プロローグ/第一章 わたくしと義弟の思い出①

「どうして、お前がわたくしの護衛になるの?」

 わたくしは、激しく混乱していた。それはなぜかというと……。

 貴族のれいじよう令息が、十六歳から十八歳まで通うことがならわしの貴族の学園。

 その入学の前日に、お父様から「君の護衛だ」としようかいされたのが……数年ぶりに会う、わたくしがいじめにいじめてすっかりきらわれきっていた『てい』だったからだ。

 ちがう、違うのよ。誤解がわかってからは、ちゃんと謝ろうと思っていたの。

 だけど謝る機会がなかなかなくて、日々はあっという間に過ぎてしまった。

 わたくしをにくんでいるであろう義弟の気持ちは、そのままにして。

 数年ぶりに会う義弟を、わたくしはぼうぜんとしながら見つめた。昔も美しい少年だったけれど、会わない間に義弟はさらに美しく成長をとげていた。

 きらめく白銀のかみの訓練や任務でさらされていただろうに、けるように白いままのはだ。見つめていると吸い込まれてしまいそうな、美しい青のひとみ

 冷たさを常にたたえた……絶世のぼう

 ──ナイジェル・ガザード。

 わたくしのことが大嫌いな、美しい義弟。

 ナイジェルの表情は『相変わらず』動かない。昔から、無表情な少年なのだ。

 彼を見つめたまま呆然としていると、ナイジェルが一歩こちらに近づいてくる。反射的に一歩下がると、二歩分きよめられてしまった。

 近距離にある絶世の美貌にあせりを覚えてまた一歩下がろうとする前に、手がにぎられて動きを止められた。れいたんな表情の義弟の手なのにそれは燃えるように熱い。

「……ウィレミナ姉様」

 義弟は声変わりをして低いものとなった声で、なんらかの感情を押し殺しながらわたくしを呼ぶ。

 いいえ、『なんらか』ではないわね。その感情の正体は……憎しみに決まっている。

「お久しぶりでございます」

 義弟はふっと口もとをゆるめてそう言うと──美しいくちびるをわたくしの手のこうにつける。

 その口づけは氷柱つららのように冷たく、わたくしの心をつらぬいた。


   〇 〇 〇


 ナイジェルとの出会いは八年前……わたくし、ウィレミナ・ガザードが八歳の時までさかのぼる。

「ウィレミナ。今日から君の弟になるナイジェルだよ」

 父が連れてきた少年を目にしたしゆんかん。わたくしの時間は止まったような気がした。

 雪のように真っ白な肌。少女とまがうばかりの、愛らしく整った顔立ち。空のように青くんだ瞳。窓からの明かりをはじいて煌めく、芸術品のような白銀の髪。天の神々から美のおんけいさずかったような少年が、そこにはいた。

『ガザードこうしやく家の令嬢という立派な立場なのにもかかわらず、見た目はずいぶん地味なものだ』と、令嬢たちにかげぐちたたかれるわたくしの容姿とは大違いだ。

 わたくしは、黒髪黒目というはなやかさとはえんの色合いをしている。その上、顔立ちもへいぼんなものなのだ。

 ……それにしても。弟とはどういうことなのかしら。

「弟、ですって?」

「そう、事情があってね。彼を引き取ることになったんだ。弟と言っても、君より数ヶ月誕生日がおそいだけの同い年だ。ウィレミナはいい子だから、仲よくできるよね」

 そう言ってわたくしとよく似た容姿の父は、どこか苦さをふくんだみをかべる。

 その笑顔を見て、わたくしは確信してしまった。


 ──ああ。この子は父の『不義』の子なんだわ、と。


 貴族の令嬢というものは、耳年増なものだ。幼いながらもお茶会に引っ張りだこな、公爵家の令嬢ともなればなおさらだ。どこのはくしやくうわをした、どこの公爵が愛人との間にかくを作った。そんな話はお茶会に子どもを連れてくる親たちの、声をひそめているつもりのうわさばなしから常に入ってくる。

