第3話

 その日のシンは様子がおかしかった。

 いつもなら悪びれず応接室のドアを開き「俺が来たぞ!!」と白い歯を見せ笑う所だが、今回は違う。

 息は上がっており、肩で呼吸をしている、所々服装が乱れ薄汚れている。瞬時に何かあったと言う事が推察出来た。


「逃げろマナ姫!!」

「騒々しいですわね、なにをそんなに慌てているんですの?」

「今日勇者とか言うのが来て国の民たちを攻撃し始めたんだ」

「いったいどうゆう...」


 訳が分からなかった。

 勇者とは一体何なのか英雄とは違うのだろうか。

 マナの父親と母親である国王と王妃は民たちから英雄と呼ばれていた。

 英雄とは民の盾となる存在、勇者とはそれとは違うのだろうか、いや、違うのだろう、間違っても守るべき民に剣を向けるなど合ってはならない事だ。


「人間種と亜人種はまだ助かったんだが、何故か一部の者を攻撃し始めたんだ!悪だとか何とか言って...」

「野蛮ですのね」


 どこか他人事に捉えるマナの肩をがっしりと掴み必死に伝える。


「お願いだから逃げてくれ!!あいつらは魔族がどうのとか言っていた、それが何を指す言葉か分からないけど、殺されていった者達の髪色は特殊な色ばかりだった。白が例外じゃないとは言い切れない!捕まったら殺される!!」

