エレーヌを殺したのは誰だ?
谷島修一
第1話
白昼、通りに女性の悲鳴が響いた。
そして、大声で名前を呼ぶ声。
「お姉様! エレーヌお姉様!」
誰もいない通りに叫び声がだけが響き渡る。
現場のすぐ近くには、アレオン家の大きな屋敷が建っていた。
その悲鳴を聞きつけて、屋敷から身なりが整った初老の男性―アレオン家執事のフンツェルマン―が、慌てた様子で駆け付けてきた。通りから屋敷までは庭を挟んでいるため、フンツェルマンが現場に到着したのは最初の悲鳴を聞いてから数分ほど経っていた。
フンツェルマンは、目に入った光景を見て思わず息を飲んだ。
道の真ん中で、自分の屋敷の主人であるエレーヌ・アレオンが倒れていた。エレーヌが倒れているところを中心に大きな血だまりが出来ている。
エレーヌの妹ニコル・アレオンが、血だまりの中で何度もエレーヌの名前を必死で叫びながら、彼女の体を抱き起こそうとしていた。
フンツェルマンはあたりを見回す。エレーヌとニコルの二人が乗っていた馬車は傍に止まっている。馬車の馭者であるジャカールも馬の近くで血を流して倒れていた。彼の周りにも血だまりが出来ている。
これは一体何があったのか? 何者かに襲撃を受けたのか?
フンツェルマンは倒れているエレーヌと、泣き叫んでいるニコルのそばに行ってひざまづき、ニコルに尋ねた。
「一体、何があったのですか!?」
ニコルはエレーヌの身体を抱きかかえたまま顔を上げた。その顔にはエレーヌの血が付いていた。服も血だらけだ。ニコルは泣きながらフンツェルマンの質問に答えた。
「襲われたのです!」
「誰にですか!?」
「わかりません」
「ニコル様にお怪我は?!」
「私は大丈夫です。それよりお姉様が!」
そう言うと、ニコルは再びエレーヌに向き直って叫び続けた。
「お姉様! お姉様!」
フンツェルマンは瞬時に状況を分析する。
エレーヌたちを襲った犯人の事は今はともかく置いておこう、それよりエレーヌを治療しなければ…、医者か?
しかし、これだけの出血では助からないかもしれない。
次の瞬間フンツェルマンの後ろから、別の女性の悲鳴が聞こえた。
フンツェルマンは振り返った。後ろに立っていたのは、屋敷のメイドのジータだ。
「エレーヌ様!」
ジータは叫んだ。フンツェルマンは立ち上がりジータに言う。
「ジータ! エレーヌ様を急いでヒーラーのところへ連れて行く! 屋敷を頼む!」
「はい」
ジータは泣きながら、ふらふらと屋敷の方に向かって行った。
フンツェルマンは再びひざまずき、泣き叫ぶニコルを落ち着かせるように静かに言った。
「ニコル様、エレーヌ様をヒーラーのプレボワのところへ連れて行きます」
そう言うと、フンツェルマンはエレーヌの体を抱え上げた。
「馬車に乗せます」
馬車の扉は開いたままになっていたので、そのまま馬車へ乗り込みエレーヌを椅子に座らせた。
エレーヌの身体は力なく、反対側の壁にもたれかかる様に座る。ニコルの馬車に乗りエレーヌの横に座り、彼女の手を取って名前を呼び続けている。
次にフンツェルマンは、倒れている馭者のジャカールの体を抱え上げ馬車のニコルとエレーヌの反対側の椅子に座らせた。そして「急ぎます!」と、フンツェルマンはニコルに言って馬車の扉を閉めた。
フンツェルマンは馭者の席へ登り、馬に鞭を打つ。
馬車はゆっくりと動き出した。そして、徐々に速度を上げて街の中へ。
速度が上がるにつれて、馬車は大きく揺れた。
三十分ほど走った頃、馬車は街の中心部にやって来た。
街は人通りも多く、馬車の速度を落とさざるを得なかった。
「退いてくれ! 急患なんだ!」
フンツェルマンは馬車の上から叫んだ。
人ごみをかき分けて、何とか赤レンガでできた建物の前に到着し馬車は止まった。
建物の看板には≪治療師・プレボワ≫とある。
フンツェルマンは馬車から降りて、建物の扉を開け叫んだ。
「プレボワさん!」
建物の中では、治療を待つ患者が二、三人いた。プレボワの助手トリベールがそばにいて、フンツェルマンのただならぬ様子に慌てて近づいて尋ねた。
「どうされました?!」
「エレーヌ様が大けがをなされた! 一刻も早くプレボワさんに治癒魔術をお願いしたい!」
「わかりました!」
トリベールは急いで奥の扉を開けて中に入った。そして、すぐに助手とプレボワがすぐに扉から出てきた。
プレボワはフンツェルマンを見つけると叫んだ。
「エレーヌ様は!?」
「こちらです! 馬車の中です!」
プレボワ、フンツェルマンとトリベールは表に出る。プレボワは建物のすぐ正面に止まっている馬車をのぞきこんだ。
血だらけの三人が居るのが確認できた。プレボワは、エレーヌとニコルとは面識があったので、すぐにエレーヌを認識できた。彼女はぐったりとしている。ニコルはその横で泣き続けていた。
プレボワは急いで治癒魔術の呪文を詠唱した。エレーヌは白い光に包まれる。
しかし、彼女が目を覚ます様子はなかった。
プレボワは念のためもう一度呪文を詠唱する。しかし、エレーヌが目を覚ます様子はない。既に絶命しているようだ。治癒魔術のせいで傷口は塞がっただろう。しかし、死んだ者を生き返らせる力は無い。
プレボワは肩の力を落とし、ため息をついた。
ニコルはプレボワに尋ねた。
「お姉様は?! どうなりました?!」
「申し訳ありません。手遅れです」
プレボワは俯いて答えた。
その言葉を聞いて、ニコルは再び大声で泣きじゃくった。
「そんな…、そんな…、お姉様…」
ニコルは泣きながらエレーヌの体に寄り添う。
プレボワは反対側の座らせられている馭者にも治癒魔術を掛けてみたが、彼も既に手遅れで再び目覚めることはなかった。
プレボワは馬車から降りて、そばで待っていたフンツェルマンに静かに言った。
「手遅れでした」
「そうですか…」
フンツェルマンも力なく答える。
「何があったのですか?」
「詳しい状況は、私にはわからないのですが、何者かに襲われたようです」
「なんと言うことだ」プレボワは伝えた。「警察に伝えて、犯人を捕まえないと」
「これから警察に行きます。馬車はこのまま、ここに止めていてもいいでしょうか?」
「構いません。ニコル様も私が見ております」
「ありがとうございます。助かります」
フンツェルマンは馬車の中を覗き込んでニコルに伝える。
「これから警察に行ってきますので、このまま、ここで待っていてください」
ニコルは泣きながら小さく頷いた。
その様子を見てすぐ、フンツェルマンは警察署の方へ小走りで向かって行った。
プレボワはその背中をしばらく見送った後、建物の外から助手を大声で呼んだ。そして、助手に回復魔術を待っている患者の対応するように伝えた。
プレボワは大きくため息をついて、馬車のそばに立ったまま中に居るニコルの様子を見守った。
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