第3話 誕生と熱


 〔デイ・ノルド王国〕首都 〔ハルマ―〕王城 国王執務室


 【私こと、アランディア・フォン=フェニア=ノルドが国王に即位をしてから3年の月日が経とうとしていた。

 この2年間は、怒涛であったと言える。即位して1年間は、先王である父が組織した体制におんぶに抱っこの状態である。これは、国政の停滞させないための手段である。私は、そんな彼らに支えられながら国政に邁進することができた。それでも、王太子の頃を比べるのも馬鹿馬鹿しい位に忙しく、なんとか喰らい付いて行ったという状態であった。

 それに伴って、2年目から私を支える新たな組織体制作りも行われていた。それが、新宰相、新大法院院長、新枢密院議長の選出と任命である。この三つの最重要ポストに誰をつけるかによって、私の王としての資質を示すことになる大事な試金石の一つであった。


 私は、先王である父、父のもとで宰相であった人達、ジル兄上やガルなどにも相談をしながら選出を終え、3人の人物を任命し、その3人の元、新たな組織体制が構築されていった。

 先の体制から新体制へと滞りなく引継ぎが済んだ頃、私の2年目の王としての日々が始まった。


 それは、我が国のハネムーン期間が終わったと言う事でもあった。

新年を迎え数週間が立った頃、我が国と国境を接する北の小国の大使が私に面会を求めてきたのである。面会に応ずると、大使は、いきなり賠償金を払えと要求してきたのである。

大使の申すことによれば、我が国が大使の国によりも、不当に安い値段で木材を輸出しているというのだ。それにより大使の国の木材が売れなくなって困るっている、だからその償いとして賠償金を支払えと要求したとの事だった。

 私は、その場での返答を避け、大使を別室に下げさせた。そして宰相はじめする内閣を招集した。

 御前会議を開催し、対策を話し合った。この会議の時、商務と農務の二人の大臣から有益な情報がもたらされた。

大使の国は、元々良質な木を生産することで知られていた国であったが、ここ数年の山崩れなどの災害により、良質な木が少ししか採れず、粗悪な木が増えてきた。その粗悪な木を良質の木と偽り、今までの数倍の値段で輸出をし暴利を貪っていた。その事により、商人たちからの評判を著しく下げていたのである。

そこに我が国が、良質な木材や木の加工品の販路を開拓し、適正な価格で輸出をしたことにより、大使の国への輸入依存が激減したため、今回の騒動につながったとの報告であった。

私は、再び大使を謁見の間に呼び出して、賠償金の支払いの拒否を伝えた。大使は「後悔なさいますぞ。」と捨て台詞を吐いて、謁見の間を出て行った。

私は、出ていく大使の背中を見ながら、「そちらがな」と呟いて、同席していた軍務卿に王国軍の出兵を命じた。

私の命を受けた軍務卿は、直ちに北方守護を担う[第五騎士団]と遊撃を担う[第六騎士団]、さらに[第二混合師団]を大使との国の国境付近に出撃させ、諸侯にも厳戒態勢と[諸侯軍]の編成を依頼した。

それから数週間後、我が国が準備万端整っている所に大使の国が宣戦布告、軍を派兵した。その数、7500人。国境を超え意気揚々と攻め寄せた軍であったが、そこには、約二万の[王国軍]と約一万の[諸侯軍]が待ち構えてあり、大使の国の軍は、圧倒的戦力差によって蹂躙され壊滅した。国境を越え母国に帰れたのは、わずか数人であった。

