか。エレーヌ様が襲われた事件の前後に、何か不審なことはありませんでしたか?」

「いえ、何も」

「そうですか」そう言うと、ラバールは考える様にうつむいて、少し時間を置いて顔を上げた。「いや、ありがとうございました。もう一人のメイドを呼んできてもらえますか?」

「かしこまりました」

 ルイーズは会釈をして、応接室を後にした。


 しばらく待たされると、もう一人のメイドがやった来た。中肉中背、金髪で肩辺りで髪を切りそろえている。

 早速、ラバールは質問を始める。

「どうも、私は警部のシャルル・ラバールです」

「はい、存じ上げております」

「ええと……、お名前はなんでしたっけ?」

「ジータ・ヴィリエと言います」

「そうでした…。ジータさん、このお屋敷で働いて、長いのですか?」

「五年です」

「ここで働く前は?」

「ここが初めてです」

「ご家族は?」

「私は孤児院でなのです」

「ああ、それは申し訳ありません」

「十八歳になった時、孤児院を出なければならなくなったのですが、たまたまここの求人が見たので応募を」

「なるほど」

 ラバールは続けて、先ほどルイーズにしたように、外出はするか? 不審なところはなかったか? などの質問をする。ジータからの回答もルイーズものとほぼ同じだった。

「わかりました。ありがとうございました。フンツェルマンさんを呼んできてください」

 ルイーズは会釈をして応接室を後にした。

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