第13話:昼


「話しかけてこないでね」


 そう言うと、由紀さんはテレビをつけた。


 私は買ってきたサンドイッチを咀嚼しながら彼女の動向を観察する。テレビ台辺りで何かして、ソファーに座った後ヘッドホンが装着される。休日は映画を見るのが日課、とかかな。集中して見たいなら邪魔しないけど、ヘッドホンまでするのは少し悲しい。


 なんて思っていると、テレビに映ったのは何やらいかついキャラクター。始まった映像では銃を構えた視点でずっとどこかを走っている。どうやら映画ではなくゲームらしい。というか、銃で敵を撃ってくゲームだなんて、由紀さんはギャップで構成されているのかもしれない。


 たまごのサンドイッチを食べ終えて、ハムの方に手を伸ばす。由紀さんのプレイ画面を見ていると、結構上手な気がする。ただ視点がぐるぐるとして少し酔いそう。


 私を放ってゲームをするくらいだし、もう一泊私がここにいても由紀さんは特に困らないかもしれない。着替えは一日分しか持ってきてないし、食べ終わったら洗濯でもしようかな。


「優、お疲れ」

「ゆう?」


 突然の声に由紀さんを見れば、どうやら由紀さんは誰かと話しているらしかった。ゲームって通話もできるんだっけ。自然体だなぁとは思うけど、私を置いてけぼり、更には誰かと楽しくゲームするのはいかがなものか。


 さっきまで私と楽しく会話してたのに。


「……」


 サンドイッチを食べ終えてゴミを捨てる。

 話しかけるのは、ダメなんだっけ。そっとソファーに座ると、彼女が私の方を見て、立てた人差し指を自身の口元にあてる。横顔の輪郭が綺麗だな。じゃなくて。しゃべるな、という命令は守るけど、それ以外は何も言われてない。


 彼女の肩を人差し指でつつく。由紀さんは何やら指示を出しながら建物の中から攻撃している。どうやら連携が大事なゲームらしい。画面では熾烈な戦いが繰り広げられている。


 肩がだめなら、お腹とか。お腹をつつくと、由紀さんの体がピクリと揺れる。なるほど、お腹は有効らしい。もう一度つつけば、由紀さんはお腹をかばうような姿勢をとった後に、「あ」と声を漏らした。熾烈な戦いはどうやら負けで終わったらしく、ホーム画面に戻っている。


「ちょっと飲み物とってくる」


 そう言って、由紀さんがヘッドホンを取ると私の方を見る。もしかしたら、私の人差し指で勝敗が決まってしまったのかもしれない。いつもと変わらない目は、実は本気で怒っているかもしれない。あまり表情の機微が分かりやすくないから判断が難しい。


「ミュートにしたからしゃべっていいけど」

「……すみませんでした」

「素直でよろしい。 じゃぁ、今日一日にゃーでしゃべって」

「はい?」


 どうやらそこまで怒ってはいなかったらしいけど、由紀さんの言葉の意味が分からない。悪いことをした私へ罰ってことなのかな。それにしたって突然すぎる提案に私の頭は追いつきそうもない。

 

「いたずらっこなルナ」

 

 ゆっくりと言い聞かせるような声。返事をしろ、という意味なのかな。なにがなんだか分からないけど、それで由紀さんが許してくれるなら。


「にゃぁ」


 返事をすると、彼女が今まで見た中で一番大きな声で笑った。

 噴き出すように笑って、眉を下げて可笑しそうに笑うから、私はだんだんと羞恥心に頬を染めていく。なにこれどんなプレイ?


 そんな私を見て、由紀さんが私の頭を撫で始める。いつもよりも下がった目尻がすごく無邪気で、恥ずかしさを除けば決して悪くない気分。いやむしろ、恥ずかしさを上回る、胸に溜まるような溢れてくるようななにかがある。そわそわするような、胸が少しきゅってなるような。


 そんな風にされたら、もっと構ってほしくなる。怒ったくせに、ダメだって言うくせに、そんな風に笑うのはずるい。


 彼女は満足したのか、私の頭から手を離して、またヘッドホンをつける。何かのボタンを押して、通話相手に話しかけている。私の中にはまださっきの会話の余韻が溢れそうなほどにあるのに、由紀さんはもうゲームの中にいってしまうだなんて、あんまりだと思う。


 小さくもう一度鳴いてみたって、ヘッドホンをつけた彼女には聞こえないし、またお腹をつつけば次こそ本当に怒られるかもしれない。でも、隣でじっとしていられる状態じゃない。由紀さんのせいで。


 ソファーの上で器用に体を丸めて、膝とコントローラーの隙間に頭をいれる。窮屈で肩の位置や足の位置を少し調整する。いつもの景色が九十度回転していて、テレビでは由紀さんが何かアイテムを拾っている。


 耳に当たるデニム生地の感触に、人の柔らかさ。人の膝枕なんて何年ぶりかな。


「今日は甘えたがり?」

「にゃぁ」


 由紀さんの言葉が私に向けられているとわかって返事をした。伝わってるかは怪しいけど、由紀さんの手がまた私の頭を撫でるから、もうそれでいいと思う。

 

「ううん、こっちの話。 ん、いけると思う」


 誰かとの通話の声を聞きながら、時折由紀さんに撫でられながら、由紀さんの足が痺れるまで膝枕を堪能した。

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