第1話 

「お嬢様!起きてください!お嬢様!」

「んぅ....」


 専属メイドがマナの身体を揺さぶるが、小さく声が漏れるだけで起きる気配はない。

 困り果てたメイドは耳をぴょこぴょことさせる。


 聖王国エルヴァーニは他種族共存国家だ。

 当然屋敷には使用人が居るし、人間とは限らない。


 彼女の名前はコレア。

 獣人の彼女は聖王国の誕生からずっと仕えてきている生粋の使用人である。国王からの信頼も厚い為、子息の傍に仕える事を許可された、最初は彼女自身から望んだことだったが、マナが成長するにつれ、わがままな粗暴が目立つ様になり子守が大変になった、それが彼女の悩みだった。


「早く起きてください...お母上様が部屋の前でお待ちになられてますよ...」

「さ..ま...お母様!?!?!」


 さっきまでが嘘の様に急いで身支度をするマナ。


「朝食まで後どれくらいなんですの?」

「もう少しで鐘が...」


 コレアが口を開くと同時に街にある鐘の音がうっすらと聞こえてくる。

 鐘の音に急かされ鏡台の前に走り込むマナ。ブラシで真っ白な髪を整え髪を結う。


「どうしてもっと早く起こしてくださらないの?!」

「起こしました...ですがお嬢様があと少しとおっしゃったんです」

「そんな言葉鵜呑みにしないでくださいまし!」

「畏まりました。次からは強引に起こさせて貰います」


 マナは一瞬言った事を後悔したような表情を取ったが今はそれどころでは無いので身支度を急いだ。

 髪のセットが終わったマナは急ぎ足で部屋の出口へと向かう。

 それを眺めていたコレアは髪が少し乱れている事に気が付いた。


「お待ちくださいお嬢様」

「どうしたんですの??」

「後ろの髪のセットが少々崩れています。直しますのでこちらに」


 言われるがままにマナは鏡台へと戻りコレアに髪を結いなおして貰った。


「淑女たるもの、全てにおいて余裕をもって行動してください。いいですね?」

「それくらい...わたくしだって理解しておりますわ...今回は...ほら、コレアがしっかり起こさなかったから...」

「はぁ...いいですか...お母上様はいままで一度たりとも使用人に起こされたことはありません。いつもお迎え行くと、身支度は終わっており、それはもう、美しい姿でお待ちになっておりました。ここまではいいですか?」

「うぅ...」


 コンコン

 部屋の扉がノックされ、マナの肩は跳ねあがる。


「マナ~ちゃんと起きてるの?」

「お!お母様!!起きてますわ~少々お待ちくださいまし!」

「は~い」


 髪のセットが終わり飛び出して行こうとするマナをコレアは再び呼び止める。

 よく見れば、スカートで隠れてしまっているものの、靴が履き替えられていない、部屋用のままだった。


「お待ちください!履物がまだです」

「そうでしたわ....」


 コレアはそっと靴の交換を行い、紐を結ぶ。


「もっと私をたよってくれて良いんですよ?せっかくお嬢様専属の使用人になったのですから」

「頼りっぱなしは嫌ですわ...わたくしも早くお母様の様に立派な淑女になりたいんですもの...今迄の様にコレアに頼りっきりじゃ....わたくし...」

「10歳はまだ子供なんです。甘えたっていいんです」


 コレアが優しく微笑むとマナはそっとコレアの頭を撫でた。


「どうして私の頭を撫でるんです?」

「色々してくれたご褒美ですわ、わたくしはいずれこの国を背負う...かもしれない存在。一刻も早く立派なレディとなり、お母様とお父様を安心させたいんですの、だからこの先、コレアに頼れる機会はきっと減ってしまいますわ...だから感謝の気持ちを込めた愛撫ですわ」

