二章 祝賀パーティー③

 祝賀パーティーが始まるまであと十時間もない。

 バレないようにだまっているとなると何を着るかの問題が残る。

 しかし残っているのは地味な色合いの無難なドレスばかり。しかもパーティーに出席するには格がおとりする。

「どうしようもありませんよ、ユスティネ様。あとは小物や宝石ですしかありません」

 アンはすっかりしようちんしてあきらめモードだ。

 確かに大人しく地味なデザインなら文句は出ないだろうけど、ったくえない。

 わたしはよごれたドレスの山の中から、昨日アン達が用意してくれたものとは別のドレスを手に取った。

「ねぇ、アン。ハサミを持ってきてもらえない?」

「? いいですけど、なんでですか……?」

「どうせもう着られないのなら、わたしの好きにしちゃっていいわよね!」

「ユスティネ様? ちちちち、ちょっと待って下さい! 何をされるおつもりですか!?」


 シャ──ッ!


 迷いや弱気をち切るように、一気にハサミで切りいた。

「きゃあああああ! ユ、ユスティネ様! せっかくのドレスが……!」

 次々にドレスにハサミを入れていく。何しろ枚数が多いので、綺麗な部分だけを選んでもかなりの量だった。

「この調子でいくわよ!」

「もうめて下さい!」

 すでに着られないとはいえ、まされた職人わざで作りこまれた特注品だ。目の肥えたメイド達にとってそんな芸術品が見るかげもないボロ切れにされていくのは苦痛のきわみらしく、ハサミを入れるたびに「ひどい」とか「これ以上は見てられない」だとか非難の声が上がっていく。

 一通りの作業が終わると今度は切り取られたレースをつまみあげた。それを元々用意していたバルテリンクのドレスにあててみせる。

(うん、確かこんな感じだったはず)

「ねえアン、シミがかくれるようにこんな風にレースやフリルを取り付けられないかしら」

「へ……?」

 アン達はポカンとした顔をしている。

「レ、レースとフリルですか…!? でも、このドレスはしゆうの美しさだけで着るのが伝統で……」

「別にいいでしょう? はるか西の国では、刺繍といつしよにレースやフリルを取り付けたドレスがあると聞いているわ。これだって同じようにアレンジ出来たらきっとすごくてきな新しいドレスになると思うの」

 ちなみに知っているのは伝聞とぶんけんだけで、実物を見た事がないのはせておいた。

「例えばここはこう……ほら、中からレースをつけたら素敵じゃない?」

 その発想はなかったらしく最初はいぶかし気だったメイド達も、いくつか例を見せてあげるとじわじわとイメージがふくらんだようで目をかがやかせはじめた。

「新しいドレス……!」

 特にナナは乗り気になったらしく目を光らせた。ただの思い付きだが、他にも何人かのメイドが興味を持ってくれている様子で、やはり悪くないアイディアな気がした。

「どう? みんな力を貸してくれるかしら」

「もちろんです、ユスティネ王女様!」


 ──そこからは話が早かった。

かんじんなのはナナ達が積極的に手伝う気になってくれるかどうかだったけど、うまくいったわね)

 今までの、仕事だからやるという義務的な姿勢ではなく、やるべきことをやるという意欲的な気持ちに切りわったメイド達はちがえるほどよく働いてくれた。

 特にメイドになる前はお針子も考えていたというナナのうでまえらしく、とても急ごしらえで作ったとは思えないドレスが出来上がった。

「うん、いいわね」

 大きく変えたのはシミのあるむなもとそではしだけ。しかし古い伝統をベースに王都の流行をさりげなくとり入れたドレスは、元のものよりずっとわたしらしい気がした。アン達が真剣に選んでくれたものを無下にしたくなかったので考えた苦肉の策だが、上出来ではないだろうか。

「本当に素敵です。あとは年配の方達がどう受け取るかだけが心配ですが……」

だいじよう、心配しないで。こんな素晴らしい仕上がりにだれが文句をつけるっていうの。ましてやこのわたしが着ればどんなドレスだって最上級品よ。そうでしょう?」

 にっこり笑ってみせるとアンがしようした。つられてメイド達の間にもちらほらがおもどる。

「さあ、時間がないわ。今から一気にたくをするわよ!」



 ふらふらになりながらも身支度して、最後にアクセサリーをつけ終わった頃には、もうパーティーが始まる時間になっていた。

(ま、間にあったぁ……!)

 こんなにがんったのはいつぶりだろう。誰かわたし達をめて欲しい。

 達成感に浸っていると、つつとナナが近寄って来た。

「あの……その……」

 ナナは気まずげに声をかけ、迷った末に口を開いた。

「パーティー、無事にうまくいくよういのってますから!」

 その言葉は単に自分達の失敗が知られたくないとか、侍女長にめいわくをかけたくないという思いだけではないように思えたのは自惚うぬぼれだろうか。

「ありがとうナナ、みんなの頑張りを決してにしないからね」

 満面の笑みでそれにこたえると、ナナはじわりと顔を赤く染めた。

 ──コンコン。

 軽いノックに返事をすると、きっかり時間通りにむかえに来たリュークが顔を見せる。

 ダークカラーを基調とした盛装姿は、だんとはまた一味違ったりよくがあった。見慣れているはずのメイド達の目から見ても改めて感動があるようで、誰とはなしにためいきらした。

「ユスティネ王女、準備はとどこおりなく済んでいますか」

「もちろんよ。全く何も、いつさい問題なんかなかったわ!」

「……そうですか」

 アンをはじめとした周囲のメイド達は全員、隠しようもなくろうでよれよれになっている。だが彼はちらりと視線を走らせただけで特にげんきゆうしないでいてくれた。

 やがてわたしが着ているドレスに目を止めると、伝統的なしようとは少し違うと気がついたのだろう。そのまましばし視線が止まる。

 製作にかかわったわたし達以外で初めての観客だ。

 メイド達がかたんで見守っている。

 平静を装ったが胸がドキドキした。

「……よくお似合いです」

 いつもの無表情でたんたんと言われたから、どこまで本気でそう思っているのか全然分からないが、少なくともメイド達はわっとかんせいを上げ喜びあった。

「大成功ね! あのご当主様がおし物について言及されるなんて!」

 なんだかやたら低いハードルで感動されている。

 一方わたしはそんなにおやさしい気持ちにはなれなかった。

(それだけ? 新しいデザインのドレスだなんて、王都の貴公子ならどんなに似合ってなくても褒めちぎって、おだてまくるところなのに。なんて気がかない、そんなんだからいつまでってもこんやく者が決まらないのよ! ぼくねんじん! 冷血漢!)

 心の声が聞こえないのをい事に思う存分ののしった。

 もちろんそんなことはおくびにも出さない。エスコート役のリュークが差し出した手にゆうたっぷりに手を重ねた時、彼は視線を前に向けたままもう一度言葉をかけてきた。

「本当によくお似合いですよ」

「……そう」

 ささやかれた称賛は、わたしにしか聞こえなかっただろう。いつも通りの無表情だったが、不思議と今度は気にならなかった。

「ありがとう、あなたも素敵だわ」

 わたしは出会って初めて本心からリュークを褒めた。

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