 ……こんなに美しい義弟なのだから、その母親は美しい女性に違いないわね。

 きっと、一年前にご病気でくなったわたくしのお母様よりもれいなのだわ。

 耳年増なわたくしは、そんな想像のつばさかろやかに羽ばたかせた。

 そしてその想像を、『真実』だと強く確信してしまったのだ。そのことを……未来に深くこうかいするとも知らずに。

 義弟はそのものの瞳でこちらを見つめている。それを苦い気持ちで見つめ返しながら、わたくしは深呼吸をした。

「……わかりましたわ」

 できる限りの平静をよそおい、しっかりと前を向く。

 ──内心に、ドロドロとえたぎるものをかかえて。

「お父様。ナイジェルの出自のことを教えてもらってもいいかしら?」

 わたくしは内心をおおい隠すように、できるだけ明るい笑顔でお父様にたずねた。敵のことは、ちゃんと知らないといけないものね。

 そう、この子は『敵』だ。

 わたくしと、亡くなったお母様の敵。お父様の……裏切りのあかし

「それは、今は話せないんだ」

「……そうなのですね」

 不義の子だ、なんて子どもには言えないわよね。わたくしはこっそりと息をく。

「彼はとある貴族家の生まれなのだけれど……いろいろとあってね」

 お父様は目をせ、うれいを含んだ笑みを浮かべた。

 平民との間にできた子というわけではなく、義弟は貴族の家の出身らしい。

 貴族同士なら、子どもだけ連れてこずにさいこんでもすればいいのに。新しいお母様が来てもどんな顔をしていいのかわからないけれど。

 ……ナイジェルのお母様が、亡くなっているという可能性もあるのよね。それは少しわいそうだわ。お母様がいなくなるのはとても悲しいことだから。

 ──ん? わたくし、なにを考えているのかしら。

 この子にどういう過去があれども、認めがたい不義の子であることには変わりがないの。この子の存在を、許すわけにはいかないんだから!

 強い視線で『義弟』になる少年をめつける。するとナイジェルは、感情を感じさせない表情で首を少しかしげた。

 この子って……綺麗だけど無表情ね。しかも、ちっともしゃべらない。

「……ねぇ、まったく口を開かないけれど。あいさつくらいしたらどうなの? これから世話になる家の人間に対して、失礼だとは思わない? マナーがちっともなっていないわ」

 わたくしの言葉を聞いて、大きくて綺麗な目がさらにみはられた。い、意地悪を言ってしまったわ。いえ、愛人の子どもなのだもの。これくらい言われて当然よ。

 そうよ。この子はわたくしにいじめられて当然なの!

「はは、ウィレミナは手厳しいな。ナイジェル、ウィレミナは君と同い年だがマナーの授業や勉強はかなり先に進んでいてね。とても努力家で可愛かわいい子なんだ」

 ぼんのうなお父様はわたくしをめたあとに、おっとりとした笑みを浮かべる。

 わたくしは一瞬得意げな顔になってしまったけれど、すぐにわれに返った。

「お父様、わたくし当然のことをしているだけですわ」

 つんとあごを反らして冷たく言ってみせたけれど、お父様は「そうか、そうか」とこちらを見つめながらいとおしげにまなじりを下げるだけだ。

 不義の子を連れてきたくせに、どうしていつもの調子でそんなまりのない顔ができるのかしら。

 そうは思うけれど、ゆいいつの肉親であるお父様にきらわれたくないわたくしはその言葉をみ込んでしまった。

「……貴女あなたは、すごいのですね」

 不意に、ナイジェルの口からそんな言葉がこぼれた。

 そちらに目をやると、大きな空色の瞳がじっとこちらを見つめている。

 白銀の長いまつ毛にふちられたそれは本当に綺麗で……わたくしは思わずれてしまった。だけどすぐに、気を引き締め直す。

「当たり前よ。お前とはちがうの」

 つんとしながらにくまれ口を口にしてはみたけれど。それで『すっきりする』なんてことはまったくなく、心にもやもやとしたものが生まれるばかりだった。

 ……なんだかいやだわ。憎まれ口って言えば言うほど、こちらの品格が落ちていくような気がする。わたくしの品格が落ちずにこの子をいじめられるような、てきな憎まれ口はないものかしら!

 そんなことを考えていると、ずいとていに歩み寄られる。な、なに? 憎まれ口におこったのかしら? つい身構えるわたくしに──。

「これからよろしくお願いします。ウィレミナ姉様」

 義弟は無表情でそう言うと、ぺこりと頭を下げたのだった。



 ナイジェルが我が家に来てから、一週間がった。

 義弟の至らないこと──食事のマナーが悪いとか、勉強がまったく進んでいないとか、初級のダンスすらまだおどれないとか──をてきするという方法で、わたくしは日々義弟いじめにはげんでいる。

 すべて事実の指摘だから、わたくしの品格も落ちていないわよね。ええ、落ちていないはずよ!

