第96話 西国統治の開始
1601年 3月1日より順次東国から西国への帰参大名の受け入れが開始されていた。
その任に当たるのは織田秀信である。
そしてその任の補佐に津久見は二人の青年を派遣していた。
一人は
石田重成。三成の息子で18歳。
もう一人は
大谷
津久見は2人に向かってこう言った。
『新しい世を作るのに大事なのは、若い力です。あなたたちは父の仕事振りを良くもて来たと思います。今度は現場にて学んで来なさい。』
と。
二人は秀信を良く支えた。
そして二人とも仲良く、切磋琢磨していった。
石田三成と大谷吉継の時と同じように。
順次東国帰参大名の受け入れをしていく。
秀信を始め西国の者達は礼節をもってこれに接した。
その対応に帰参大名はひどく感銘を受け、自国に入城するや、すぐさま大坂城へ秀頼に挨拶に向かっていた。
(あの二人、良く働いているな)
と、大坂城でその取り次ぎの仕事をしている津久見は、次々と来城する帰参大名を見て思った。
帰参大名はまず、広間に集められ、津久見や長束、前田、増田からこれまでの経緯を説明した。
そして減封・転封はなし。
年二回の豊家への五分の献上。
特産品の生産、治安維持云々…。先の大坂会議での決定事項を伝えた。
諸大名は一様に感動した。
東軍に加担しておきながら、仕置きなし。それどころか、今までとはまるで違った世を作る。その一翼を担う事ができる、と。
特に浅野長政は紀伊に23万石を安堵された事を深く感謝した。
こうして豊臣秀吉時代の五奉行が再度西国に集結することとなったのである。
広間での説明が終わると、順次豊家への誓詞を認め、謁見の間で秀頼と対面。
そして、各々領地へ帰って行った。
そんな中、西国に領地を持たない男が一人いた。
真田信繁であった。
信繫は秀頼への謁見に一際感動し、涙を落し広間を後にした。
そんな信繫に津久見は声をかけた。
「信繫さん?ですよね?」
信繫は振り返る。
身長は180cmこの時代のの平均身長の160cmを悠に超える高さであった。
髷を結いてるその髪は色艶があり、その目で3秒と見つめられれば吸い込まれてしまいそうな透き通った目…。
「おお!!!!これは治部殿!!久しぶりでございますな!!」
「久しぶり?ですね…。」
津久見はこの二人の関係性を良く知らない。
(石田三成と真田幸村?)
と、はてな顔である。
「治部殿いかがいたしましたか?その様な顔をなされて。」
「あ!いや、大丈夫です。ところで…。」
と、津久見は真剣な顔で言った。
「何でござるか?」
「真田家と徳川家は今どの様な状況で?」
「はて?拙者が西国に来た事よりもそっちの方が気になりますかな?」
「あ~いや、あの、いや。」
津久見は狼狽した。信繫の西国入りよりも、島森の方が心配だったからである。
「ははは。大丈夫でござるよ。」
「大丈夫?」
「はい、内府殿が浅野幸長殿の西国帰参に合わせてそこの領土を真田家に与えると仰ったので、父は念願の甲斐をほぼ手中に収めることができました。」
(おおお。島森!それだ!!!)
「今頃父は亡き武田信玄公へお参りにでも行ってるでしょうな。」
と、信繫は笑いながら言った。
「そうですか…。あ、あの書状は?」
「書状?」
「私からの。」
「はははは。父は受け取るや、封も切らずに私にお渡しになられましたよ。」
「え?」
「父にしては、甲斐の国こそ全てのようで、豊臣家には興味が無さそうで…。」
「はあ。」
津久見は少し落胆した。
「ですが、その書状によって私はここにおりまする。」
「ん?」
「父から渡された書状を拝し、私は亡き太閤様の深い愛情を思い出しておりました。父と同じ位、私は太閤様に薫陶を受けておりました故に…。」
と、信繫は胸元から大事そうに書状を取り出した。
「ですので、父と話して私は太閤様亡きあと、秀頼様の元にご一緒したいと伝えた所、『勝手にせえ』と、言われましたので。はははは。」
「なんと!そこまで豊家へ恩義をお持ちとは…。」
「それを呼び起こしたのは、この書状でござるよ。」
と、信繁は書状を手に挙げた。
(豊家を救うかもしれない書状が、こんな形で真田幸村を西国に迎えるとは…)
津久見は不思議な縁を感じた。
「して、私はこの後どうしましょうか?」
信繫が聞く。
「あ、はい。その、どうも…。」
急に津久見はモジモジし始めた。
それに気づいた信繫が言う。
「真田の間者とでも皆思っているのでしょう。」
「え???」
「傍から見ればそう思われても仕方あいますまい。人の心は見えない…。」
「…。」
「だから、行動を持って豊家への忠義を示したいと思っておりまする。連れて来たのは私の女房と子、それに10名程の家臣でございます。」
「それだけですか?」
「この十名、各々秀でた物を持つ者ばかり、私にはこれで十分でございまする。」
「羨ましいですな。」
「治部殿も立派な家臣がいらっしゃるではありませんか。」
信繫は目を細めて言う。
「ああ、まあ。真剣な時は良いんですけど、いじったりして来るときはちょっと…。」
津久見は顔を横にして言った。
「え??」
「ああ、良いんです良いんです。信繫さん遠く信州からお疲れでしょうから、ゆっくり休んで下さい。どの様な任に付いて頂くかはまた、ご連絡差し上げますので。」
「そうですか。では、これにて。」
信繁は頭を下げると、城内に消えて行った。
去り行く信繁の後姿を見ながら津久見は
(真田幸村が10名の家臣…って、え!!!真田十勇士!!??わ!すげ~!)
