第71話 忍びの腕前

「うっ…。何か臭いな~。」


と、津久見は目を覚ました。


と言うより何かの重みで目を覚ました。


「なんだこれ?」


と、津久見はその物体はどける。


それは左近の足であった。


「ったく…。」


昨夜は語りに語り、皆知らぬ間に川の字になって寝ていた様である。


「寝相悪いな…。」


と、まだいびきをかいて寝ている左近に言った。


すると中庭からまた


「びゅっびゅっ!」


と、音が聞こえた。


(もう牛一さん起きてるの…?)


と思いながら耳を澄ますと今回は一人では無いようである。


「びゅ!びゅ!びゅ!」


これだけで分かる。牛一の竹刀の振りと違う。


津久見は気になって、中庭に出た。


するとそこには牛一と娘のが親子揃って竹刀を振っていた。


津久見に気付いた牛一は竹刀を振るのを止め、津久見に近づく。


「早いですね、牛一さん。」


「ああ。老人は朝強いからの。はははははは。」


「それにさんもいらっしゃるんですね。」


「ああ。あれか。あれはの…。いつも一緒には振らんのだが今日は何か知らんが、無言でわしの横でずっと振っておる。」


せんの方を見ながら言う。


「びゅ!びゅ!びゅ!びゅ!」


小振りな振りながら隙の無い所作だった。


「なかなかの腕前でございまするな。」


と、津久見の後ろから声がした。


左近であった。


「あ、左近ちゃん起きてたの…。てか、寝相…」


と、言いかけると


殿、わしと一本いかがかな?」


と津久見の声を無視して中庭に出た。


「は!?島様とでございますか!?」


の驚いた声が響く。


「うむ。中々の太刀筋。どうか一本。」


と左近は中庭に置いてある竹刀を手に言う。


「は、はい。」


。」


左近の目が真剣になった。


…。」


は憧れていた忍びと言われ、嬉しくなりながらもその目は闘志がみなぎって来た。


「では。」


左近が言う。


「は!」


と、その瞬間左近の目の前に大量の砂煙が起きた。


が足で中庭の砂を蹴ったのであった。


「む。」


たじろく左近。


そこに


「びゅ!びゅ!びゅ!」


例の振りの早いせんの打ちが入る。


「甘い!」


と、左近は言う


「かん!かん!かん!」


と全て軽く払う。


最後のせんの竹刀を受けた力の反動を利用して逆にせんを押し返した。


せんのからだは宙を舞う。


(勝負ありか…。)


部屋から見ていた喜内は思った。


しかし、せんは宙で体を反転させながら上手く着地をすると同時にまたもや砂を握り左近に投げつける。


「う!」


予想だにしないせんの反撃に油断した左近の目に砂が入った。


(ここね!!!)


せんは踏み込み左近の懐へと飛び込もうとした。



だが歴戦の猛将島左近。


「甘いと言うておる!!!!!!!!」


と、叫ぶと目を閉じたまませんの迫る気迫を感じ取り、間合いを感じ取り袈裟切りにした。


「きゃっ!!!。」


せんの声が砂煙の中からした。


やがて煙が晴れるとそこには腰を着いたせん。せんの持つ竹刀は真ん中で割れていた。


左近の怪力。


と、皆驚いていたが、一番驚いていたのは左近であった。


(あの間合いでわしの剣を受け、受け身まで…。)


「ははははは。そこまでじゃ。」


牛一が止めに入り、倒れているせんに手を貸し立たせてやる。


そしてせんに言う。


「これが真の戦をして来た者の剣じゃ。」


と、せんの顔を笑顔で見ながら言った。


「左近殿、ありがとうございました。どうでしたかうちの娘は。」


牛一は言う。


「あ、はあ。」


左近は未だにせんの潜在能力に感心していた。


「ん?いかがいたしました?」


「いや、では一言…。」


左近は落ち着きを取り戻し言う。


「せん殿。私は『忍びであるならばなんぞしてでもわしから逃れよ。』と、申しました。忍びは生きていてこその忍び。最後の砂に乗じて逃げる事こそ上策。故に忍びとしては下の下。太刀筋は中の上…と言った所でありましょうか。」


と、はっきりとせんの目を見ながら言った。


「そんな!」


部屋で見ていた全員が思った。


(言い過ぎでは!せん殿は忍びの訓練を受けてきたわけでも無いのに!)


