第125話 ツギハギ姫の婚約
次にアルゼが目を開けた時に、初めて見る男に、彼女は抱き抱えられていた。
顎ががっしりとしていて、剛い無精髭が生えている。
対外貿易に従事していたアルゼは、前衛の冒険者には、そういうごついタイプが多いことは知っていたし、護衛として商人たちと同席した際に、言葉を交わしたことも何度もあった。
さが、抱きしめられるのは、別物だ。
悲鳴をあげて、アルゼは、男の顔を掻きむしった。
爪を鋼の刃にかえる魔法は、発動せず、男はなにごともなかったかのように、アルゼを椅子に座らせた。
「大丈夫?」
と、眉をひそめたオルガの言葉はどちらに、言ったものだったのか。
「驚かせてしまって、すまない。」
男は、ほんとうにすまなそうに、頭を下げた。
「入ってきたら、ちょうどあんたが倒れたところだったんだ。」
「あなたが、ゴーハン男爵?」
男は、頷いた。
「なぜ、あなたがここにいるの!
ここは、銀杯の皇都なのよ!」
「それは、あまり難しい問題じゃない。」
ゴーハンは、軽く言った。
「ここにくるための旧街道を制圧しているのは、『諸侯連合』で、おれはあの一帯の」代官を務めている。
おれの目を逃れて、銀灰に出入りできるやつはいないが、おれ自身が入ろうが出ようが、とめるやつはいないんだ。」
「ここでなにをしているのっ!」
「それも大した答えを用意しているわけじゃない。
ボンベリーの街をおそった魔物退治に、おれとリウは共闘することになった。
彼らが、旧街道から銀灰を目指すつもりであることから、おれは道案内を買ってでた。」
で、久しぶりに皇都にきてみたら、化け物共が暴れ回る魔境と化してやがる。
これをトーナメントにかこつけて、全滅させる、というリウの案にのって、すこしはお膳立てに、協力したつもりだ。
で。」
まとまりのない話だったが、深く響く声は心地よかった。
「今度は。わたしの夫に立候補したというわけね?」
「めちゃくちゃな、話だろ?」
愉しそうに、ゴーハンは言った。
「おれも、愛するドロシーにこの話を持ち出されたときは、いまのおまえと一緒だった。
捨てないでくれと、泣き崩れたよ。」
「オルガさま!」
アルゼは、オルガに詰め寄った。
「まあ。成功しない可能性はある。」
と、オルガはあっさり認めた。
「例えば、諸侯連合に対する銀灰皇国の反発が予想以上に強かった場合。逆に銀灰皇国への恨みが諸侯連合に強く残っていた場合。」
「その場合にはですね! ヨークの商人連合会を動かして、諸侯連合のバロック伯爵、オルエス侯爵に働きかけます。武力ではそもそも精鋭をもって知られる配下の直属精鋭部隊を有し、武闘派の取りまとめを兼ねるゴーハン閣下が、武力による強硬派は抑えてくれます。
あと経済の両巨塔を利をもって誘えば、諸侯連合としては、なにも損はない。ヨーク駅を中心とする経済圏にて本格的に参入できるのです。
銀灰皇国の連中は、もともと魔法を磨くことにしか興味がない象牙の党の住人ばかり。明らかに得をする商人連中以外は関心すらないでしょう。」
「なるほど。」
オルガは笑みを浮かべた。
「おまえの働き次第では、十分にうまくいきそうだな。」
「ただ、肝心のヨークの街。あれはいささかまずい。」
ゴーハンが難しい顔をした。
「そもそも道ですら満足に用意されていない。駅がある最深部から、街までは、断崖絶壁、階段こそあるが、登るには半日かかるのに加え、途中には鬼蜂という魔物もでる。登ったら登ったで、ヨークの街は道すら満足にない、尖塔の立ち並ぶ、街ともいえぬ。
確かに、国の防衛の最前線という意味合いはあるのだろうが、あれではひとがより付けない。」
「カザリームの『繭』と『巣』を導入します。」
即座に、アルゼは答えた。