その結果を受けて私は、国境を越えての進軍を禁じ、対陣せよと命令を発し、私自身も最前線に向かった。軍務卿と外務卿を伴って。

数か月後、私が最前線の城で相手の国の動向を伺っている時、王都からの早馬が到着した。私は、何かと訝りながらも手紙を開くと、そこにはこう書かれていた。

『第二王妃陛下、ご出産。第一王女殿下、御誕生。母子ともに健康。』

と言う慶事を告げるものであった。

そして翌日、王女の誕生という慶事に沸く[王国軍]の城に、相手の国から和睦の使者がやってきた。

使者は、賠償金を払うので和睦をしたいとの旨の文書を持ってきた。しかし、私は賠償金だけで足りないと言い、不可侵条約の締結を求めた。様なくば、国境を超えると脅して。

使者は、その条件を飲み、相手国との間で不可侵条約の締結と相手国からの賠償金の支払いを受け、私は、国境警備の部隊を除く全軍と共に王都へ凱旋したのであった。


 王都に、凱旋し妻たちが迎えてくれた、妻の腕に抱かれている娘の顔初めて見た時に、生きて帰ってくることができたと実感したのを覚えている】



 私は、そのような事を日記に綴り娘が生まれた時のことを思い出していた。


 日記を閉じた私は、椅子から立ち上がると、執務室中をウロウロと歩き始めた。なぜそんな事になっているかと言うと原因は今から7ヶ月前にさかのぼる。



 7ヶ月前 〔デイ・ノルド王国〕首都 〔ハルマ―〕王城 後宮


 今日は、休暇である。この所、戦後の後始末に忙殺されていた、私を気遣った秘書官から、今日と明日の2日間は、予定を入れないのでゆっくりと過ごすようにと言って来た。

私は、妻たちと娘がいる後宮へと足を運んだ。この一ヶ月は、後宮に帰ることができていなかったので、久しぶりの帰宅である。


 王宮から後宮に通じる廊下を渡り後宮内に入ると、妻たちが今どこにいるのかを知らないな思い、近くにいた侍女に妻たちが今いる場所を、聞いた。


「王妃様方でしたら、現在は、迎賓の間においででございます。」


「迎賓の間に。」


「はい、先王ご夫妻とアルドール公爵ご夫妻、マルソトス伯爵ご夫妻が訪ね来られまして。」


「分かった。取り合えず、行ってみよう。」


「ご案内いたします。」


 私は、侍女に先導されながら、迎賓の間に向かった。迎賓の間とは、後宮が設置された場合、後宮の内部に入れるのは、原則として女性しか立ち入ることはできない。例外は、後宮の主である王と、十歳までの王子王女だけである。そのため、十歳以上の王子王女と妃たちの家族は後宮に付随して建てられてる建物で面会をするのである。それが、迎賓の間である。


 私は、侍女に先導されながら後宮の廊下を歩いて、迎賓の間の後宮側の扉にたどり着いた。コンコンコンと侍女が扉をノックした。


「国王陛下が参りました。」

扉が内側から開くと、そこには楽しく談笑をする妻たちの姿があった。私は、部屋に入ると、それぞれの両親に挨拶をした。


「父上、母上、ご機嫌麗しく。」


「うむ、よく来た。」


「ええ、いらっしゃい。」


 先王夫妻に挨拶し。


「アルドールの義父上、義母上、ご機嫌麗しく。」


「「これは、陛下。ご機嫌麗しゅうございます。」」


 アルドール公爵夫妻に挨拶し。


「マルソトスの義父上、義母上、ご機嫌麗しく。」


「「」陛下、ご機嫌麗しゅございます。」」


 マルソトス伯爵夫妻に挨拶し、妻たちに挨拶を行った。


「マリア、ステラ、おはよう。」


「おはようございます、陛下。」


「陛下、ご機嫌麗しゅうございます。」


 そして、ステラの腕に抱かれている赤ん坊にも挨拶をした。


「アリベル、おはよう。」


「キャッキャッ。」


と言う、挨拶を返してくれた。

この女の子こそ、私が遠征時に生まれた。ノルド王家第1王女である。名前は、アリベル・フォン=ロアス=ノルド。年齢は、六ヶ月である。アリベルは、今日は機嫌がいいのか、キャイキャイと言いながら、私に手を伸ばしてきた。私は、ステラからアリベルを預けてもらい、抱っこしてあやすと、うれしそうにしている。

 ふと隣を見ると、マリアが口を押えて顔を横に向けて気持ち悪そうにしていた。


「どうした、マリア。」


「申し訳ありません、陛下。少し吐き気がいたしまして。」


 そう言うと、母上たちが、マリアの背中をさすりながら侍女たちを呼んだ。


「誰か、侍医を呼んできて頂戴。そこのあなた、タオルを持ってきて。」


 母上たちは、何が起こっているのか分かっているらしく、侍女たちに指示をすると、こちらを非難している様な眼で見てきた。

父上たちは、分かっているのか、私に立つように促すと、王宮側に通じる扉に私をいざなった。

 私は、アリベルを抱っこしたまま、扉を出て王宮側の控室で待ち惚けを喰らっていた。


「どうしたのだ、マリアは。大丈夫であろうか?」


 そんな事を言いながらあっちに行き、こっちに行きと部屋の中をウロウロしていた。それを見ていた父上が呆れたように、声をかけてきた。


「アラン、少しは落ち着け。」


 父上が、私に落ち着くように言って来た。何を、無責任な事をと思い、思わず声が出てしまった。


「父上たちは、心配ではないのですか。なぜ、そんなに落ち着いていられるのです。」


 アリベルが、私の声にびっくりしてしまったため泣き出してしまった。私は、アリベルをあやしていると、父上たちがこんな事を言って来た。


「陛下、僭越ながら私は何度も経験しておりますので、御心配には、及びません。」

「わしは、お前を含めてこれで五回目だ。」


「私も、これで九回目でございます。」


 アルドール公爵、父上、マルソトス伯爵の順でこれは、大丈夫なもので安心しろと言って来たのである。

それから1時間くらいが経った時、迎賓の間に通じる扉が開いて、女性の侍医とアリベルの乳母が出てきた。

乳母に、アリベルを渡すと、侍医の方へ向き直った。


「陛下、診察の結果をお伝えいたします。」


「どうであったのだ。マリアは無事なのか。」


「はい、御無事です。お喜びください。」


「はぁっ、どういうことだ。」


「ご懐妊でございます。おめでとうございます。」


 私は、それを聞いて頭が真っ白になった。私は、フラフラと近くの椅子に座り、侍医の言葉を反芻した。懐妊した、赤ん坊ができた。2人目ができた。そんな事を考えていると、誰かに肩を叩かれた。