と。


左近はそう言うと牛一に向かって


「では秀信様のご紹介でまた出立しますので準備をさせて頂きまする。」


「そうですか。では朝餉の準備も整っておりますので、居間へどうぞ。」


と、左近を誘う。


「かたじけない。」


左近と牛一は中庭を抜け部屋に入ろうとした。


牛一はふと、せんに目をやる。


そこには中庭に座り込み顔を落すせんの姿が。


その肩は小刻みに揺れている。


(…。)


牛一は何も語りかけることなく居間へ入る。


居間には牛一の妻キヨの用意した朝餉が並べられており、皆輪になって食べた。


「して、今日はどちらに行こうとされておるのかの三法師様。」


「ぐ…。」


秀信は昨日牛一との一本で何もできなかった為、その呼ばれ方に対し、何も言えなかった。


「今日は、の方へお連れしようと。ムシャムシャ。」


秀信は牛一を見ることなく不服面で京漬けを頬張る。


「おお。阿弥陀寺ですか。という事はあの方に…。」


「はい。ムシャムシャ。」


「それは良い。もしかしたら安国寺の坊さんをぎゃふんと言わせれる秘策があるやもしれんな。」


牛一は津久見達を見ながら言う。


「え!?」


皆驚く。


「阿弥陀寺は織田家…いや信長様とゆかりが深い。深いというより…。」


牛一は急に口を閉じた。


「いつも牛一様は、あの方の話になると口を閉じられますな。ムシャムシャ。」


秀信が言う。


「まあ。行ってみる価値はありまするな。」


(阿弥陀寺?信長?)


津久見は顔を上げ考える。


その時であった。


今の戸が開いた。


開けたのはせんであった。


せんは津久見達の前に正座すると、頭を下げた。


「せんさん?どうしたんですか!?ご飯食べましょう。美味しいですよ。っていつも食べてますか。」


と津久見は笑顔で言う。


するとせんは顔を上げ津久見を見つめ


「石田治部様。どうか私を雇ってくださいませ!!!」


「!!!!!」


「私は偉大な祐筆と忍びの母の血を受け継いでおります。しかし、この田舎で忍び真似事に明け暮れる日々。いつかいつかとは思ってまいりましたが、遂にこの日が参ったと思っておりまする。」


「え!!??」


「どうか!」


津久見は困惑した。


そこに喜内が言った。


「でもせん殿先程左近様との戦いでその素質は…。」


下の下とはさすがに言えない。


せんは左近を見る。


左近は真剣な顔でせんを見つめる。


「お主はまだ忍びではない。忍びには忍びの心得がある。」


と言った。


せんには痛い言葉であった。


(忍びの真似事…。)


これを言われたらせんはもう立ち上げれないだろう。


左近は続けた。


「太刀の筋は中の上…。故に忍びの心得を習得すれば、忍びとして…中の中と言った所かの。」


「え!?」


「その太刀筋は中々の物でありましたぞ。せん殿。」


左近は笑顔で言う。


せんは目に涙を浮かべる。


「殿。いかがいたしますか?」


左近は津久見に委ねた。


「え?いや、でも、私達は基本的に戦わないので…。」


困りながら津久見は牛一の方を見た。


「戦の無い世に忍びがどう生きていくかの、道を切り開いてやるのも治部の仕事ではござらんか?」


「え?」


「まあ、わしも久しぶりに物書きのをやろうと思っておるで、せんを使いに口伝するというのも一つありますな。」


「…。」


「良いのではありませんか?忍びであれば拙者の一員として鍛えまするぞ。」


「左近ちゃん…。」


せんはキラキラと津久見を見つめる。


「良いんですか?」


と、津久見は母のキヨの方を見た。


キヨは何も喋らず、ゆっくりと頭を下ろした。


「では…。」


と、津久見はせんの前に体を近づけると、その手を取って


「宜しくお願いします!」


せんは思わぬ津久見の行動に泣きながら


「ありがとうございます…。」


と、かすれた声で言った。


「ただ一つだけ約束があります。」


「え!!?」


「忍びって大変だと思います。水の中でストローだけで息したり、天井裏を物音立てずに歩いたり、隠し扉でクルクル回ったり…。」


津久見は自分が思い描く忍者像を語る。


「????」


せんは顔である。


「でも決して!!決して死なない!これだけです!あなたが死んだら、牛一さん、キヨさんが悲しみます。私も左近ちゃんもここにいる皆も悲しみます。だから絶対に死なないと約束できますか??」


想いもよらない津久見の言葉にせんは驚いたが、


「は!!!!必ず生きて治部様のお役に立ちとうございまする。」


と、深く頭を下げて言った。


「良かった!これから宜しくお願いしますね!せんちゃん!!!」


「ちゃん?」


またもやはてな顔のせんに向かって、牛一が言った。


「せんよ。良かったの。して治部よ。」


と顔を津久見に向け


「わしらも親子・家族じゃ、一日二日家族水入らずの時間をくれんか?」


「もちろん構いません!」


「キヨからは忍びの心得を、わしからは見聞録に関しての決め事を話しておきたい故…。」


「はい!」


「そちたちが大坂に戻るころには石田屋敷に伺わせるようにする手筈でどうじゃ。」


「もちろん大丈夫です。」


「よし、決まりじゃ。良かったなせんよ。」


牛一はせんに満面の笑みで言う。


せんも満面の笑みで返した。


ここに津久見一行に新たな仲間が加わったのであった。


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