「少しは落ち着いてくださいまし」

「これが落ちつける訳が無いだろ!!!俺の好きな子が殺されるんだ!!早く逃げ―――」


 その時だった。

 激しい轟音と爆風が窓ガラスをガタガタと震わせた。


「そんな...早すぎる...」

「一体何が...」


 マナが窓から身を乗り出し城下街の様子を確認するとそこにはありえない光景が広がっていた。

 街の中でも夜行性の者達が集まる区域が消し飛んでいるのだ、黒い煙が天へと昇り街のいたる所から悲鳴が聞こえてくる。


「お嬢様...ここは避難しましょう、もしくは陛下と合流するのが得策かと」

「でも、グーコは置いて行けない」

「ではいきましょう、なるべく早く」


 嫌な胸騒ぎに駆られる中、足早にグーコの元へと向かった。

 シンはお父様たちに現在の状況を伝えるために行ってもらった。

 あと少しでグーコの小屋に辿り着くと言う所で、衛兵の叫び声が聞こえてきた。


「お嬢様!こちらに」


 コレアの指示に従い、草むらへと身を移し息を殺しながらグーコの元へと急いだ。

 だが...広がる惨状にマナは目を背けた。


「この様なモンスターを使役しているとは...」

「やはり人類の仇となる国家だったか」


 それは今まさにグーコが討伐された瞬間だった。

 何人もの武装した人間種が寄ってたかってグーコに攻撃を繰り出し最後に代表と思われる煌びやかな鎧を着た男が大きな剣を一閃させグーコの首を跳ね飛ばしたのだ。

 目の前でバラバラにされるグーコの姿に涙が止まらなかった。

 だが、見つかってはいけない...息を殺し、唇を噛みしめ、男を睨みつける。あいつだけは必ず殺す。

 グーコの仇は必ず討つと。


 城の増援が到着したタイミングでコレアは敵に見つからないように国王の居る元へと向かった。


 ―――――――――――――――――――――――


「お父様!!お母様!!」

「おぉ無事だったか!!」


 国の英雄たるデクトは娘の無事を確認した後、剣を携え敵を待った。

 マナとシンはコレアに連れられ、奥の部屋へと隠れる事になった。

 王族しか知らない、秘密の小部屋だ。

 敵の到着を二人の英雄が待ち構える。


 だが...敵の到着と同時に一閃、国王は倒れた。


 お父様...。

 先程と同じ男だ。

 グーコを殺したあの男がお父様も殺した。


 どうして...そんな疑問が頭を埋め尽くす。

 昨日まで平和に暮らしていた。争いも無く、ずっとこの生活が続くと思って居た。

 なのに...いったい何が...。


「貴方たちは一体何をしてるのです!!罪もない民たちを手に掛け!何が目的なんですか!!」


 普段から温厚な母の鬼気迫る声に母の怒りと悲しみが伝わってくる。

 だが、返答はとても冷淡な返しだった。


「目的?可笑しなことを聞くんだな。魔族は滅ぼすべき悪だろう」

「魔族?悪魔とは違うのですか?」

「異形種とでも言うべきか、悪魔の血を引く一族の事だ」

「何を根拠に...魔族だと...」


 フィアの問に対し男はにやりと笑うだけだった。


「まだ隠しておくのか?お前の後ろには魔族が二人いるな、抵抗する事無く連れてこい」

「断ります」

「そうかならば死ね」


 男はフィアの首を鷲掴みにしゆっくりと奥の部屋へ向かいフィアを壁に投げつける。強く叩きつけられた衝撃で壁は崩れ落ちる。


「やはり魔族が二人。小僧、逃げたければ逃げていいぞ」


 男が剣を掲げる。

 シンはマナとコレアの前に立ち塞った。


「こいつらが何をしたっていうんだよ!!無実の人を殺すなんて!!お前の方がよっぽど悪じゃないか!!」

「そうか、それがお前の選択か」


 男は迷いなく剣を振り下ろしシンはその場に崩れ落ちた。

 コレアはマナを抱きしめ敵に背中を見せる。


「さて、最後だ」

「こんな事をして許されると...ぐっ...」


 容赦なく男はコレアの背中を切り裂いた。

 掠れる声を振り絞りコレアは最後にずっと伝えれなかった言葉を口にした。


「マナ様....わたしはずっと...大好きで...と...ても愛して―――」

「勝手に別れの言葉を告げるなよ、すぐに会わせてやる。冥土でな」


 男の剣はコレアの心臓を貫きマナの身体をも通過している途中だった。


「―――愛して...おります」

「うん...私もだよ...コレア...」


 マナは薄れゆく意識の中ですべてを呪った。

 どうしてこんな理不尽な仕打ちを受けなければならないのか。

 どうして自分たちがこんな目に合わなければならないのか。

 でもよかった、最後に愛が伝えられた。



 ―――――――――――――――――――――――


「人間がまさか魔族と共存してるとは思いませんでしたね~コウキさんに怪我はないですか?」

「いちいち媚びを売るなよ。なにがコウキさんだ、さっきの巨大熊の時もそうだが、あんまり俺をたより過ぎるなよ。あれくらいヒロでも倒せただろ」

「まぁそうだけどさ、やっぱ実力隠してる方がかっこいいじゃん?」

「ざけんな、俺はどうなんだよ」

「いいじゃん勇者なんだし」

「俺は勇者じゃないって言ったろ?称号も見せたじゃんか」

「まぁな」


 他愛もない会話をするこの男たちは異世界転生者である。

 ゲームから得た知識で魔族や異形種は悪だという考えでここら辺の国を襲っている。

 一カ月程前に現世から転生してきた彼等異世界人は各地に散らばっていった、各々がそれぞれの目的を胸に、そしてこの男達が最初に訪れた場所こそ、インデュランス帝国であり、皇帝に喧嘩を売った所ボコボコにされ傘下に入る事になった。

 結果、人間たちを連れ魔族領への侵攻を開始した。


「そもそもどうなんだ?あの勇者とか言うやつは、なんで俺らがこんなことしなきゃいけないんだ?」

「仕方ないだろ、俺達じゃ手も足も出ない」

「真の勇者ねぇ...ただの人殺しだろ?あいつ何万人殺したと思ってるんだ?」

「ケモミミメイドとか、白髪姫とか、なんで殺さなきゃなんだ?これじゃどっちが魔王軍かわかんないな」

「それな~流石に胸糞悪いよな」


「野蛮ね」


 女の声はどこからともなく聞こえた。

 コウキとヒロは辺りを見渡すが気配は感じられない。


「だれだ!!」

「どこにいる!!」


 返事はない。


「ここよ」


 不意に背後から声が聞こえ慌てて振り返ると豪華な衣装を着た女の姿。


閃光フラッシュ

「うぐわぁ!!何も見えねぇ!!」

「何が起きた!!」


 男2人の目が眩んでいる最中に女はゆっくりと歩き既に虫の息のマナをゆっくりと拾い上げる。


「なんとか間に合ったようね」


 体の傷は思った以上に深い。このまま放っておけば幼き少女の身体では間違いなく死んでしまうだろう。


「ごめんなさいね...マナ...こんな不甲斐ない母親で...貴女を巻き込むことになるなんて...」


 マナの意識はない、それでも語り掛けるのは心から想って居るからなのだろう

 女が目に涙を浮かべていると男たちはようやく光から解放されたのか女に剣を向ける。


「お前!名前は...」

「御存じないでしょうね、わたくしの名前はスカーレット。それだけ覚えて死になさい」

「二体一で勝てるとでも??」

「何を勘違いされているの?貴方方は既に死んでいるんですのよ?わたくしの前に立ったんですもの」

「なに??」


 すると男たちは自らの身体に剣を突き立てた。


「なん...で...」

「わけ...わかんね...よ...」


 男2人は倒れた。


「ごめんなさいね...マナ...」


 スカーレットはマナの半開きの口に自らの血液を流し込んだ。

 一般的な人間が吸血鬼の血を飲めば低位の吸血鬼に成り下がってしまう、だが、もとより血縁関係が深い場合、吸血鬼として先祖返りを起こす。

 マナはもとより吸血鬼と人間のハーフ、故に低位の吸血鬼ではなく、完全体となった。


「ごめんなさいね...マナ...」


 後悔と自責の念が絶えない。

 母として、普通に生きて欲しい願いが強かった。だが、今は吸血鬼にするしか、マナを助ける方法がない、その葛藤で心は揺れた。

 だが、スカーレットの心を強く絞めつけるのはもっと別のデメリットからだ。

 確かに吸血鬼になれば傷は癒える、だが...先祖返りを起こした吸血鬼の記憶は消滅する。家族との記憶も自分の生い立ちも、全てが失われる。


「私はもう母親ではいられなくなる...だからせめて...吸血鬼としての生き方を教えてあげる...こんなことしかできないお母さんを―――」

「お母...様」


 一瞬マナは目を開いたが、再び目を閉じる。

 生き返ったが、体力の消耗が激しく眠りについたのだ。

 涙が溢れて止まらない、マナはこんな私を最後まで母と言ってくれた。


「ごめんねマナ...今から私は母親ではなくなる。だけど、師として、偽りの姉として、立派な吸血鬼にしてあげる、今度こそ―――最後まであなたを守る」


 数時間後。

 ようやくマナは意識を取り戻した。そして――――


「ここはいったい...」

「よかった、意識はしっかり戻ったみたいだわね。貴女はスカーレット・マナ、私の妹よ、お姉様とでも呼んで頂戴」

「マナ...それが...名前...わかった...お姉様」


 マナは一般常識を改めて教わる事になった。それは二度目、だけど、今の彼女からしたら一度目の勉強だ。

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