新しき世の為に

第83話 行長の決意

1600年11月9日 


この日は殊更冷える日であったが、津久見は熟睡していた。


昨日までの会議での激闘の疲れが一気に出たのか、自分の屋敷に着いてからの記憶が無いくらい、泥の様に寝ていた。


「ちゅんちゅん。」


すずめの鳴き声が優しく津久見を起こした。


「んあ~。」


むくっと津久見は起き上がると伸びをして、自分の身体を確認する。


「本日も石田三成なり。」


そんな事を一人で言うと窓辺に向かった。


空は厚い雲が広がり、肌を刺すほどに寒かった。


津久見は両手に息をかけながら


「雪でも降りそうだな…。」


と、思いながら屋敷の居間に向かった。


「殿、おはようございまする。」


そう話しかけて来たのは石田家家臣の皆川であった。


「あ、皆川さん、おはようございます。」


笑顔で挨拶を交わすと津久見は火鉢に手をやった。


「ふう。温かいな。」


かじかむ手がゆっくりと緩んでいく感覚に幸せを感じながら言った。


(今日はあの人の所に行こうかな…。)


火鉢の中の炭を見つめながら津久見は考えた。


(諸大名の抑えは一旦はできた。あとは実際に所領の切り崩しで豊臣家の財源が確保できるかだな…。)


「パチパチ。」


火鉢は津久見の想いに応えるように鳴った。


(堺の統治…。その後は島森との会談で東軍の帰参大名の領土振り分け…)


「パチパチパチパチ。」


(島森は上手くやってるかな…。)


「パチパチパチパチパチパチ。」


火鉢は激しく音を立てた。


(まあ、徳川家康だしな…。なんとかなるよな…。東側といえば…。)


「パチパチパチパチパチパチパチパチ。」


(真田に上杉に佐竹…。)


「パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。」


(大丈夫かな…。)


名だたる東にいる大名を列挙する毎に津久見は不安になって来た。


(まあ、加藤さんに黒田さんと俺も骨を折ったけどなんとかなったし…。)


津久見はもう一度手に息を送りながら立ち上がった。


(大丈夫…だよな。)


と、不安になりながらも朝餉の準備がされている間へ向かった。


「殿、朝餉でございまする。」


皆川が膳を指しながら言う。


「ありがとうございます。」


津久見は正座をすると目を瞑る。


(堺の統治か…。一筋縄ではいかないよな…。)


と、暫く考え込む。


一向に箸を取らない津久見を皆川は不思議そうに見ている。


(考えてもしょうがないか…。懐に入り込むしかない…か。)


と、目を開け箸を取りたくあんを口に入れた。


それを見た皆川は一安心した。


「ムシャムシャ。」


(ていうか、俺こんな人間じゃなかったよなあ~)


「ムシャムシャ。」


(ただただその日が終われば良いと思って仕事してたし…)


「ムシャムシャ。」


津久見はまたたくあんを口に入れた。


(今のこの性格は石田三成だからか?ある程度の権力があるからか?)


「ムシャムシャムシャムシャ。」


(いや違う。生への執念が俺をこうさせているんだ…。明日には死ぬかもしれないこの世界に放り込まれたからか…。)


「ムシャムシャムシャムシャムシャムシャ。」


今度はたくあんしか食べない津久見を、皆川は心配しながらも、もう無くなりかけている津久見のたくあんの皿を新たなたくあんの皿と取り換えた。


「ムシャムシャムシャムシャムシャムシャ。」


津久見はすり替えられた皿に気付くことなく食べ続けている。


(なんか俺、こっちの世界の方が人間らしく生きれてるな…。)


「ふっ。」


と、津久見は笑った。


何だ今度は一人で笑われたぞ、と皆川は更に不思議がる。


そんな皆川に津久見が言った、


「このたくあん美味しいですね。」


ニコッと笑いながら言う。


「と、殿。でしたらまたお持ちしましょうか?」


「あ、もう大丈夫ですよ。すみません。他のご飯も美味しくいただきますので。」


「はあ。」


「ムシャムシャ。」


津久見は朝餉を美味しそうに平らげた。


皆川はふと平岡の事を想った。


(この方に傾倒するのもなんとなく分かるな…。)


「ごちそうさまでした。」


「あ、は。」


「左近ちゃんは…。」


と、ちらっと皆川を見ながら言った。


「あ、左近様でしたら恐らく外でお待ちかと。」


「そうですか。ありがとうございます。」


と、深々とお辞儀をすると部屋に戻って行った。


主君の思わぬお辞儀に恐縮した皆川は畏まり床に手を付けていた。


_____________________________________


旅支度を終えると津久見は屋敷の外へ出た。


そこには左近と喜内、さらに小西行がいた。


「殿、お待ちしておりましたぞ。」


左近は白い息を吐きながら言った。


「ああ、ごめんね。」


「では行きまするか、堺に。」


喜内が馬を引き寄せ言った。


「いや、その前に寄りたい所が…。」


「ん?治部?どこへじゃ?」


行長が問う。


「いや、ちょっと挨拶だけしたい人が…。すぐ終わるので!」


「ん??まあ、すぐ終わるのであれば…。」


行長は少し困った顔で答えた。


「ありがとうございます!!!!では行きましょう!!!」


津久見は喜内に引かれたシップに跨りながら言った。


「あ!もう…。」


と、左近達は半ば呆れながらも後を追いかけた。


一行は大阪城に向かっている。


「治部よ。ところで堺統治に関してだが、何か秘策でもあるのか?」


津久見に馬を寄せ行長が言った。


「無いです。」


ニコッと笑いながら津久見は言った。


「なんとも呑気な…。そんな無策であの会議であんな大それた事を…。」


「ははは。」


「笑いごとじゃないぞ治部よ。わしはお主に命を預けた身じゃぞ。」


行長は少し照れながらも真剣に言った。


「行長さん…。ありがとうございます!」


と、津久見はそう言うとシップの歩みを止めてある屋敷を指さしながら、再度行長を見つめ言った。


「ここにいる方も同じことを仰ってくださいました。それが私の力になりました。そして今また行長さんにそう言われて、思いました…。」


「ん?」


「今回もきっと大丈夫だって。」


「どういう事じゃ?」


と、行長は困惑しながら言うと、もう既に津久見はシップから降りて屋敷の入り口に向かって、叫びながら走っていた。


「大谷さ~ん。」


呆れながら行長は津久見の後姿を見つめていた。


そんな行長にそっと左近が側に寄って


「殿は以前から少し変わられました。より人間臭く、より人に寄り添う…そんな殿に皆心を動かされたのです。その一人が大谷刑部様でございまする。」


左近はそう言うと、津久見に続いた。


すると今度は喜内が後ろから近づき言った。


「殿は我々臣下へも、農民にも分け隔てなく接せらられまする。これが大一大万大吉でございまする。私は石田家の家臣である事が何よりも誇りでございまする。左近殿~」


と、左近を追いかける。


「…。」


行長は心臓の鼓動が高まるのを感じていた。


自分が関ケ原の戦で死ぬだったように思えてならない日々を過ごした。


だが今は津久見の為に粉骨砕身働く事こそが使であると思い始めた。


「せやな。このはお主の為に使というのも悪くないな…。」


行長も走って津久見達を追いかけた。









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