「でかしたぞう、アラン。」


「「陛下、おめでとうございます。」」


 私は、その言葉を聞いてようやく現実に追いついて、喜びを爆発させたのであった。



 そんな事を思い出しながら、執務室を歩いている今日この頃である。


 実は、今日の昼、マリアが産気づいたのである。その知らせを受け取ったのが私が執務をしている時間であった。私は、取るものもとりあえず、産屋に向かって走っていた。だが、「男は立ち入り禁止、すっこんでな。」と産婆に言われてしまったのである。私は、仕方なく執務室に戻り執務を再開しようとしたが、まったく集中ができなくて、日記などを書いて、暇をつぶしていたのである。


 そして執務の時間が済み、私が再び産屋の前に行き今度はその扉の前で待機をしようと腰を下ろした時。

それは、聞こえた。


「オギャオギャオギャ」


 それが、聞こえてすぐに扉が開いた。侍女が扉から出てきて、私を発見すると。


「陛下、お喜びください。男の子でございます。王子殿下の誕生でございます。」


「そうか、男の子。……。男の子か、マリア、よくやってくれた。」


 それからは、上や下へと大騒ぎとなった、王家に待望の跡継ぎが誕生したのである。

誕生した王子王女に名をつけるのは、祖父となる父上の役目だ。父上は、誕生した王子に《エギル》という名前を送った。

エギルが、生まれて100日が経った時、神殿から洗礼名が授けられた。《パラン》、それは古代にあった、秘宝の名前である。そんな偉大な名前を神々から貰った息子を誇らしく思った。

 そして、王子のお披露目が行われる日、王城前の広場には大勢の国民たちが集っていた。私は、皆がこの子の誕生を喜び祝福してくれているのだと、うれしくなり涙が出てきた。


「陛下、お時間でございます。」


 儀典官が、私たちを呼んだ。私は、涙を拭きバルコニーに家族と共に進み出た。


「うおおおおおおーーーー」


 国民たちが、私たちの登場に観声をあげている。

そしてバルコニーにすべての王族が出ると私は片手を挙げた。すると国民たちの歓声がやんだ。


「国民諸君、集まってくれて、ありがとう。我が国に新風をもたらす者が生まれた。」


「紹介しよう、エギル・フォン=パラン=ノルド。我が息子であり、皆の息子である。」


 その言葉を言ったとき、国見の大歓声が響いた。ふと、エギルを見るとこれだけの大歓声であるのに、穏やかに寝ているのである。

私は、この子が、私を大きく超えると感じたのである。

それから、すくすくと成長していったエギルが3歳になる1ヶ月前に事件が起きたのである。


 その日、私たち家族は、王宮と後宮の間にある中庭でピクニックをしていた。アリベルは、エギルと手をつないで一緒に遊び、私たち夫婦もそれを見ながらくつろいでいた。

そこへ、アリベルの叫び声が聞こえてきた。


「エギル、エギル、どうしたの、へんじして。」


 私たちは、只ならぬものを感じ急いで、アリベルとエギルの居る所に向かった。そこには、エギルが仰向けに倒れていて、それを、アリベルが必死に呼びかけている姿だった。

私は、アリベルをエギルから離し、妻たちに預けて、エギルを抱え上げた。そして額を触るとものすごい熱を感じたのである。これはただ事ではないと確信し、私は衛兵と侍女たち呼んだ。


「衛兵、衛兵。今すぐ侍医を呼んでまいれ。」


「侍女たちは、直ちに寝床の用意を。」


 その言葉を聞き、皆、自らかしなければならない事に取り掛かった。



 後宮に、すぐに用意されたベットにエギルを寝かし、侍医たちの診断を待った。


「陛下、終わりました。」


「どうなのだ?」


「手を尽くしておりますが、正直申し上げて、分かりません。」


 私は、絶句して言葉が出なかった。


「熱が高い状態で続いています、この一月が山かと。」


私は、その侍医の言葉に絶望を感じてしまったのである。私、その言葉を聞いた後、庭に出て北の空を見上げ、神に祈った。


「エギルを、奪わないでくれ。」と。

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