「まだ、世にはしられていませんが、糸で編んだ昇降機を張り巡らした糸にそって、上下させます。もともと超高層の建築物の昇降に開発されたものですが、昨今、さらに複数の建物を地上におりることなしに、行き来ができるような『巣』が開発されました。
ある程度、魔法に習熟したものなら、自在に動かすこともできますが、肝要なのは、魔法が使えないものでもきまったルートなら、乗って移動することが可能であることです。
カザリームにとっては十分、運用実績のある技術ですから、安価でかつ、すみやかに導入できるでしょう。
銀灰では、住民が浮遊の魔法を仕えることを前提に、まともに階段すら整備されない建物が多い。わがヨークの街の尖塔もそれにあたりますが、『繭』と『巣』を導入すれば、一気に解決いたします。」
アルゼは、ふいに黙った。
ゴーハン男爵を婿として、銀灰の皇帝として君臨することが、意外に現実的なことに気がついたのである。
「真皇帝は、お美しいだけではなく、ずいぶんと聡明な方のようだ。」
ゴーハンも野太い笑みをうかべた。
「もうしばらく、そのお話をきかせていただけますでしょうか? 皇帝陛下。」
ゴーハンは、夜風にふかれて宮殿を出た。
少し酒が出た。
オルガが、取り寄せたのだ。
アルゼとは、少しもロマンティックな雰囲気にはならなかったが、それでいい。
もともと酒には強いゴーハンだが、少し酔が回っていた。
酔わせたのは、この筋書きを瞬時にでっちあげた銀雷の魔女、あるいは彼女の属する「踊る道化師」にである。
“明日には、おぬしたちの婚約とアルゼの即位を発表する。”
オルガは別れ際に、言った。
それは断言で、有無を言わせぬものだった。
“第一継承者はシャルルにしておく。わたしは、『悪夢』が総支配として、おぬしたちの後見に当たる。しばらくの間はな。”
「恐るべきは、魔王リウなのか。それとも銀雷の魔女か。」
唇にこぼれた言葉を、夜風が拾って笑った。
「世にはまだまだ、ひとはいるものだな。ゴーハン。できれば、本格的な覇業を始める前に、今少し世をみたかったものだ。」
伝説にあるような狼の意匠の兜に、真黒の鎧をまとった人影は、彼の頭上にいた。
「魔王陛下。」
ゴーハンは、膝をついて礼を行った。
「よせよせ。おまえはオレの部下ではない。それに、いまのところ、ここの住民をつかって戦争を起こす気はない。」
「それは、ありがたい。ならば、我々、新銀灰国は、直接の戦闘以外のあらゆる方法で、陛下の覇業をお手伝いさせていただく、と約束しよう。」
「それもいらん。」
リウは、ふわりとゴーハンの前に舞い降りた。
「当面は、銀灰をまとめよ。銀灰の魔術と諸侯連合の武をもって、強国として君臨するのだ。」
「魔王陛下は当たり前の事を言う。」
ゴーハンは、リウを正面から見つめた。リウはいやな顔をした。
単純に、少年の姿であるリウよりも、ゴーハンは、はるかに背が高く、筋骨も逞しかったのだ。見上げる姿勢で話すのは、いささかプライドを刺激するものがあるのだ。
「自分の国を強く、豊かにしたくない王などいない。」
「そうならなければ、同盟者として銀灰を存続させる価値はない。すりつぶして、一人残らず一兵卒として、戦場に駆り立てるまで。」
ゴーハンは身震いした。
ドロシーの選択は。その決断は、すばやく、そして的確だった。
そのほかの道を選んでいたら。あるいは選択が遅かったりしたら。
魔王とその伴侶である美姫は、容赦なく、この国を刈り取り、自らの栄養分としていただろう。
「ならば、当面はそのようにいたしましょう。
魔王陛下どちらへ?」
「カザリーム。」
と、リウは答えた。
「あそこを掌握し、第一の拠点とする。」
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