第3話 初めての大号令
あちらこちらで銃声音が聞こえ、怒号が飛び交っている。
その音で津久見は我に返り、椅子に座った。
「殿!早く号令を!」
と、左近が催促してきた。
(いやいやいやいや。左近ちゃん。え?どうしよう)
津久見は目を瞑り今一度、状況を整理した。
(俺は今日、2年B組で日本史の授業をするために、廊下を島森と歩いて…)
「殿!!」
「ひっ!」
左近に叫ばれ、津久見は驚き目を開けた。
(こりゃ号令っていうの出さないと、左近ちゃん殴り掛かってきそうだな…)
と、鬼気迫る表情でこちらを見ている左近を見ながら、
(よし。やってみるか)
と、津久見は立ち上がり、扇子を広げた。
「ん!ん!んん!」
と、咳ばらいをして声を整える。
「ささこちらへ。」
と、左近が陣幕の外へ案内する。
左近に続いて、陣幕を出ると、そこには山々に朝霧がかかり、至る所から煙幕が立ち込めていた。何かどんよりとした雰囲気である。
陣幕を出た津久見に味方の兵と思われる武士たちの視線が注がれる。
「成りきってみるか…。」
と、不安ながらも少し好奇心の現れた口元から声がこぼれた。
津久見は持っている扇子を、パッと開き、風を切るよう一思いに扇子を掲げた。
その瞬間
ぼお~ ぼお~ ぼおお~
と、そこら中から、ほら貝の音が鳴り響き、至る所から
「突撃~!」
「いけ~!」
等、怒号にも似た声がした。
地面は割れんばかりの地響きで、その振動を身体で感じた津久見は興奮してきた。
(俺の一声でこんな大勢の人間が動くなんて…。)
自然と笑みがこぼれる。
「それでは私も前線へ行って参りまする。」
と、左近は言う。
「え!」
津久見は咄嗟に声が出た。ここに一人になるのが不安であったのだ。
「どうされましたか?」
「行っちゃうの?」
「前線の様子を見てまいりまする。」
「……。」
「また戻って参りまする。殿にはこの後、続々と首実検のお役目もありますので、そちらでお待ちくだされ。では。」
と、言うと左近はそそくさと陣幕を出ていってしまった。
「首…実験…?」
陣幕を出ていく左近の背中を目で追いながら、津久見は呆然と立ち尽くしていた。
10分位経ったであろうか、津久見の陣幕にまた馬に乗った伝令が駆け付けた。
何故伝令かと分かったと言うと、その男の背中の旗に大きく「伝」と書かれていたからである。一応日本史の教員の津久見にもそれは理解できた。
「敵方、藤堂高虎隊、お味方大谷刑部隊と開戦!刑部様優勢!以上!」
と、片膝をついて報告する。
津久見はその報を受け
(刑部…大谷吉継ね。三成の親友だっけ?)
と、上を見ながら考えていた。
ふと、視線を伝令の男に戻すと、男は報告したまま動かない。
…………。
……………。
微妙な空気が流れる。
空気を察した男は、今一度
「敵方、藤堂高虎隊、お味方大谷刑部隊と開戦!刑部様優勢!以上!」
と、さっきより大きな声で言ってきた。
聞こえてないと思われたのか。
津久見は少し驚き、その拍子で
「あい!」
と、裏声で返事をした。
すると男は
「御免!」
と、出ていった。
(返事しないといけないのね。オッケーオッケー)
すると、すぐさままた馬の蹄の音がした。
(次は何だ?)
と、津久見は椅子に座り直し、入ってくる者を待った。
陣幕の布がめくられ、一人の男が入って来た。
手には20センチ程の箱を持っている。
男はその箱を地面に大切そうに置き、膝をつき言う
「島左近様 相手方 井伊隊の中将 児島春景 打ち取り!」
「あい!!!」
今回は元気よく返事を返した。
(お!左近ちゃんやるじゃん!)
と津久見は思い、更に報告を受ける。
「こちらが、児島春景の首にございます。」
「ん?」
男は、箱を開ける。
津久見は白目をむき口から泡を吹き、椅子から転がり落ちていた。
第三話 完
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