第4話魔法が解けたら、さようなら③
ひとまず寝室に人間の青年(推定、元・野獣)を運び、寝台の上に寝かせる。傍の椅子に腰掛けて、アスラは改めて青年を眺めた。
癖のあるハシバミ色の髪が特徴だった。いわゆる猫っ毛というものだろう。触ってみると指に柔らかく絡む。睫毛も長く鼻筋も通っている。端正な顔立ちでともすれば人形のような冷たい印象を与えかねないが、穏やかな表情に優しい人柄が滲み出ていた。
まず間違いなく、美男子の部類に入るだろう。先ほどまでの野獣とは比べるべくもないが。
どうしてこうなった。
アスラは天井を仰いだ。
容姿に関しては他人のことを言えた義理ではない。
今年で十六になるアスラだが、貧相な体躯のためか人間からは幼い子供と侮られるのが常だ。いくら鍛えても一向に太くならない腕や脚。奔放に伸ばした豊かな髪だけはいいとして、つり目に太めの眉、小さな犬歯。人間の尺度でかんがみても中の下といったところか。それどころか、衣服に隠された肩や腕、脚には醜い古傷が多数ある。お世辞にも美しいとは言いがたい。
なのでアスラが問題としているのは王子の容姿ではなかった。種族だ。こちらは、つい先ほどまで獣人だと思っていたのだ。
「ん、むぅ……」
人間の青年が呻いた。覚醒は近い。アスラは部屋を見回し手鏡を持ってきた。
「う……」
「気が付いたか」
虚ろだった瞳に意思の光が宿る。同時に青年は跳ね起きた。
「アスラ!」
「おはよう」と軽く挙げた手が掴まれる。
青年は両手でアスラの手を包み込んだ。そして自身の手が人間のそれであることに気づいて、目を丸くした。
「君の気持ちはわかる」
アスラは慎重に言葉を選んだ。
「いきなり人間になったんだ。驚くなという方が無理だ。しかしここは落ち着いてだな。元に戻る方法を一緒に考え」
「戻った! 戻れたんだ!」
人間の青年はアスラが持ってきた手鏡に自らの顔を映し、喜色を滲ませた。すべやかな頬に手を当てたり、尻尾のなくなってしまった腰まわりを見たり、爪も牙も毛皮もなくなってしまったことを確認しては、歓声をあげていた。にわかには信し難い光景だった。
「アスラ、君のおかげだ」
感極まった青年にアスラは抱き締められた。なかなか強い力ではあるが、野獣の時と比べたら可愛いものだ。
「……あの」
アスラは青年の腕の中で身じろいだ。
「確認させてほしいのだけれど、君は一体――」
「あ、すっ……すまない!」
青年は慌ててアスラを解放した。改めて正面から二人向かい合う。
「僕はラント。ここより西にあるウィンヴィリア国の王子だ」
海に面した大きな国だ。アスラも知っている。船による交易が盛んで、代々の王は人族。民も全員人族。要するに人間の国だ。
アスラは開いた口が塞がらなかった。
「驚くのも無理はない。実は人魚に呪いをかけられて、あの醜い野獣の姿になっていたんだ」
醜い。ラントの言葉がアスラの胸に重くのしかかった。黄金色の毛並み。太く、しなやかな尻尾。雄々しい腕、強靭な脚。鋭い牙や爪。アスラが美しいと褒めそやしたものを、ラントは『醜い』と断じた。
「だが君のおかげで呪いは解け、元の人間に戻ることができた」
「私の、おかげ?」
あいにくだが人魚の呪いを解いた覚えも、自分好みの姿をした野獣をわざわざ人間に変えた覚えもない。
「僕に愛を誓ってくれただろう? おぞましい野獣だった僕に求婚してくれた。まるで獣人のような、怪物の姿をしていたにもかかわらず。それこそ『真実の愛』だ」
「いや、それは本当に好みだったわけで」
「ありがとうアスラ。姿に惑わされず僕を愛してくれて」
アスラが思いっきり姿に惑わされていたとは露知らず、ラントは礼を述べると居住まいを正した。
「改めて、君に言いたい。僕と結婚してほしい」
絶望的な気分でアスラは王子の顔を見た。表情は真剣そのもの。野獣を、獣人を貶したのと同じ唇で自分に愛を紡ぐ――これほど滑稽な求婚がこの世にあるかと思った。
きっと尻尾や牙がない状態だからラントは気づいていないのだろうが。
アスラは、獣人だった。
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