 ナイジェルは貴族の出自のくせに満足な教育を受けていなかったらしく、指摘することが山ほどある。だからいじめのネタには事欠かなかった。

 彼の元の家は一体どんなかんきようだったのかしら……必要最低限の教育もしていないなんて。ちやくなんでなくても、場合によっては領地経営にたずさわる可能性がある男子なのよ。

 爵位しかなく、領地がない家の子だったのかしら。ほうきゆうのみだと家庭教師をつけるのも大変なのかもしれないわね。

 もしくは、よほどの放任主義か──ぎやくたいか。

 それを想像するといじめの手がゆるみそうだったので、わたくしはそれについて考えることをほうした。

 このいじめの方法には、一つの誤算があった。

 至らないことを指摘すると、ナイジェルが真顔で教えをうてくるのだ。

 家庭教師もつけてもらったのに、どうしてわたくしにくの。

 もちろんっぱねているのだけれど、この義弟はなかなかしつこい。なのでちかごろは根負けする場面も増えていた。

「ウィレミナ姉様、これはどういう意味なのですか?」

「自分で考えなさいな。お前は本当にダメな子ね」

「……僕はダメなので、一人ではわからないのです」

 しゆしようなことを言いながらも、義弟はおそろしいくらいに無表情である。ナイジェルは表情筋が死んでいるらしく、いつもこの調子なのだけれど。見たこともないくらいに綺麗な顔に、無表情でぐいぐい来られるのは正直こわい。

 そんなわたくしとナイジェルのやり取りを、使用人たちはいつも微笑ほほえましげに見つめている。

 義弟をいじめるを見て、なにが楽しいのかしら? あまりいいしゆとは言えないわよ?

 ナイジェルもどういう感情で、いじめを行うわたくしに教えを乞うているのかしら。

「もう、しつこいわね! 二度は説明しないわよ。ほら、本を見せなさいな」

「はい、ウィレミナ姉様」

「姉様と呼ぶのはめなさいと何度も言っているでしょう。わたくし、お前の姉になった覚えはないの」

「……僕にとっては、貴女は姉です」

 ツンとした口調で言うと、少しだけまゆじりを下げて悲しげな顔をされる。

 こんな時だけ表情を動かすなんて、ずるい子ね。

 わたくしとナイジェルはしばらく見つめ合った。わたくしは見つめているわけではなくて、にらんでいるのだけれど。そして根負けしたのは……こちらだった。

「……仕方のない子。わたくしを姉と呼ぶのなら、それに見合う努力をなさい」

 わたくしはガザードこうしやく家のむすめとしての教育を、物心ついたころから受けてきた。そんなわたくしを姉と呼びたいのなら、それなりの成果を出してもらわないと。

「はい、ウィレミナ姉様」

 ナイジェルはしんみように見えるおもしで何度もうなずく。わたくしはため息をひとつついてから、口を開いた。

「それで、どこがわからないの?」

 たずねながら体を寄せて本をのぞき込む。すると同じながに座っているので、ナイジェルとひたりとかたれ合った。視線を感じてそちらを見ると、ナイジェルがじっとわたくしを見つめている。

 その青のひとみは──少し怖いくらいにんでいた。

 心臓がバクバクと大きな音を立てる。義弟から視線をらせず、わたくしは激しく混乱した。レディをしつけに見るものじゃないと、𠮟しかるべきかしら。そもそもどうして、そんなに見つめているのよ!

 ナイジェルからの視線がふっと逸らされる。そして白く細い指が本の一文を指した。

「ここが、わからなくて」

「……ああ、簡単な計算ね」

 ……今のは、なんだったのかしら。

 まだ大きな脈動を刻んでいる心臓を片手で押さえながら、わたくしはナイジェルに問題の解の説明をはじめた。



 ナイジェルが我が家にやって来て二年が経ち。彼の成長は目覚ましく、わたくしのやっている授業のはんにすぐに追いつき──そして追いいてしまった。

 家庭教師はナイジェルを『天才だ!』と褒めそやし、わたくしは少々どころでなくごげんななめだ。毎日死ぬ気でがんっているのに、不義の子にすぐに追い抜かれてしまうなんて。本当にくつじよくでしかない。

