第10話 資格と覚醒


 ケタケタと笑っていた大賢者リウムが、びったと笑うのをやめた。


「思わず笑ってしまいまして、申し訳ありません。」


「いえ、大丈夫です。」


「それは、ようございました。」


 僕がそう言うと、再びにっこりと笑みを浮かべて頭を下げてきた。


「此処では、落ち着いてお話が出来ません故、場所を移動いたしましょう。」


 そう言って大賢者リウムは、旧都の奥にそびえ立つ、旧王城へと僕らを誘って歩き出した。少し歩いていると、この都市は、人こそ住んでいないが、都市に必要とされる設備は、今でも稼働していると、オルティシアが、教えてくれた。


「例えば、どんな物が?」


「そうですね。あっ、殿下アレをご覧ください。」


 オルティシアが、少し先の方にある何かを指さしていた。僕は、指された方を見てみる。


「アレは、水車かな?」


「はい、そうです。あの水車がこの都市に必要な水をくみ上げる装置になります。」


 オルティシアが、そう教えてくれると、大賢者リウムが、水車の説明に補足を追加してくれた。


「あの水車は、この旧都が建設される前から動いています。動力は、水車中央に嵌め込まれた魔石です。」


「誰が、作ったの?」


「初代陛下と、私でございます。」


「えっ、そうなの?」


「はい、そうでございます。」


 僕は、それを聞いて驚いた。水車が、旧都が出来る前から存在している事にもだが、それが初代陛下と大賢者リウムによって建設された物であると言う事が、驚きに値することだったのである。


「そのお話も、おいおい致しましょう。まずは、旧王城へ参りましょう。」


 僕たちは、大賢者に促され、旧王城へ向けて再び歩みを進めだした。そしてしばらく歩き、旧王城の正門にたどり着いた。

正門を潜り、旧王城内に入った僕たちは、大賢者に導かれて、旧王城のとある区画にたどり着いていた。


「ここは、どんな場所なの?」


「この垂れ幕の中に入れば、お分かりになります。」


 そう言って大賢者は、垂れ幕を開け、僕たちを誘った。垂れ幕の内に入ると、そこは丸い部屋であり、その中央には、少し大きめの透き通った緑色をした石の箱が置いてあった。近づいてみると、中には、80~90歳くらいの人物が、鎧を纏い剣を両手に持った状態で眠っていたのである。


「殿下は、ご覧になったことがあるはずでございます。」


大賢者にそう言われて僕は、王城の歴人の廊下に掲げられている肖像画に、この眠っている人に似た人物が、書かれているのを思い出した。


「この人は、もしかして初代陛下?」


「そうでございます。」


 僕は、慌てて跪いて王国の葬送礼をとって祈りを奉げた。葬送礼を解いて立ち上がり、大賢者の方に向くと、初代陛下の遺体が、ここにあるのか説明してくれた。


「初代陛下は、御自分が死ぬ直前に際して、二代陛下と私に遺言なされました。自分の遺体に防腐処理を施し生前の状態に保つこと、それと王城に部屋を作り、棺をそこに安置することの二つでございます。」


「何で、そんな遺言を?」


 そう聞くと大賢者は、こう答えた。


「初代陛下は、こう言っておいででした。『自分の興した国の最期を看取るのが、私の務めだからだ。』と。」


 僕は、この言葉を聞いて、ここに眠っている人物の覚悟を感じた。己の興した国を死後も守り抜くと言う覚悟を。


「二代陛下と私は、このお言葉に覚悟を感じ、遺言を執行いたしました。こうして、この部屋に初代陛下が、埋葬されたのでございます。」


 大賢者もそう言うと、初代陛下の棺の前に跪いて王国葬送礼をとって祈りを奉げた。祈りを終えると立ち上がり、こちらに向いて、こう切り出した。


「それでは、エギル殿下。貴方様が、私に勉学を教わる資格が、お有りなるか試させていただきます。お話をしましょう。」






 私こと大賢者リウムは、目の前に座っている幼き王子を見つめていた。私の元に目の前の王子から手紙が来てからこうして直に会うまで、私は期待と不安と憂いを感じていた。実は、私の元で勉学をしたいと申したのは、目の前の王子だけではない、歴代の王たちもこぞって私に教え請おうとしていたのである。しかし私が、勉学を授けたのは、初代陛下と二代陛下の二人だけであった。


