第42話 佐伯港での戦い

「うっ!」


津久見のうめき声がする。


(死んだか…俺。)


津久見はそう思うとゆっくり目を閉じた。


(ここまでか…)


と、思ったその時だった。


津久見の身体は襟元を掴まれ、グイっと後ろに引っ張られていた。


引っ張っていたのは、喜内であった。


刺されていない。


と瞬時に分かった津久見は喜内の顔を見るや、


「カーン!!」


と、音がした。


津久見がその音に目をやると自分を突いて来た男の槍を、左近が瞬時に刀で払っていた。


喜内と平岡は津久見の前に立ち、防御の態勢を取った。


左近が、刀で間合いを図りながら、後ろ目で津久見の無事を確認すると、


「やれやれ、大層な出迎えでござるな。」


と、言いながらその男に斬りかかった。


男は左近の刀を槍の穂先で払うと、左近には目もくれず、津久見の方へ一直線に走って来た。


「平岡。殿を安全な所へ。」


と、喜内が刀を抜きながら言う。


「はっ。殿こちらへ!」


津久見は平岡に抱えられながら、近くにある樽の元に身を寄せた。


喜内は津久見目掛けて走る男の前に、立ちはだかり刀で応戦する。


しかし、男の剛力の元、喜内の刀はいとも簡単に払われてしまった。


「なんちゅう、力じゃ。」


半ば感心している喜内の横をすり抜け、その男はさらに樽の元に走る。


「殿。ここでお待ちください。」


平岡が、走りながら刀を抜き言う。


男は槍を真上に振りかざし、平岡の頭に振り落とす。


平岡は咄嗟に刀で、受け止めるが、如何せんその怪力に負け、膝を崩す。


しかし、次は男の後ろから左近の刀が男を斬りにかかる。


左近だけではない、喜内も斬りかかって来ていた。


(さすが!左近ちゃん、喜内さん!!)


津久見はそう思いながら見ていた。


だが、男は咄嗟に真横に飛び跳ね、一瞬にして左近と喜内の刀を薙ぎ払ってしまった。


男は息を崩すことなく、槍で3人をけん制する。


けん制しながらその眼は、ずっと津久見を睨みつけている。


(え、なんでこの人、俺だけ標的にしてるの…。)


と、その時であった。



「ドーン!!!」




と、海の方から轟音が聞こえて来た。


全員驚き、そちらを見る。


音の出どころは、今まで乗っていた船からであった。


船に載っている大筒から砲煙が立っている。


「そこまでにしておけや主計頭かずえのかみ殿よ。」



そこには、村上武吉の姿がこちらに歩いて来ていた。


横には島津豊久がいる。


主計頭かずえのかみと呼ばれた男は、それには意を介せず、またも津久見を睨みつける。


左近らにも、また緊張が走る。


「用意せえ。」


と、島津豊久は後ろにいる、兵にボソッと言うと、鉄砲隊数人が、男に鉄砲の照準を合わせ、豊久の合図を待った。


男は気配から鉄砲の存在を感じると、ゆっくりと槍を下げ始めた。


「治部よ。何しに来た。」


男は槍を完全に下ろすと、低い声で津久見に向かってそう言った。


左近らも、ゆっくりと刀を収めながら、その状況を固唾を飲んで見守っている。


「え、…あの」


津久見は初めて槍の矛先を向けられた事の衝撃で、言葉が出てこない。


すると、村上武吉が近付いて来た。


「清正殿。治部殿は、九州各地で話し合いをしにきたそうじゃ。戦う気はござらん。」


「ん?なんと?」


清正と呼ばれた男の眉が上がる。


「何でも戦の無い天下を作りたいとの事じゃ。」


津久見は今にも気絶しそうで、目が白目を剥きがちに何度もなっていた。


(清正…。)


コクっと、頭が後ろに下がるのを必死に食い止め考える。


(清正……。槍の使い手…。)


頭を左右に振り、正常を保とうとする。


が、ある答えにつく。


(か、か、か、加藤清正だ~~~~~。)


津久見の思考は完全にストップし、白目を剥いた。

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