第43話 女騎士

「お前がベリアルか」


「そうだが……?」


 そう答えると女は、目にも止まらぬ速さで剣を抜き、俺の首に掛けて来た。


「やめておいた方がいいぜ? 色々後悔するぞ?」


「…………勇者をに戻せ」


「ふ~ん。あんなのを味方するのか」


「…………事情は聞いている。だが、それでもあいつには世界を救って貰わなければならない」


「世界ね~あんなやつで救えるのか?」


「腐っても勇者。『光の力』が使えなければ、魔王は倒せない」


 伝説に伝うのは、かの強大な魔王は、『光の力』でのみ倒せる事が出来るそうだ。


「やってみなきゃ分からないだろう?」


「いや、分かるさ」


「…………負けたのか」


「…………ああ」


 目の前の女騎士がどれ程強いのかくらい、戦いに身を置いてない俺でも分かる。


 第二王女も凄まじい迫力だったが、その比にならない程に目の前の女騎士は強い。


「魔王がここまで着く・・まで時間がない。大犯罪者になろうとも、ここで何としても勇者を通りにしてもらう」


 彼女の決心は固いようだ。


 その証拠に、彼女を囲う衛兵や王女の睨みも物ともしない。


「頼む。魔王を止めたい」


 彼女の真っすぐ見つめる瞳に深い信念を感じる。


「隣のそれは?」




「ここに来る前に勇者とお前の事を聞いた。今更許してくれと言うのも申し訳ないが、私に出来るかぎり、こいつに償わせている。だから――――頼む。こいつを許してやってくれ。魔王さえ倒せば、お前が気が済むまで何でも言う事を聞こう」




 地面に頭を擦り付ける程に土下座しているクレイに冷ややかな視線を送る。


「スカーレットと言ったな? お前は何か勘違いをしている」


「勘違い……?」


「お前がどれだけそいつを償わせたとしても、それは俺が償わせた訳ではない。お前が好き勝手にした事に、どうして俺が満足しなくてはならないんだ」


「っ!?」


「お前は俺に我慢しろというのか?」


「…………ああ」


「ふっ。話にならないな」


「…………」


 彼女の目に力が入る。


「お前に何が出来る? 俺があいつに受けた絶望に比べて、お前は俺にそれを越える何が提供出来るんだ?」


「っ…………」


「俺には、お前なんかと比べられないくらい、綺麗な妻が沢山いる。身体すらいらん」


「くっ……」


 睨む瞳と手に持った剣に力が入って行く。


「スカーレット殿。やめておいた方が良い」


「……ゲラルド殿。貴殿もこいつの悪の手に染まってしまったのか」


「ベリアル様は我々に素晴らしいモノを与えてくださった。勇者よりも余程のな」


「…………」


 仕方なく剣を引く女騎士。


 だがここで下がるとは思えない。


「一つ提案しよう。これを乗り越えられたらお前の言う通り、勇者のあれ・・を治してやってもいい」


「!?」


「だがいいのか? 勇者なんかのために自分のを売る事になるが?」


「…………構わん。それで世界が救えるのなら安いものだ」


 堅い人物として有名なのだが、まさか自分の命をこんなに安く見積もっているとは思わなかった。


 いや、それくらい魔王とやらが強く、その脅威から何かを守りたいのだろう。


 ゲラルドに事前に用意していた場所に彼らを案内させる。


 肩を落とすクズクレイに心の底から笑みが零れそうになるのをぐっと堪える。まだだ……まだ早い。



「ふ~ん。思っていた以上にセコイわね」


「ん? 貴方様は…………」


「初めまして、オリビアと言うわ」


「初めまして、ベリアルと申します」


「う~ん。あまり強そうではないね?」


 オリビア様が俺の全身になめまわすかのように見回す。


「俺は戦いに向いてませんから」


「本当にそうね。一瞬で殺せそうだわ」


「…………」


「ふふっ。そんな怖い顔はしなくていいわ。貴方の力をもっと楽しんでからるから心配しないで」


 目の前の彼女に『指定』と『条件変更』を付与してみる。


 やはり効かないな…………一体どういう事だ?


「へぇ……意外と落ち着いているじゃん? それは何? 貴方のなの?」


「力……?」


 そう思った時、俺の頭の中に『憤怒の指定を受領しました。色欲の力で無効になります』と謎の声が響く。


「っ!? これは?」


「貴方が先にやったでしょうに。私も驚いたわ。まさか――――効かない人間がいるなんてね」


「…………つまり、オリビア様もその類の力があると?」


「ええ。経験してみる? 凄いわよ?」


 怪しい笑みを浮かべるオリビア様に俺は首を横に振る。


「今から勇者の楽しいショーが待っているんだ。後にしてくれると助かる」


「ふふっ。そうだったわね。ねえねえ、勇者に何をするの?」


「見に来ますか? まだ――――始まったばかりですが」


「見に行くわ! 楽しそうだもの!」


 ピクニックにでも行くかのような彼女は、軽い足取りで俺の右手に絡んでくる。


 戦闘狂と有名らしいが、触れた彼女の腕は女性らしく柔らかく、全身から優しい香りが広がっていた。



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