第2話

 フンツェルマンはヒーラーのプレボワの建物から十五分ほどかかる警察署まで駆け足でやって来た。

 警察では、名家のソレンヌ家の者が犠牲になったということで、ベテランの警部が急いで対応に当たることになった。

 フンツェルマンの前に現れたラバールと言う警部は背が低く、中年太り。ぼさぼさの髪でよれたコートを着ていた。警察署で警部として紹介されなければ、街の浮浪者と見間違えそうな雰囲気だ。

 警察の馬車を使いフンツェルマンが警部や警官二名と共にプレボワの建物前まで戻って来た。急いでいたが、それでもフンツェルマンがプレボワの診療所から発ってから三十分と少しかかっていた。

 フンツェルマンは到着すると馬車のそばでニコルを見てくれていたプレボワに礼を言う。プレボワは、ラバール警部と警官たちを見ると、一旦は安心して自分の診療所の中へ戻って行った。

 ラバール警部は身を乗り出して馬車の中を覗き込んだ。

 ぐったりとしているエレーヌと馭者。そして、小声で泣いているニコルの三人が目に入った。三人とも服は血まみれになっている。

 ラバール警部は「うーん」と唸るように一言つぶやいた。そして、一旦、馬車を離れ事情を聞くためフンツェルマンに話しかけた。

「エレーヌ様が襲われた場所は?」

「屋敷の近くの路上です」

「不審な者を見ませんでしたか?」

「いいえ。ニコル様の悲鳴が聞こえたので、私が屋敷から飛び出して現場に着いたのですが、その時には誰もおりませんでした」

「悲鳴を聞いてから現場までは時間としてはどのぐらい?」

「せいぜい、三分ぐらいだと思います」

「襲撃して三分で居なくなるとは。犯人は襲撃してすぐに、馬か何かを使って逃げたのでしょう。たしか、屋敷の前の通りは見通しは悪くないはず。せめて目撃者がいればいいのですが」

「屋敷の前の通りは見通しは良いですが、昼間もほとんど人通りがありません。目撃者がいるかどうか」

「そうですか」

 ラバール警部は少々困ったという風に眉間にしわを寄せてうつむいた。

「遺体を警察署まで運んで調べたいのですが、よろしいでしょうか?」

「それはどうして?」

「遺体を調べれば、傷口から犯人の凶器がどういったものかわかります。犯人の手掛かりになるかもしれません」

「まってください。先ほど、プレボワさんが治癒魔術を使いました。傷口はふさがってしまっていると思います」

「そうなんですか? 二人とも?」

 ラバール警部はそれを聞いて驚いて、馬車の遺体の方を向いた。

「はい。エレーヌ様、馭者の二人に治癒魔術を試したようです」

「そうなると、傷口から凶器の手掛かりを得ることは出来ませんね」

 ラバール警部は再びうつむいて考える。そして、顔を上げるとフンツェルマンに言う。

「明日以降、ニコル様に事件の状況をお伺いしたいと思います。あの状況では、今日はおそらく無理だと思いますので」

「わかりました。そのほうがよろしいでしょう」

「この後、現場検証をしたいので、我々はこれから屋敷の前の現場まで行きたいと思います」

「お願いします。現場は血の痕で、すぐわかると思います。私は二人の遺体を、このまま馬車で大司教のところまで運びます」。フンツェルマンは悲しそうに続ける。「葬儀の準備もしないといけませんし」

「わかりました。では、また」

 ラバール警部はそう言うと警官二人に指示を出し、警察の馬車でプレボワの建物の前を出発した。


 フンツェルマンは建物の中のプレボワに礼を言い、馬車を大司教の居る寺院に向かわせる。馬車の中のニコルにも声を掛ける。ニコルは馬車の中でまだ泣いていた。

「ニコル様、馬車を大司教様のところに移動させます」

 フンツェルマンの言葉に、ニコルは無言で小さく頷いた。

 馬車は再び人ごみの中をゆっくりと通りを進む。もう急ぐ必要はない。

 しばらく進んで、街の中央部の城の近くにある大聖堂の前に到着した。ここは大司教がおり、国家宗教の信仰の対象となっていて、国民の心の拠り所となっている。そして、国王やその一族、そのほか貴族などの国の重要人物が死去した際は葬儀を引き受けている。

 フンツェルマンは馬車を止めると、大聖堂の中に入っていった。

 大聖堂の中は少々薄暗く、祈りをささげる市民が多数と数名の修道僧が居るのがフンツェルマンの目に入った。

 フンツェルマンは修道僧の一人に声を掛け、大司教のオーギュスタン・サレイユを呼ぶように依頼した。

 しばらく待たされると大司教サレイユがフンツェルマンの前に現れた。

 サレイユは白髪に、白い長い顎髭、顔には皺が刻まれている。大司教として長い間、多くの人々に尊敬されている人物だ。高齢だが歩く姿はしっかりとしている。

「これはこれは、フンツェルマンさん、今日はどうされましたか?」

 サレイユは、ゆっくりとした口調で話しかけた。

「実は、エレーヌ様がお亡くなりになり、葬儀をお願いしたい」

「おお!」サレイユは驚いて目を見開いた。「それは何ということでしょう! まだお若いのに」

「ええ、まだ十九歳でした」

「それはお気の毒に」

「お亡くなりになった理由は?」

「実は、何者かに襲撃を受けて刺されたようなのです」

「なんと言うことだ…」

「今、警察が犯人を捜しております」

「そうですか……。で、今、ご遺体は?」

「外の馬車に。馭者のジャカールも殺されてしまい、彼の遺体もあります。彼も埋葬をお願いしたい」

「わかりました」

 サレイユは近くに居た修道僧たちに声を掛け、事情を話して外にある遺体を大聖堂奥の部屋に安置するように指示を出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る