と、一人盛り上がり、手裏剣を投げる真似をしたりした。
と、そこに長束と増田、前田がやって来た。
「何をしておる治部。」
「あ!!」
津久見はカーっと赤面した。
「ほれ、郡様と人事の件ぞ、参るぞ。」
と、長束が言うと城内の一室を目指した。
大坂城内の一室に郡といつもの奉行衆が座って会議が始まった。
まず最初に上がったのが『真田信繁の処遇』であった。
当の本人は『豊家の為であれば何でも』という意向を受けている。
これに関し、長束、前田、増田の3名は大坂より程遠い領地で1万石でも与えておくのが無難と考えていた。これは、他の西国大名への配慮というより、不安がそうさせていた。
郡は答えを出さずにいた。悩んでいる最中の様であった。
「治部よ。お主の意見は?」
長束が問う。
津久見ははっきりと言った。
「大坂城にて秀頼様の
「ん?何を馬鹿な!それでは他の大名への顔が立たん!!」
増田が大声で言う。
「そうですか。そんなんいらなくないですか?」
津久見は増田の目を見て言う。
「なんだと!!??」
増田は声を荒げて言う。
「豊家の為に信州を離れて僅かな家臣を引き連れて、大坂へ来てくれたのです。それも、亡き太閤様の報恩の為にです。そんな人材こそ、ここにいるべきだと私は考えます。」
「諸大名へのメンツはどうする?!」
前田が言う。
「そんなの関係ありません。」
「何!!?」
「諸大名の顔色を伺って何になりますか?人材の発掘、抜擢。これこそ豊家の子々孫々の繁栄に繋がるもの。ここに至ってメンツなんてどうでも良いと思います。」
「…。」
増田・長束・前田は納得は行かないが一理あると、黙り込んだ。
依然たる旧態の保守一点張りな三人を津久見は見つめた。
「私は治部殿の意見に賛成じゃ。」
郡であった。
「郡様???」
3人は同時に声を上げる。
「真田信繫殿と言えば、亡き太閤様の晩年を知る数少ない臣下でございます。今後秀頼様が成長していく上で、超えなくてはいけないのは、偉大なる父の壁。実際は太閤様とは全く違った方法で、世を収めて行くので比べる必要はござらんが、必ずやぶつかる壁にございます。それを私郡一人ではとてもではございません故。」
「…。」
「傅役補佐として、仕えて頂ければ、これ程心強い事はございません。」
郡は言い切ると、3人はもう何も言えなかった。
こうして真田信繫の処遇は決まった。
これ以降は、主だって問題なく人事会議は進んで行った。
主な人事は以下の通り
傅役 郡 宗保
傅役補佐 真田信繫
朝廷取次・裁判関連 前田玄以(五奉行)
豊家資産管理 長束正家(五奉行)
検地・土木 増田長盛(五奉行)
京 奉行所 浅野長政(五奉行)
堺 奉行所 小西行長(海運奉行兼任)
海運造船所 村上武吉
海上保安所 来島長親
特待祐筆 太田牛一
特別相談役 大谷吉継
等々。
特筆すべきは、五奉行制の維持と浅野長政の復職、祐筆として太田牛一を招集し、後継者育成にも当たるという所であろうか。
大谷吉継は健康上の問題で、特別相談役として大坂城に常駐する事となった。
あくまで豊臣家への忠義の元、地方自治へある程度の自由を与えながら、中央(大坂)政権は、西国を一つの国として方向性を示す、というおおまかな政治方針を打ち出す事となった。
中央からの指示は
㈠私的な争いを禁ず
㈡商業・農業に注力すべし
㈢治安維持にて領民を安堵すべし
㈣飢饉等で困窮した家があればこぞって助けるべし
㈤南蛮貿易用の品を各家開発し、堺より世界へ発信すること
等、『民を第一に考えた領地経営をせよ』と、基本的な内容であった。
まずは三年。
信繁の働きぶりも三年で諸国は認めるであろう。
国の大きな政治転換も三年やってみて修正していこう、と中期的な目標を掲げるに至った。
では津久見こと石田三成はと言うと、これまでの忠節、働きを大いに認められ『五奉行筆頭・兼豊臣家筆頭宿老』となり全ての国・役所との折衝を一任される事となった。
この一連の人事・政治方針は5月に行われた大坂会議にて正式に発表され、全員賛成の元、即日施行される運びとなった。
第96話 完
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