アレクの旅

水無月 央

オリエント王国

第1話 始まり

『祝福』と『呪詛』

 それは相反していて、同義である。


 *


 オリエント王国、首都ストリア。

 その端にある小さなギルドの受付にて、茶色の瞳に茶色の髪の青年が黒色のローブを羽織って依頼の受理をおこなっていた。


「本当にこの依頼でいいんですか?本当の本当に?」


 受付の職員が何度も念押すように確認してくる。


「はい、この依頼で大丈夫です」


 職員の態度に反して、落ち着いた様子で、アレクは答える。


「うーん」


 唸りながら、何か言いたげな様子に苦笑いを浮かべ「この依頼に何か問題でもあるんですか」と尋ねる。


「ああ、問題と言うか、いわく付きと言いますか。あのですね、この依頼、20年前からあるそうなんです。私も訊いた話で詳しくはわからないのですが。誰も達成出来ていないんです。この間、この依頼を受けた人も無理でしたし」


「現物はあるのに」、ボソリと零された言葉にアレクは依頼の紙に視線を向ける。

 四つの花弁に、茎の短い、紫の花。そこらへんの道端に咲いていそうな変哲もない花。依頼内容は単純にその花の採取。


「この花は有名なんですか?」


 依頼の紙を指でトントンと軽く叩きながら尋ねれば、受付の女性の顔が驚きの表情に変わる。


「ご存知な!いや、待って。リオネスの花を読んだことがないなら有り得るの…か。でも、私の周りでは…」


 職員は、机に肘を置き頭を抱えている。

 その様子にアレクはどうしたものかと、困った表情を向ける。


 ーーとりあえず、達成出来てない理由だけでも教えて貰いたい。有名なのか訊くのは間違っていたな。


「あの…」

「あ、ごめんなさい。そうでした。有名かどうかですよね。えっと、有名です」


 声をかけられ正気を取り戻した職員は、顔を上げしどろもどろに答える。


「ああ、まあ、そんな感じはしていました。どの様な理由で有名なんですか」

「理由としては、リオネスの花、と言われる絵本に出てくるんです。元々はリオネスのみの発行だったのですが、こちらまで流れ込んできて」

「ああ、そう言うことですか」


 納得したところで、本題へと移る。


「達成できない理由はどうしてですか」

「んん、えっとなんと言いますか。私もよく分からないのですが、依頼を受けた皆さん口を揃えて採取出来なかったと」

「採取出来ない」

「はい。花を折ろうとすれば、咲いていた花が萎れみるみるうちに枯れてしまうそうです。それならばと、根から引き抜こうとすれば萎れはしませんが、国を出た途端砂に変わってしまうそうです」

「…それは昔からなんですか?」

「いえ、ちょうどこちらの依頼が申し込まれた頃からなので…」

「…20年前」

「はい。それ以前は本の影響もあり人気も凄く。お土産としても、有名でした」


 ーー20年前に何かあったのか。


 右耳のピアスに触れながら依頼書を眺める。


「どうされますか?やめときますか?」


 断ると思っているのだろう、表情からその様が滲み出ている。


「いえ、受けます。手続きお願いします」


 採取できなくても、この依頼を受けない理由にはならない。

 どのみちこの花の採取はしなければならないのだ。


「それではこちらに腕輪をかざして下さい」


 平らな石版の魔導具。その上にシルバーの腕輪を左手首につけたままかざす。冒険者の証となり身分証ともなる腕輪型の魔導具。

 数秒後、職員から受理できたという言葉を訊き手を戻す。


「依頼の手続きは完了しました。何か聞いておきたいことなどありませんか?」

「リオネスへの移動手段をお聞きしたいです」

「移動手段としては、乗り合い馬車かメディルム帝国を通って入国するかになります」


 目の前に地図を広げられ、なぞりながら行き方を丁寧に説明される。


「乗り合い馬車は、明後日までお休みなになっています」

「この道は通って行けないのですか?」


 地図をなぞりながら尋ねる。


 ーー確か昔はここを通って行けたはずだ。この森は三日で抜けれたはず。


 オリエント王国とリオネス王国の隣接部。


「そこは迷いの森と言われ、数年前から行方不明者が絶えないものですから移動手段をお伝えする時お伝えしないようにしているんです。好奇心で入られる方もいるので」

「そうなんですか。行けないわけではないんですね?」

「ええ、まあ。一応は」

「わかりました」

「…森を抜けようと思っていませんよね?」

「まさか。船で行きますよ」


 職員の表情からは、本当だろうなという疑惑の念が感じられる。この職員、感情表現が豊かなのはいいが、些か表情に出過ぎだ。ギルドの受付として大丈夫なのか、といらない心配を抱く。


「では、行ってきます。ありがとうございました」


 まあ、僕には関係ないとお礼を言って出久へと向かった。

 アレクは職員の「気をつけて行ってらしゃいませ」の言葉を背にローブのフードを深く被った。

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