 そして、わたくしを追い抜いたくせに……。ナイジェルはなぜだかいまだに、いつしよに勉強をしたがるのだ。

 周囲にほかに大人しかいないせいかしら。困るのよ、くやしいけれど教えることがないのだもの。こちらのれつとうかんばかりつのるじゃない。

 ぜんぶあちらの方が上だから、憎まれ口をたたすきもどんどんなくなっているし! 不義の子は許せないけれど、ないことばかりを言うようなきようのないいじめ方はしたくないのよね。……これはどうしたものかしら。

 この国では、女性が一家の当主となることが認められている。お父様はわたくしを当主にするのか、女児しかいない際の特例を利用しわたくしの婿むこを当主にするのかを明言していないけれど……。『女公爵』になる時がやってきてもいいように、わたくしは日々勉学に励んでいた。

 その努力を……義弟は軽々と追いしてしまう。

 ナイジェルを当主に、なんて話もこのままだと出かねないわね。それがガザード公爵家のためになるのなら、わたくしはそれに従うしかないのだけれど。

 今日も図書室で自習をしているわたくしのところに、ナイジェルが本をかかえてやってきた。その表紙をちらりと見ると、わたくしが見たこともない教科のものだ。

 ……本当に、なにをしに来たの。

 自分をいじめる、きらいな義姉に当てつけのつもり? 人のことは言えないけれど、ナイジェルも相当性格が悪いわ。

「ウィレミナ姉様、一緒に勉強を──」

「わたくしが教えることなんて、もうないじゃない。じやだからどこかへ行ってくれないかしら?」

 いらちながらめつけても、ナイジェルの表情はらがない。ちょっとくらい、反応を示しなさいよ!

「ウィレミナ姉様、僕はまだ未熟です。だからおそばで学ばせてください」

 ナイジェルはそう言うと、わたくしをしっかりと見つめた。……その顔はやっぱり無表情だ。

いやよ。邪魔だもの」

「……側にいるだけでいいので」

「邪魔──」

「姉様……」

「ああもう! 無表情で瞳をうるませるのは止めなさい! 怖いのよ! わかったわよ、いるだけなら許すわ!」

 ナイジェルはしつこくらいついて、今日もわたくしのとなりを確保してしまった。

 毎日嫌味を言ってもめげないし、ぎやく趣味でもあるのかしら。いやだわ、そんなものにはつき合ってはいられない。

 隣で大人しく本を読むナイジェルの姿を、こっそりとぬすみ見る。

 この二年間で……ナイジェルはその美しさにさらにみがきがかかった。

 顔立ちは出会った頃より少しシャープになって、りの深さがきわったような気がする。以前は中性的なぼうだったけれど、今は絵にいたような美少年だ。

 交流のためにしきおとずれるれいじようたちも、すっかりナイジェル目当てになっている。

 あのれいていとお話ししたいとうるさいから、根負けして場を用意したことも何度かあるのだけれど……。

 ナイジェルは、この家の者以外とはほとんどしやべらないことがわかったのだ。

 わたくしの前でもじゅうぶん無口な子だと思っていたけれど、家人以外の前ではなおさらひどい。『はい』と『そうですか』の二たくくらいしか、会話のパターンがない。

 令嬢たちの帰宅後に𠮟っても、『しゃべる必要がないので』なんて澄まし顔で言うのよね。どういうつもりなのかしら、本当に。

 ちなみにわたくしの容姿は二年前と同じくえないままのようぼうだ。姉弟きようだいなのにどうしてこんなに差が出てしまうのかしら。わたくしのお母様も、それなりに美人だったのに!



「今度のお茶会には、ナイジェルも行くことになったからね」

 とある日。お父様から告げられた言葉に、わたくしは目をぱちくりとさせた。

 今まで、お茶会にはわたくし一人で参加していたのに……。

 ちかごろはお茶会に行こうとするたびに、『僕も一緒に行きたいです』、『……姉様がだれかに目をつけられたら』なんてよくわからないことを言いながら、ナイジェルがつきまとってくる。それを長い時間をかけてり切って一人で出かけるところまでが、お決まりになっていた。