「そうですね...立派になられる事を私も願っております」

「えぇ立派になりますわ。明日から!!」

「今日からなってください...」


 準備が整ったマナはコレアに額を差し出した。


「いつもの...やってくださいまし...」

「今日から立派な淑女に...なるのではなかったんですか?」

「これが最後...今日だけは甘えさせてくださいまし...」

「畏まりました。今日が最後ですよ」


 コレアがマナの額にそっと口付けをするとマナは嬉しそうに微笑み駆け足で食堂へと向かった。駆け足になってしまうのは大好きな母親を待たせているからだ。


「お嬢様!!廊下を走ってははしたないですよ!」

「はーい」


 無邪気な子供じみた返事―――実際子供なので問題ない―――をした後、マナはしっかりとスピードを落としやや早歩きで歩み続けた。

 そんな後姿を眺めコレアは嬉しくも寂しい気持ちに襲われた。

 今日はこの国にとって特別な日だ、多くの者には知らされてないが、長年マナに付き添っていたコレアにだけはこっそりと知らされていた。

 何も知らないマナの表情にコレアは唇を強く噛み締めた。


 ―――――――――――――――――――――――


 マナが食堂の扉を開くといつもの様に豪華な食事が机に並べられている。

 いつもの様に席に着き先に待機していたであろう二人に挨拶をする。


「お父様!お母様!おはようございます」

「あぁおはよう」

「本当にちゃんと起きていたのね」

「お母様...わたくしは今日で10になります、それくらい朝飯前ですわ~」

「それはそうだろ...マナ。今日で10歳になるお前に話がある。大事な話だが、食べながらでもいいが聞いてくれ」

「はい」


 言われた通りと言うのもあるが、今日の朝食はマナの好物ばかりが並べられているのもありマナは楽しそうに次々と手を伸ばしていく。

 その様子に、少し不安を覚える二人だったが、神妙な面持ちで話を始めた。


「実はな...隣国のハシェイヤ共和国の王がある話を持ち掛けて来てな...」

「それがわたくしになんの関係が?」


 頭に疑問符を浮かべるマナにため息交じりに告げる。


「そこの王子が丁度お前と同じ10歳になるんだ、その王子がお前に大変興味をお持ちなようだ...」

「ほえ?それがどうわたくしと関わるんですの?」

「いいかマナ..王子はお前の婚約者だ」


 マナは何度か婚約者と言う言葉を咀嚼し頭の中で言葉の意味を考える。


「そ、それは...もう決定事項なんです...の?」

「あぁすまない...決定事項だ」

「ごめんなさいね...私達の国はいまだに発展途上...大国には逆らえないの...」

「少しだけ...考えさせてくださまし...」


 食事の途中でありながらマナは席を立ち飛び出していってしまった。


 流石に酷な事を言った自覚がある国王と王妃は溜め息をつき互いに顔を見合った。


「せめて良き王子である事を祈ろう...」

「えぇあの子が気に入ってくれるような良識の持ち主ならきっと...仲良く...」


 妃の瞳が潤み、王は自分の不甲斐なさに机を力強く殴りつけた。


「ごめんな...マナ...」


 ―――――――――――――――――――――――


 両親の元を飛び出したマナはまっさきにある人物の元へ向かった。

 それは未だ自分の部屋を掃除してくれているであろう、大好きな人物の元だ。

 勢いよく自室の扉を開き声を掛ける。


「コレア!!大変な事になってしまいましたわ!!」

「お嬢様、ひとまず落ち着いてください」

「わたくしに婚約者ができてしまいそうですわ!!」

「そうですか...」


 どこか冷静なコレアの対応に違和感を覚えるマナは続く嫌な想像に苛立ちを覚える

 それがなによりも許せなかった、この気持ちが自分だけのものだと思ってしまったから。


「知ってたの?」

「お嬢様...」


 俯きながらコレアに抱き着き震える声で真実を確かめる。


「ねぇコレアお願い...本当の事を教えて....わたくしは...」

「はい...知っておりました」


 自然と涙が流れた。

 大好きだったコレアはマナに婚約者が出来ると知りつつ、今まで接してきたのだと思うと涙が止まらなかった。

 いや、マナ自身何故涙がでているのか訳も分からなかっただろう。

 だが、縋る様に顔を上げたマナはコレアの顔を見て嫌な想像はただの妄想だったと思い知る。


「私だって...辛かったです...知らされたのは5年前、お嬢様が10歳になる時婚約者が出来ると...」

「そんなに前から...」

「私はお嬢様が誕生なされた時から、お嬢様の傍に仕えさせていただいております、私にとってお嬢様は一番なんです、他の何よりも大切な...」


 マナは強引にコレアの手を引き来た道を戻る。


「お嬢様?どちらに向かわれているのです?」

「いいから、これだけは確かめさせて...コレアはわたくしの事好きなんですの?」


 困惑しつつもコレアは真剣に答えた。


「はい」

「よかったですわ、これで大義名分が出来たというものですもの」


 今から何が行われるかを容易想像できたコレアは必死に止めようと思ったが、それよりも先に食堂の扉が開かれてしまった。

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