崖下のマリアベルー転生したら娘が悪役令嬢だった件

綿木絹

父と教師と娘編

第0話 父親になりたい

 どこかの世界、どこかの国

 誰かの領地の、どこかの建物の地下室。

 大きな空間だが、ここが何の部屋なのか、想像したくない。


 そんな不気味な空間で、俺はあの女と二人きり。


 勘違いしないで欲しい、そういうのじゃない。


 アレは俺が知っている人間じゃない。


 そして俺は今、立っている。


 立っているだけで口が渇いていく。


 重圧に飲まれているからか、それとも立つとはそれほど難しいことなのか。


「やり直し」


 また、同じことを言われた。

 歩くだけで、怒られる。

 どうして、怒られるのかが分からない。

 こんな奇妙奇天烈な世界で、貴族とかいうよく分からない世界。


 俺には一番無縁の世界。


「全く……、期待外れもいいとこじゃ」


 そんなこと言われても。

 それはこの体の持ち主のせいだろうに。

 貴族どころの騒ぎではない。

 目の前の化け物は触れることなく俺を殺せる。


 魔法とかいう、非科学的な何か。


「表情が硬い。それであの子の父親が務まるか。」


 ただ、その一言で俺のスイッチが切り替わる。

 何度も俺はあの子を見て来た。

 それも、ここじゃない世界から。


「もう一度、やらせてください。」

「当たり前じゃ。次はもっと負荷をかけるぞい」


 色気のある淑女と思いきや、あれで孫がいる年齢だという。

 そして、全盛期は傾国の魔女と呼ばれていたらしい。


 化け物、と呼んだ方が良いんじゃないかと思うが、化け物と呼ぶには美しすぎる。


 だが、舐めないで欲しい。


 あの子はもっと可愛いし、はっきり言って好きだ!


「負荷をかける?言ってる意味がよく分から……、ぬぉぉ‼」

「話し方がなっておらんな。もう一つ追加しておこうかえ?」


 強制的に猫背にさせられる、そんな魔法があるらしい。

 いや、体を操っているのだろうか。


 かなり遠くからだが、彼女を見たことがある。


 しかも、何度もある。父親になるのだから、娘を知らなければならない。


 だから、何度も見ている。


 でも、紳士として相応しくないから、遠くから。


 今はまだ彼女に近づいては駄目だ。


 気丈に振舞う少女、神秘的な美しさと儚さを孕む少女。


 決して見下さず、それなのに気高く、そして可憐な少女。


「ま、負けません。俺はあの子の父親になるんですから‼」


 そう、俺は彼女の父になる。


 義理の父親だが、父は父。


 生前では叶わなかった夢、あんな可愛い女の子の父親に俺はなる。


努努ゆめゆめ忘れるな。お主はあの子を、あの家を守らねばならぬ。」

「……でないと、俺は殺される。」

「そうじゃな。では、そろそろ婿養子の手続きにとりかかるかの。」


 そして、俺はあの子の元へ。


 父親を失った、少女の所へ。


 ただ、それはほんと、予想通りの始まりで。


「は?私、聞いていないんですけど。」

「でも、父親が居た方が貴女にとっても良い筈よ。この人は私たちの味方なんだから。」

「絶対に嫌です。こんな貧相な顔つきの男。」

「それは子爵様の五男ですから、生まれつきのものです。」

「お母様、考え直してください。」


 そりゃ、そうだな。

 俺も逆の立場だったら、認めたくない。

 こんな綺麗なお母さんが、お母さんじゃなくて女の一面を持っていたとか、……いや、これは俺が歪み過ぎているのか?

 分からない。結婚なんてしたことないし、それでもどうにか……。


 それにしても喉が渇く。

 緊張して、唇も口の中も喉もかっさかさだ。

 ここは客に飲み物も出さないの?

 いや、客じゃないか。

 彼女は俺との結婚を認めている、というかそういう指令なんだし。


「——ああ!ちょ、勝手に人んちのもの、食べないでよ……。それ、私が食べようと思ってたのに……。はぁ……、どうせお母様が決めたことだし。だったら、おばば様の関係者なのでしょうから?私が反対しても関係ないんでしょう?もう、いいわ。勝手にすればいいじゃない。でも、私は認めないからね!なんか貧乏臭いし、臭いし、キモいし、臭キモイし、それ以外も色々!私、予習してきます。学校に入学しないといけないんでしょ?」


 喉が渇きすぎて、無意識に赤い果実を齧ってしまった。

 彼女は激怒、いきなり押し掛けたのにやってしまった。

 彼女の母とは何度も打ち合わせをしたのだけれど。

 いや、打ち合わせというか指令を受けたというか。


「あ、あのさ、マリアベル……」

「うるっさい!私を呼ぶときは、ちゃんと様をつけないさい!この不潔男!」


 というのが、娘との最初の会話だった。


 ほんと、前途多難な予感しかしないスタート。


 でも、俺は——

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