「何で、教えなかったの?」


 エギル殿下が、当然の疑問としてこのように問うてきた。私もこれは聞かれるであろうと思っていたので、理由を説明した。


「私が、初代陛下と二代陛下以外の方に勉学を授けなかったのは、傲慢故にです。」


「傲慢だったから、教えなかった?」


「はい、初代陛下と二代陛下は、私に勉学を教えてくれるように願われた時、どちらもこのように申しました。『先生に教えてもらえるのは、あくまでも自分の基礎になる事柄である、だがしかし、その上に何を建てるかは、自分の行動次第で決まる。その行動の指針と自分の基礎を、先生と一緒に作っていきたいと思っています。だから僕に勉学を教えてください。』私は、これを聞き二人に教えを授けることを決めたのです。」


 そこで私は、一旦言葉切り目を閉じて込み上げてくる失望を押さえた。そして目を開いて次の言葉を発した。


「ですが、他の王たちは、違いました。私の教えを受けることが、出来れば王座に就くことが容易になる、そのために力を貸せと手紙で催促するようになりました。私は、余りの自分勝手な要求をしてきた王たちに呆れてしまいました。ですが、それでも私は、王国の臣の一人です。私は、王たちの本心を確かめるために王都に赴きましたが、その欲望に塗れた願いに愛想をつかしてしまいました。それ以来500年、王族の教育には、携わってはいません。」


 そう話を終え、一息ついた時だった。エギル王子が、突然立ち上がり、床に両膝をついて頭を深々と下げてきた。私は、突然の事に動揺してしまい対処することが出来なかった。


「歴代の王たちに成り代わりまして、大賢者にして初代宰相、さらに王国貴族の一人にして救国の英雄たるガーベリウム・フォン・ノグランシア公爵にエギル・フォン=パラン=ノルドが、ノルド王族全てを代表し、お詫び申し上げます。」


「王族である殿下が、臣下に対してそのような事は、なさってはいけません。すぐにお立ち上がりください。」


 私は、急いで椅子から立ち上がり、殿下を立たせようとしたが、殿下は、動かれなかった。私は、困り果てて、殿下の後ろに控えていた衛剣たちを見た。彼らも、困惑を隠せないようであったが、女性の方の衛剣が、殿下に近寄り立たせにかかった。


「殿下、大賢者様も困っておいでです。何卒、椅子にお戻りいただけます様お願い申し仕上げます。」


「でも、僕たちがやったことだし。」


「殿下は、それを聞き申し訳ないと思われた、ならばその事を陛下に旅のご報告をされる際に申し上げるべきと考えますが、如何でしょうか?」


「うん、分かった。」


 殿下は、衛剣に促され立ち上がり、椅子に再び腰を下ろした。私は、その後に腰を下ろし、殿下に質問をぶつけた。


「殿下は、私に勉学を教わりたいとのご要望ですが、なぜそうなさりたいのですか?」


「僕が、人々を助けることが出来る力と知恵を、付けたいから。そのためには、土台と基礎を作ることが大切だと思うから、僕の土台と基礎作りに力を貸してください。先生。」


 殿下からは、この様な回答が返ってきた。


「分かりました、殿下。今日はもう遅い故、我が家にてご逗留ください。明日、ご要望のお返事をさせて頂きます。」


「うん、分かった。」


 私は、殿下に明日回答することを伝え、殿下もご納得されたのであった。そして、私は、殿下たちを伴い、旧王城に設置している転移門を使い、山頂の我が屋敷に帰宅したのであった。






 【私は、殿下のこの言葉を聞く前から決めていたのかもしれない。殿下を教え導くことが我が国の大きな一歩に繋がるのではないかと云う事を。この時は、漠然とした考えであったが、それは数年後に実感を伴った確信へと変わっていたのを私は、よく覚えている。】これは、帝国歴2000年を記念して公開された大賢者リウムの回顧録の中の一節である。大賢者リウムは、この時の出会いを三度の竹馬の友との出会いと呼んでいた。この時の出会いが、再び大賢者を歴史の表舞台に立たせる切っ掛けとなったことが、王国のひいては、帝国の礎になったことは疑いのない事実である。






 僕は、夢を見ていた。これは、夢だと分かる夢である。僕は、今日あったことを思い出していた。今日は、大賢者リウム殿との話を終えて、彼女の屋敷に招待され、歓待を受けた。その中でビックリしたことが、二つあった。

一つは、一の山小屋のご主人が、大賢者リウムの旦那さんであったことだ。大賢者リウムと結婚してもう百年以上になるらしい、ではなぜ、山小屋の主人をしているのかと言うと、働きたかったからと、宿を経営したいと思っていたため、思い切ってやってみたとの事だ。