 あの子ったら、お父様にたのみ込んで一緒に行けるようにしてもらったのかしら。本当にわがままな子ね。

 そんなにお茶会になんて行きたいものかしら。腹のさぐり合いばかりで、本当につかれるだけの場なのに。

 ……ナイジェルのせいで、探り合いの原因が一つ増えてしまったし。

 ナイジェルが不義の子だという公表は当然されておらず、表向きは『不幸があったしんせきの子を引き取った』ということになっている。だけど『ガザードこうしやくの事故にった親戚』なんてものが存在しないことは、少し調べただけでわかってしまうわけで。『ナイジェルは、ガザード公爵の不義の子なのではないか』といううわさがしっかりと立っているのだ。

 そしてそのしんを確かめるため、わたくしに探りを入れられる。どこの家だって、他家の弱みはつかんでおきたいものね。

 そのかんぐりは──すべてきっぱりと否定しているわよ。

 ナイジェルが不義の子だと知れたら、うちの家名に傷がつくもの。

 建国のころから王家を支える王国三大公爵家のひとつであるガザード公爵家の家名を守ることは、なによりも優先すべきことなのだ。だってわたくし、ほこり高きガザード公爵家のむすめですもの。そんなの当然よ。

「ナイジェルと、お茶会ですか」

「うん。そろそろいいかと思ってね。マナーもずいぶんと向上したことだし」

「それは……そうですわね」

 ナイジェルはお勉強だけではなく、マナーやダンスに関してもとてつもない向上を見せた。その立ち居振るいを目にしたら、やんごとなき血筋の貴公子だとみななんの疑問も持たずに信じるでしょうね。

 じわりと、苦い気持ちがにじむ。

 悔しいわ。わたくしはなにひとつ、不義の子にかなわない。

 ……お父様の愛情が、ナイジェルにうばわれたらどうしよう。

 そんな不安も、正直あるの。

 わたくしには血筋しか取りがない。見た目もぼんようだし、頭もそんなによくもないわ。それを努力で補おうとしてきたけれど、ナイジェルのような本当に出来のよい子にはすぐに追い抜かれてしまう程度の成果しか出せない。

 ナイジェルのお茶会参加も彼のわがままではなくて、義弟に家を任せていこうというお父様の意思表示だったら……。

「……お父様」

 思わず潤んでしまう目でお父様を見つめると、首をかしげて見つめ返される。

「わ、わたくし……」

「どうしたんだい? 可愛かわいいウィレミナ」

 お父様はしゃがんで目線を合わせると、やさしく微笑ほほえんでくれる。そんなお父様に、わたくしはついきついてしまった。

 どれだけ努力をしてもナイジェルに勝てないわたくしに、お父様は失望していないかしら。ナイジェルの方がガザード公爵家を任せるのにふさわしいと、そう思ってらっしゃるのでは? ナイジェルの方がすぐれているのなら、ナイジェルに家を任せるべきなのだとわかってはいるの。それが、ひいてはガザード公爵家のためとなるのだから。そう理解はしていても……すぐに割り切れるかどうかは別だ。

 わたくしの努力には価値なんてないと、そんな気さえしてしまう。

「……ナイジェルよりも出来ない子だけれど、いらない子じゃない?」

 ひとみなみだがせり上がって、本音といつしよにぼろぼろとほおを落ちていく。

「ウィレミナ、君は私のまんの娘だよ。それに出来ない子なんかじゃない。ウィレミナはいつでもたゆまぬ努力をしているじゃないか。それは誰にでもできることではないよ」

 大きな手が優しく背中をでてくれる。その温かさに押し出されるようにして、涙が次々にこぼれてしまった。

「それに急にできた義弟にもいつだって優しい、とてもいい子じゃないか」

 お父様の言葉に、わたくしは首を傾げた。少し体をはなしてお父様の顔を見ると、その表情は『娘が可愛くて仕方がない』というようにくずれている。

 ……お父様の愛情は、まだじゅうぶんにあるみたいね。

 そのことに、ほっと胸を撫で下ろす。

「わたくし、あの子にいつも厳しいわ。意地悪な義姉あねなの」

 ねたように言いながらまた抱きつくと、お父様の上着の布地に涙がみる。

 それが申し訳ないと思いながらも、わたくしは幼子のように泣くのを止められなかった。

「意地悪? 愛あるてきにしか見えないけどなぁ……」

 お父様がぽつりとなにかをつぶやいたけれど。それは自分の泣き声にまぎれて、わたくしの耳に届くことはなかった。

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