第8話 ミレイアさんの手料理

「ミーシャさん。お疲れ様です」


「ベリアルさん。今日もありがとうございました」


「いえいえ、これから家に帰られるんですか?」


「そうですね」


 シャワーの後なのか、ほんのりも甘い匂いがする。


「ご一緒します」


「えっ!? い、いいんですか?」


「はい。ミレイアさんには少し用事があるので」


「あれ? お母さんにですか?」


「ええ」


 不思議そうな表情になるミーシャさんだが、それもそうで、昨日はあまり良い出逢いではなかったからな。


「そこは気になさらず、さあ、行きましょう」


「はいっ」


 ミーシャさんは俺の腕にくっつくかと思われるくらいの距離をぎりぎりに維持して歩いてくれる。


 お店でも気遣いが良いと人気があるとの噂を聞く。


 彼女との帰り道はわりと楽しく、何気ない事でも笑顔になれるくらい幸せを感じた。


「ただいまー」


 家に入るや否やミレイアさんが降りて来てはミーシャさんには目もくれず俺に駆け寄る。


「ベリアルくん! お帰りなさい」


「ただいま。ミレイアさん」


「ミーシャもお帰りなさい」


「え? た、ただいま!」


 驚くミーシャさんの背中を押して、固まっている彼女を中に誘う。


「さあ、二人とも、ご飯出来てるから来て!」


 リビングに案内されると、テーブルには美味しそうな料理が沢山並んでいた。


 数時間前から準備したに違いないな。


「沢山あるから好きなだけ食べてちょうだい」


「ありがとう。ミレイアさん」


「うんうん。若いうちは沢山食べておかないとね」


 勧められるまま、料理を食べ進める。


 思っていたよりもずっと美味しい。


 寧ろ、外食の料理よりも美味しい?


「お母さんは昔から料理が好きで、よく作ってくれてたんですよ?」


「なるほど……確かに、これは美味しいですね」


 俺とミーシャさんは鼻歌を歌いながら次々料理を作ってくれるミレイアさんを横に、どんどん食べ進めた。


「ごちそうさまでした。お母さん」


「ミーシャ! たったそれしか食べないの? もっと食べなさい!」


「えっ!?」


 実際殆どは俺が食べていて、ミーシャさんはあまり食べていないのが事実だ。


「い、いいの?」


「まだ沢山あるから、何か食べたいのあったら言ってね。明日作ってあげるから」


「本当!? じゃ、じゃあ! 明日はオムライスが食べたい!」


「あんたね。そんなもんがいいの?」


「うん! お母さんのオムライス食べたい!」


「分かったわ。だからちゃんと食べて働いてちょうだい」


「うん!」


 嬉しそうにミーシャさんも食べ始め、結構な量を食べ終えると、本当に幸せそうにニヤけながらミレイアさんを見つめる。


「ベリアルさん」


「はい?」


「…………ありがとう」


「…………ええ」


 ここまで豹変した母の姿に違和感を感じないはずもない。


 特に彼女は、そういう所は敏感なはずだ。


 だって、母の愛が最も欲しかったのだろうから。


 席を立ったミーシャさんは彼女に「いつのも場所に置いておくね」と言い残し、珍しく2階にある自分の部屋で眠りに向かった。


「あの子が家で寝るなんて、珍しいわね」


「そうなんですか?」


「最近はずっとお店の方で寝ていたから……」


「こんなに沢山食べて眠くなったのかも知れませんね」


「まあ、それならいいわ。あの子に倒られても困るし」


 すぐに淫乱な表情を浮かべて俺に視線を送る。


 まあ、お邪魔がいなくなれば、そうなるだろうな。これもある種仕事だと思えば、そう苦でもない。


 そのまま寝室に向かい、時間制限の作業・・を行った。




 ◇




「ベリアルさん。おはようございます」


「ミーシャさん。おはようございます」


 よく眠ったようで、少しぼさぼさの髪のまま降りて来るミーシャさんを迎える。


 外はすっかり暗くなり始めているが、俺達にはここからが仕事の時間なので、食卓に並んだ夕飯はある意味朝ごはんでもある。


「お母さんは?」


「どうやら疲れて眠ったみたい」


「そうでしたか。じゃあ、せっかくですし、朝ごはん頂きましょう」


「そうですね。頂きましょう」


 少し冷めた食事は意外にも冷めても美味しいとさえ思えるくらいだ。


「それにしても、本当にミレイアさんは料理が上手ですね」


「はい。明日のオムライスは期待しててください! すっごく美味しいんですから!」


「ええ。凄く楽しみにしています」


 その日から、ミーシャさんとミレイアさんとの生活が続いた。

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