二つ目は、僕の衛剣に任命された女性騎士、オルティシア・フォン・スホラーゼルが、大賢者リウムの孫であるという事だった。

その様な事もありながら、大賢者の屋敷の客間で就寝し事を思い出した。


「そう言えば、前もこんな事があった気がする。」


「そうですね。再びお会いしましたね。」


 そんな疑問に答える声が聞こえた。「えっ」と思い回りを見回すと、その人がそこにいた。


「お久しぶりですね、エギル君。」


 その人は、煌びやかな服を纏い、頭にティアラを載せた女性であった。この女の人、どっかで見たなあと思っていると、頭にある光景が浮かんできて、思い出すことが出来た。


「お久しぶりです、創造神様。」


 僕は、創造神様にお辞儀をした。すると創造神様が近づいてきて、頭を撫でてきた。


「いい子いい子、です。大変よくできました。」


 僕は、余りにも子ども扱いする創造神様に若干嫌気がさしてきていたが、何かあってここにきているのだと思い、創造神様に聞いた。


「あの、何かあるんですか? 創造神様。」


「エ~、そんな事よりも、もう少し撫でさせてください、癒させてください。」


  ゴチン


「殴りますよ。」


 僕は、創造神様のふざけっぷりに鉄拳制裁で答えた。


「殴ってから、言わないでください。」


 そう言うと創造神様は、ようやく本題に入ってくれた。


「今から見せる事は、この先起きるかもしれない事です。この未来にならないために貴方には、辛いことが待っているかもしれません。それでも、見ますか?」


 創造神様が、そんな選択を迫ってきた。しかし僕は、その問いにこう答えた。


「今から見せる事が、僕にとって一番つらいことなんだよね。」


「はい、そうです。」


「じゃあ、もう答えは、決まっている。見ます。」


 僕がそう答えると、創造神様は、すごく申し訳ない顔をした。


「貴方ばかりに、負担を掛けさせて、ごめんなさい。」


 そう言って謝ってきた。僕は、創造神様の肩に手を置いて、こう言った。


「大丈夫です。」


 そう言った僕の瞳を見た創造神様は、決意を固め、とある情景を写し出した。


 その情景に写し出されたのは、まずは炎。炎が至るとこで燃え上がっていた。

次に人。夥しい数の人の遺体が其処ら中に散らばっており、中にはもがき苦しんでいる人も見えた。

次に建物が眼に入った。その建物は、今日の昼間に見た、旧都の建物であった、だが現実と違うのは壊されていたり、燃えていたりしていることだ。

そして、最後に目に入ってきたのは、王冠を被った男が、若い男を殺し立っている姿であった。

この時、僕の頭に有った前世の記憶の封印が外れた。


 それは、前世の僕が、遊んでいた乙女ゲームと呼ばれる物であり、その中のシリーズ物の一つ〔咲く花〕・〔咲く華〕シリーズの最初の作品〔王国に咲く花 夜天に輝く眩い星〕の全てのルートに共通するシーン〈旧都陥落〉のシーンであったのだ。

このシーンで、〔デイ・ノルド王国〕の大半の貴族が戦死したことにより、王国の統治の土台が、消失してしまい、この作品の十年後を描いたシリーズ最終作〔大陸に咲く華 真に輝く大地の星〕において、〔デイ・ノルド王国〕は滅んでいる状態になっているのである。

 そして、もう一つ気づいたことがあった。それは、先ほどの情景にも〈旧都陥落〉のシーンにも、ましてや第一作の全ての事柄にも、僕は存在していないと言う事であった。


 そう僕は、存在しないはずの王子として、乙女ゲームの世界に転生した。その事に気づいたのであった。


 そんな状態の僕に対して創造神様は、ある事を言って来た。


「エギル君。君がこの悲劇の運命を変えるのです。」


「僕が、悲劇の運命を変える。」


「はい。この悲劇の運命を変えることによって世界の人々が救われることになります。」


 創造神様は、僕に世界の人々を救ってくれと言って来たのであった。その時、またも前世の記憶の封印が解かれた。それは、なぜ前世で科学者を目指したのかという根本的な事であった。


 『世界の人々の笑顔を見るために。』


 僕は、その言葉がしっくりと来た。なぜなら今の僕も前世の僕と同じ考え方をしていると分かったのだから。

そして僕は、決意した。


「僕が、この悲劇を回避してやるよ。そして世界の人々の笑顔を守ってみせる。」


 そう宣言をした時、夢から覚めた。だがこのことはしっかりと記憶していた。

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